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凱旋

 ローザライン城の前庭には急拵えの舞台が用意されていた。十段を越える階段には赤い布が引いてあり、その両脇を文武官が並んでいる。民衆の大歓声の中、アレフが階段を登ってきた。


「陛下、活躍と無事の帰還を喜び申し上げます。そしてお預かりしていました軍権の全てをお返しします。」


 近衛騎士隊長アイゼンマウアーが挨拶し、小型のハルバードをアレフを差し出した。受け取ったアレフが今度は俺の方に向き直る。用意していた王笏を手渡す。受け取りながらアレフが小声で囁いた。


「出陣式でも思ったんですけど、こういった大げさな式典は嫌いでしたよね?」


「嫌いだよ。でも必要だからやっている。」


「僕も同感です。」


 アレフは意地の悪そうな笑みを残して王座の前に移動した。俺とアイゼンマウアーもその両脇に立って正面に向き直る。民衆の歓声の中に“光の勇者”“勇者王”の異名に加え、新たに“決闘王”の異名が叫ばれていたが、アレフが右手を挙げると水を打った様に静まり返った。


「今ここに騒乱の終結を宣言する。皆、安んじて元の暮らしに戻ることができよう。」


 この宣言にせっかく静まり返った民衆が再び騒ぎ出した。しばらくそのまま騒がせておき、手を上げて頃合を見て止める。静かになったところで王座に腰を降ろした。


「衛兵、檻の中の者を出してやれ。」


「「はっ!」


 凱旋の列の中央に槍で作られた檻車があり、その中には薄汚れた男が不貞腐れた顔で座っている。今回の騒動の元のロバート=リバティーを自称する者で、その実はエグザイルの海賊ボールドウィン=ロバーツである。捕虜として捕えた以上、民衆の前で断罪する為にここに運んできた。衛兵2人が錠を開けて檻の外に男を引き出し、そこに跪かそうと槍でその首を押さえつけた。


「無用、その者は余の臣下ではない。」


「ですが・・・」


「構わぬ。首枷も外して自由にしてやるがよい。」


 不満そうな顔をしたままの衛兵が壇上のアイゼンマウアーに視線を向けた。アイゼンマウアーが首を縦に振ると不承不承、首枷の錠を外してその場から離れる。自由になったロバーツはわざとらしく首を摩っている。何か企んでいるのか、海賊としての最後の矜持か、胸を張って壇上を見上げた。


「遠路よりの推参、大義であった。もう下がってよい。」


 感情を感じさせないアレフの声が静まり返った会場に響き渡った。少しずつざわめきが広がる。俺も意味を解しかねてアレフの顔を確かめた。表情からは何も読めない。


「貴様、何のつもりだ?」


「下がってよい。そう言ったのだ。分かったのならこの場から消えよ。そなたの顔は見飽きた。」


「ふざけるな。この灯台のロバーツ、命を惜しむとでも思ったかっ!」


「今更名乗ることに何の意味があろうか。個の武も将の才も二流、余にはそれだけ分かれば十分だ。」


「クソッ、ここまで辱められておめおめと生きていけるものかっ!殺せっ!それが剣を交えた者の礼儀というものだろうがっ!」


 激昂して壇上に駆け上がらんとするリバティーを衛兵達が取り押さえた。そのままの姿でわめき立てるリバティーをアレフが冷たい目で見下ろしている。


「そなたにもう少し強さがあれば戦場で死なせてやれた。が、しかし戦が終わって尚殺さねばならぬ程の脅威は感じぬ。死にたければ勝手に死ね。喉を突くなり食を断つなり、これまでに幾らでも死ぬ機会はあった。そうせぬということはあわよくば名を残して死のうと思っているのだろうが、余はそのような名誉を与えたりはせぬ。ローザライン、建国の6年11の月、何処より海賊が攻め寄せてきたがこれの撃退に成功する。史書にはそうとだけ記す。衛兵、その者を何処か余の目の届かぬ所へ放り出せ。」


「陛下、もし放り出したとしてもこの者にこの大陸から出て行く術はありません。」


「なるほど、近衛騎士隊長の言にも一利ある。では接収した船3隻の内1隻を返還しよう。勿論、船員がいなくては船は動かぬ。だから望む者があれば捕虜も開放してやってよい。」


「はっ、承知しました。そのように取り計らいます。衛兵、一旦その者を檻車に戻し城外へ運び出せ。追って沙汰を出すまで目を離さぬように。」


 先程とは違って抵抗激しく、数人掛りで灯台のロバーツは檻に入れられた。 檻車が城外へと運ばれていく間わめき立てる男の声、その声が少しずつ小さくなっていった。


「俺を開放したことを後悔させてやる。必ず戻ってきて貴様の首を取る。灯台のロバーツ、この名を忘れるなっ!」


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「あの~、怒ってます?」


 急いで宰相執務室に戻る途中、アレフが追いかけて声をかけてきた。


「勝手に筋書きを書き換えたことについてなら怒ってない。」


「やっぱり怒っるじゃないですか。」


「そうじゃない。その場で換言できなかったことに腹を立てているんだ。それに意外と悪くないと思ってしまったことにもだ。」


 俺の返事にアレフの顔に喜色が浮かぶ。事前に渡しておいた台本に従わなかったことを多少は気にしていたようだ。


「もう行けよ。愛しの姫君が待っているぞ。」


「そうですね。そうさせてもらいます・・・・あっ、そうだ。あの青い金属ですけど、試していない組み合わせがあると気づきましたよ。」


「そんなのあったかな?」


「オリハルコンとミスリルの組み合わせ、それだけはやってないはずです。じゃあ伝えましたからね。」


 それだけ言い残してアレフが駆け去って行った。なるほどオリハルコンか。確かにあれは量も少なく別件扱いにしていた。現時点では溶かすこともできず持て余している。ならば実験してみる価値はあるな。すぐにでもリヒャルトに伝えるとしよう。思案に耽りながらも脚は執務室へと向かう。部屋の入口で秘書官ウォルトナーが待ち受けていた。


「宰相様、連合王国より使者がいらしています。お会いになられますか?」


「ずいぶんと早いな。よし、お通ししろ。」


「承知しました。」


 ウォルトナーは一旦退室するとリスター王子を伴って戻ってきた。いつもと違いずいぶんと表情が硬い。


「本日は連合王国大王の名代として参りました。こちらが大王よりの親書になります。」


「承ります。」


 受け取った親書の封蝋にナイフを入れて中身を取り出した。入っていたのは紙一枚のみ、“貴国の戦勝を祝い、金50万を進呈する。連合王国大王ウィルフレッド=マグダネル”とだけ記されていた。


「戦勝祝いと来ましたか。受け取ってよいやら判断に悩みますね。」


「受け取って貰わねば私が困ります。」


「冗談ですよ。名目は何でも金は金、ありがたく頂いておきます。しかし、あの御仁にそこまでの価値があったとは甚だ疑問です。我が国とは関わりないと切り捨てられてもおかくないと思っていました。」


「私もそうするであろうと考えました。ですが、大王様には別の思惑があったようです。」


「別の思惑ですか?」


「宮廷改革です。まず手始めに典礼院の人員整理をすると思います。元々彼等のことを“他人の序列を決めることで、自らが偉くなった気になっている不愉快な連中”と嫌悪されていましたから。」


 なるほど、50万ゴールドはその不愉快な連中を切り崩す為の布石になる。そう考えれば安くない買い物だろう。しかし、ずいぶんと踏み入った話までする。少し忠告しておくか。


「少し話しすぎじゃないですか?」


「いえ、誠意をもって謝意を示せと命を受けています。その為に必要なら何でも。」


「そうですか。ではもう十分です。今回はつまらぬ海賊を追い返しただけで、連合王国とは何ら関係なく全ては元通り、そういうことにしておきましょう。」


「そうですね・・・しかし驚きましたよ。こちらに跳んできたら凱旋式の真っ最中で、しかもせっかく捕えた海賊の首領を開放してしまった。如何にも宰相殿らしい幕引きだと思いました。」


「違うよ。本来はあそこで公開処刑にするつもりだったんだ。その筋書きを変えてくれたのは国王であるアレフ本人だ。おかげで後始末をしなくてはならない。できれば手伝ってもらえると助かるのですが?」


「私にできることなら。」


「ではお願いしましょう。おそらく一両日中にはマギーから連絡があるはず、その時に同行してもらいます。」


「承知しました。」


 何処に何をする為、とは質問しない。言葉通りできることは何でもするつもりなのだろう。これからする不愉快な仕事に少しだけ楽しみができた。

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