戦後処理
ドゥーマンから戦勝の報告が届いた。アイゼンマウアーを使者に送ったのが昨日の昼、ずいぶんと早い決着に余計な介入は無用だったかもしれない。そう思いながらも報告書を読み続ける。戦後処理と称して面倒事を押し付けられていることに気付いた。そして今、城下の迎賓館の一室に足を運んでいる。
「私は捕虜と言えど国王の賓客であるぞ。こんな若造を寄こすとは、この国の者は礼節を弁えぬのかっ!」
端正な顔を歪ませて怒鳴りつけるその姿はとても捕虜のものとは思えない。同行しているアイゼンマウアーが何か言おうとするのを手で制し、その男の前に着席する。無言のまま意味深に顔を見据えた。
「何だ?」
「私が誰かご存じないのですか?」
「知らぬ。その方のような若造を知る由もないわ。」
「なるほど。なら一つ忠告しておきます。子供を拐うならその親のことぐらい調べた方がよろしいですよ。」
「なっ!まさか・・・」
「そう、私がローザライン共和王国宰相ケルテン=A=ワイズマンです。こんな若造で申し訳ありません。」
嫌味な言い方だがこれぐらいなら問題ない、そう思って言った言葉が予想以上の効果を上げたようだ。目を大きく見開き、口を開けたり閉じたりしている。その間抜けな姿を見ていろんな意味で溜飲が下がった。
「ならば交渉相手は私でよろしいですね?」
「・・・ああ、構わぬ。」
元気を失った男を尻目に手元の報告書に再度目を通す。この男はアーヴィン=タイラント、連合王国はフェアチャイルドに連なる者であったが残念ながら先代から王族から外され、今は傭兵集団バロンに属している。おそらくお家再興を餌に今回の作戦に加担することになったのであろう。
「それではタイラント殿、こちらの開放条件は100万ゴールドです。」
「100万だと、法外にも程がある!相場を知らないのか。」
相場ぐらい知っている。連合王国では男爵で20万、伯爵で30万、侯爵や公爵なら50万~100万、当人でなく家族の場合は減額される。
「存じています。貴方の申告は連合王国の王族、相場通りだと思いますが。」
「それは正確ではない。私は連合王国の王族に連なる者で、王族そのものではない。」
「そんなことはどうでもいい。今回の理不尽な戦で失われた命が3名、重傷者が8名、軽傷者は多数、彼等に支払われる治療費や補償費は概算で100万ゴールドになる。貴方が払わねば誰も納得しない。」
「払えぬものは払えぬ。それに首謀者は私ではない。そちらから取るべきであろう?」
「首謀者である海賊ロバーツには命で購ってもらいます。我が国に於ける初めての公開処刑になりますが、それで国民の溜飲も下がることでしょう。その隣に貴方の首を並べてもよろしいのですよ?ああ、そうだ。お望みなら今からでも向こうに戻しましょう。檻車にてロバーツ殿が待っています。」
「分かった。払う、払えばいいのだろう。」
「結構、ではこちらに署名を。」
用意しておいた書類二枚を取り出して差し出す。捕虜になったことを認める書類にはすぐに署名されたが、そこで手が止まった。
「やはり100万はない。いや、払いたくないわけではないが当家にそこまでの金はない。なんとか減額できないものか?」
「そうは言われましても、こちらに減額する理由はありません。」
媚びるような言葉と視線を冷たく返す。タイラント家の資産は知らないが、全て売るなり近しい者に借りるなりすれば払えないこともないだろう。
「では理由があればいいのだな・・・・・・おお、そうだ。貴国の国王は開戦の時を違えて攻撃してきた。このような卑怯な振る舞いを貴国では落ち度とは言わないのか?」
「それは見解の相違です。確かに翌日の正午の開戦を宣言したとありますが、そこには続きがあったはず、“それまでにそちらから仕掛けても構いません。”と。」
「何を言っている?こちらから何かを仕掛けた事実はない。」
「そうですか。しかし、こちらの攻撃を呼び込んだのはタイラント殿、貴方です。」
「私が・・だと?ますます意味が分からぬ。」
どうやら説明しなくてはならないようだ。白紙を取り出して簡単な戦場の略図を記す。
「昨夜、貴方の部隊はこの陣地より後方に離脱した、間違いないですね?」
「確かにそうだが、それがどうした。」
「どんな動きにも必ず意図がある、普通はそう考えます。例えば船を利用して部隊の一部を敵陣営の後方に移動させる、または撤退すると見せかけて縦深陣を敷く、などです。」
「あっ!」
「ご理解頂けたようで幸いです。ではこちらに署名を。」
再び身代金100万ゴールドを支払うことに同意する書類を差し出した。だが俺の顔と紙をちらちらと見るだけで、ペンは動かない。
「分かりました。では半分の50万ゴールドとしましょう。残りは別の人に払ってもらいます。」
「そっ、そうか。それならなんとかなる。」
媚びる表情から喜色が溢れた。しばらく時を貰って書面を別紙に書き直す。身代金50万ゴールド、それで交渉は決した。部屋を辞して廊下を歩いているとアイゼンマウアーから声がかけられた。
「残りは海賊から取り立てるつもりですか?そうなると同じく助命せねばなりませんが・・・。」
「いえ、捕まった海賊は公開処刑されるが世の常、奴から取り立てるつもりはありません。」
「では誰から?」
当然の質問に足を止め、振り返った。
「近衛騎士隊長には連合王国に跳んでもらいます。書状をしたためますので大王様にお渡し下さい。」
「・・・承知しました。」
考える一瞬の間、それで理解したアイゼンマウアーが短く返事をした。
------------------------------------------
10日程前、連合王国に帰国したリスター王子は、誘拐も同然に城の一画に閉じ込められていた。今日になって開放されることになったが当然怒りが収まるわけもなく、父である大王の居室へと押しかけた。暗い部屋の中、深くカウチに座った大王と机を挟んで対面することになった。
「陛下、此度の仕打ち、納得できるように説明して下さい!」
「陛下は止せ。他に余人はおわぬ。ここでは父と子、それで構わぬ。」
「くっ、では父上、私を軟禁させた理由をお教え下さい。」
「ふむ・・・これを。」
大王の手から封書が投げられた。机の上を滑ってリスターの前に止まる。封蝋の印はローザライン。
「読んでよろしいのですか?」
「読まぬでは何も分かるまい。」
「では失礼して・・・。」
そこに記されている内容はリスターを驚愕させた。ローザラインと海賊の間に戦争が起きローザラインの勝利で終わったこと、その捕虜の中に傭兵集団バロンの者が含まれていたこと、そしてその身代金として50万ゴールドの支払いを求めていること、それらがリスターのよく知る筆跡で書かれていた。
「なんてことを、バロンにローザラインを攻撃させるとは・・・もしや父上の命令では?」
「違う。そう否定すればお前は納得するのか?」
「納得できるはずもありません。そうでなければ私を軟禁させる必要がありませんから。」
「そう考えても仕方あるまい。だが、余がその事実を知ったのは兵の乗った船が出た後だ。言い訳にもならぬがな。」
「ならば後を追わせるなり、ローザラインに知らせるなり方法があったと思いますが?」
「洋上に出た船を見つけることなど不可能だ。それにローザラインに何を知らせると言うのだ。我が手の者がそちらに行ったから戦わないでくれ、とでも頼むのか?恥知らずにも程がある。」
「それでも戦になるよりましでしょう。」
「お前ならそう言うであろうことは分かっていた。だから軟禁させた。お前も王族なら納得できないまでも理解せよ。」
リスターはこみ上げてくる怒りを納める為、大きく深呼吸した。数回繰り返して心を沈めた。
「真相を・・・。」
「始まりはエグザイルの豪商、次にこの国の王族だ。かの国の事業にて損を被った連中が報復を考えた。だが表立って動くことはできぬ。だから海賊と没落王族をそそのかせてかの国を攻めさせた。余はそう考えておる。」
「愚かなことを・・・。」
「そうだな。如何に新興国であろうと100や200の兵でなんとかなる相手ではない。」
「そういう問題ではありません。無用な争いを起こしたそのことを愚かだと言っているのです。それに始まってしまった戦いをどう納めるつもりだったのですか?」
「硬直状態になったところで停戦の使者を出すつもりだった。まさかこうも簡単に勝つとは、どうやら余もあの若い国王を侮っていたようだ。」
大王はそう言うと感慨深そうにため息をついた。
「分かりました。父上は今回の騒動を利用してローザライン国王を測っておられたのですね。」
「ふっ、そうかもしれん。」
「ですがその代償はずいぶんと高いものになりました。50万ゴールドもの身代金、お支払いになられますか?」
「払うしかなかろう。連合王国の王族ともあろう者が海賊に身をやつしていた、そう公文書に記載させるわけにも行かぬからな。」
あっさりとそう言ってのけたことにリスターは驚いていた。同じ王族ではあるが同族ではない者の為に金を出す父ではない。
「よろしいのですか?」
「構わん。払うのは典礼省だ。余ではない。」
「それこそ素直に払う相手とは思えませんが?」
「リスター、お前もまだまだだな。誰が馬鹿を唆したのか、考えよ。」
「なるほど、王族復帰を確約できるのは典礼省だけでした。」
「そうだ。余はこの機会に典礼省の影響力を削ごうと思っている。金だけではない。何人かの首が飛ぶことになるであろうな。」
大王の顔に不敵な笑みが浮かんでいる。転んでも只では起きぬ、想像以上にしたたかな父をリスターは怖いと思った。
「おお、そうだ。ローザラインへの使者はお前に任せる。」
「断ることはできないのでしょうね?」
「勿論だ。謙る必要はないが誠意は伝えよ。」
「承知しました。」
「なら下がれ。返書は後ほど届けさせる。」
「はっ、では失礼します。」
一応納得できる答えは貰えたのでリスターは素直に退室することにした。
「しかし羨ましいことだな。」
「は?何か言われましたか?」
背を向けたリスターの耳に大王のつぶやきが聞こえた。思わず振り返って聞き返したが返事はない。仰向けになって目を瞑る父にもう一度頭を下げると、リスターは静かに退室していった。
(自ら兵を率い戦場に赴き、自らの力を誇示する。さらに思うがままに兵を動かす、なんと羨ましいことか。)
大王は目を瞑ったまま戦場に想いを馳せる。報告にあった戦場の様子に心を踊らさせていた。




