暗殺
多分この世界初であろう国家間での婚礼の儀が行なわれている。精霊神を信仰する神父により宣誓が行なわれ、アレフとローゼマリーが互いに永遠の愛を誓う。クライマックスでもあるその光景に会場が沸いた。
この婚礼の儀にはいくつか凝った演出がある。その一つが花婿アレフが全身勇者の装備で、純白のドレスを着た花嫁を抱いて登場したことだ。その姿は知る人ぞ知るノイエブルクの奇跡を思い出させるのに十分である。今回は連合王国の出席は断られたのだが、ほかの来客は喜んで頂けているようで嬉しい。ノイエブルクからの来客の半分が嫌そうな顔をしているのが対照的だ。
他には来賓の送迎に希望者には快速船を、または転移の魔法を使った。どちらも好評で我が国の誇る技術の売り込みに成功したであろう。その証拠にさっきから俺の元には商人が代わる代わる挨拶に来ている。これまた俺に近づいてこないノイエブルクの貴族達が対照的だ。そんな俺の視線に気付いたのか一人が両手にグラスを持って近づいてきた。
「これは失礼しました。どうも我が国の者は外に出ることに慣れておらぬ故、気分を害することもあるでしょうが、ここは私の顔に免じて許していただきたい。」
確かこの男はバーゼル男爵?急遽訪れることになった者の一人で、昨日渡された名簿でしかしらない。
「いえいえ、構いません。来て頂けただけでも光栄でございます。余計なお世話かもしれませんが、、今後の為にも他の来客に挨拶をしておくとよろしいでしょう。」
「なるほど、今後の参考にさせて頂きましょう。どうぞ・・・。」
顔に作り笑いを貼り付けたバーゼル男爵が俺に酒の入ったグラスを勧めてきた。どうも俺が酒を嗜まないのを知らないようだが、ここは大勢の来客の手前断ることはできそうにない。
「頂きましょう。では、ノイエブルクの歴史に!」
「ローザラインの発展に!」
互いに取ってつけた様な空虚な台詞と共に軽くグラスを掲げ、中身を一気に飲み干す。少し苦い味に内心で文句をつけながらも笑顔でその場をやり過ごした。男が立ち去った後、疲れを感じたので手近な椅子に座って休む。
軽く目を瞑ると、今ここにいないガイラのことを思い出した。西の大陸に古い国があると教えたら喜んで旅にでてしまったが、あの国はノイエブルクに勝るとも劣らない歴史を誇り、さらに余所者を好まない風潮がある。事実今回の招待に対しては、丁寧ではあるが遠慮のない口調で出席を拒否された。元気にしているだろうか、どこにいるかも分からないので連絡の取りようもなかった。
「ケルテン、もしかして酔っ払ってるの?あなたお酒に弱いからね、でもこんな所で寝ちゃ駄目よ。」
楽しそうなマギーの声が聞こえる、すぐそばにいるはずなのに遠くから聞こえている様だ。閉じていた目を開こうとするが、なぜか瞼は俺の意思を無視して開かない。
「あ・・・・れ?・・・・・・。」
異変を感じて声を出そうとするがそれもままならない。さっきの酒か、何か毒でも入っていたかもしれない。全身に痛みとも痺れとも分からない何かが身体中を暴れている。
「もう、飲めないのにお酒を飲むからよ。どこか横になれるところにでも行く?」
俺の体を軽く揺すりながらマギーがそう言うが、その声すらどこから聞こえているかよく分からない。
「ち・・・・が・・う。・・・・・毒・・だ。」
「ちょっと、何言ってるの?よく聞こえない!」
思うように動かない体をなんとか動かしてマギーを抱き寄せる。マギーの頭があると思われる場所で声を絞り出す。
「騒・・・ぐ・な。血液毒・・・と・・神経毒・・・・」
「わっ、分かったわ、二種類の解毒の魔法を使えばいいのね。」
察したマギーが俺の耳のそばで囁く。出来る限りの力を振り絞って頷いた。椅子に座ったままマギーを抱いた格好のまま、マギーの魔法を待つ。無声だが力強い魔法詠唱を感じた次の瞬間、体を縛るような感覚から開放された。続いて体中に暖かさを感じると全身を襲う痛みが消えた。
「マギー、聞け!俺はこのまま倒れた振りをするから、どこか安静にできそうな場所に運ばせれてくれ。言い訳は任せる。」
俺の囁きに今度はマギーが無言で頷く。それを確認してから抱きしめていた両手から力を抜いてだらんと垂らした。傍から見たら酔って眠ってしまった様に見えるかもしれない。
マギーが小声で近くにいた誰かに何か指示している。しばらくすると何名かが、俺を椅子ごとこの場から運び出す。
「宰相殿は仕事の疲れもあって少々体調が悪いようです。大事をとって退場させて頂きますが、会場の皆様はそのままご歓談下さいませ・・・・・・・・・・・・。」
最後の方は聞こえなかったが、とりあえず会場に混乱は無い。別室に運び込まれた俺は急に立ち上がる。
「えっ、宰相殿、大丈夫なのですか?無理してはいけません、ひいっ!」
運んでいた者が心配して声をかけてくれたのだが、俺の顔を見て悲鳴を上げた。自覚していないが多分怒りですごい顔をしているのだろう。
「くそっ、毒だ。俺の持っていたグラスを探してきてくれ。それとバーゼル男爵の持っていたグラスもだ。」
「はっ、はい。すぐに探してきます。」
俺の命令に飛ぶように部屋を出て行った。入れ違いにマギーが心配そうな顔で休憩室に入ってくる。
「ケルテン、大丈夫なの。そんなに急に動いては駄目よ。」
「ああ、分かっている。毒が抜けたとは言え、まだ体は癒されていない。くそっ、まさかこんな手に出てくるとは、俺を殺してもノイエブルクの復権になんら影響はないだろうに!」
「興奮しないで、まだノイエブルクの仕業とは限らないでしょ。こんな時でも冷静なのがあなたでしょ!」
マギーが俺を優しく嗜める。その声に心が静まるのを感じて、さっきまで座っていた椅子に腰を下ろした。
「すまない、確かにマギーの言う通りだ。冷静に物を考えよう。そうだな、もし君が同じことを仕掛けるならどうする?」
「ん~、私なら重鎮何名かに同じ毒を仕掛ける。いえ、それだけでは駄目ね、開催者の顔を潰すためにもっと無差別に毒をばら撒くわ。」
「よし、ならば解毒の魔法の使える者に指示して少しでも調子の悪い者にはすぐに手当てをさせろ。それとアレフ、アイゼンマウアー、ドゥーマン、ゲオルグ、サイモンにも伝えておけ。それと・・・ローゼマリー様の侍女武官ダニエラには毒見を徹底するよう伝えろ。」
「分かったわ、他には何か無い?」
「今、俺が手にしていたグラスを探させている。ちっ、しまったな、素手で触らないように言ってなかった。今からでは遅いかもしれないがさっき君と入れ違いで出て行った者に伝えてくれ。」
「分かった、すぐにそう伝えるから、あなたはここから動いちゃ駄目よ。まだ命を狙われているかもしれないわ。」
「ああ、今は倒れたまま動けない。そう言うことにしておこう、その方が油断するはずだ。」
俺の答えに納得したマギーが部屋から急いで出て行った。座ったまま考える。二種類の毒による暗殺か・・・まだまだ知らないことがある。おそらくノイエブルクの毒物ではあるまい。そうなるとどこか別の町に繋がりがあるか、力を売り込んだ者がいるか、まだまだこの世界は油断ならない。そう考えているうちに意識が途切れた。




