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王妃と人狼

 使いを寄越してから20分後、執務室の外から幾つかの靴音が聞こえてきた。


「近衛騎士隊長アイゼンマウアー、入ります。火急のお呼びとはいったい何!!!」


 入口から一歩入った所でアイゼンマウアーの足と口が止まった。無理もない。目隠しに猿轡、手足を縛られた男三人が床に転がされている。さらに俺の横にはブリッツを抱いた黒衣のジルが立っている。不謹慎だが普段冷静沈着なアイゼンマウアーの驚く顔が見れて面白いと思った。


「どうしましたの?突然立ち止まったりして・・・おや、この方達は?」


 アイゼンマウアーの後ろから若い女性の声、今度は俺が驚く番になった。


「・・・これは王妃様、お呼び頂ければこちらから出向きましたものを。」


「いえ、一つお願いがありまして、呼びつけるのは失礼かと・・・。」


 ローゼマリー王妃が悪戯っ子のような笑顔を浮かべる。その横のアイゼンマウアーの顔が曇った。


「しばしお待ちを。王妃様のお声を彼等の耳に入れてはなりません。それがお願いなら尚更です。」


「そうですね。それでこの方達はいったい何者なのですか?」


「昨晩メタルマの城に忍び込んだ曲者です。」


「メタルマにですか?いったい何を目的に・・・。」


「それを知る為に近衛騎士隊長殿をお呼びした次第です。こいつ等はメタルマに忍び込んでブリッツを誘拐しようとしました。何の備えもなかったのに助かったのは運がよかっただけ、今後同じようなことが起きないようにしなくてはなりません。」


「承知。おい、この者達を牢へ。後で私自ら取り調べる。」


 アイゼンマウアーは廊下に向かって声をかけると、待機していた騎士達が入って来て三人を連れて行った。それを待つ間、ローゼマリー王妃の目が寝ているブリッツに注がれている。


「それでここにこの子がいるのですね。」


「そうです。もう来ないとは限りませんので、しばらくはこの城に置くことにしました。」


「抱かせてもらってもよろしくて?」


 ローゼマリー王妃はブリッツを抱くジルの前まで歩くと両の手を前に出した。


「あんた誰だよ?知らん奴には渡したくない。」


「ジル、ローゼマリー王妃様だ。構わないからお渡しせよ。」


 ジルに形式や権威は関係ない。無遠慮に聞いてくるジルを小声で嗜める。不承不承、ジルの手から王妃の手にブリッツが渡された。


「まあ可愛らしい。よく眠っておられますね。」


「当たり前だ。さっきまで二時間は起きていた。その間ずっと魔力が垂れ流しだったから疲れているはずだ。」


「そうですか、話には聞いていましたが難儀な体質ですね・・・・それで貴方はだあれ?お顔ぐらいお見せなったらどう?」


 笑みは浮かべているが何処か言葉に棘がある。顔は見えないがジルがこちらに振り向いた。


「しばらくはお前もこの城にいるんだ。面を通しておいた方がいい。」


「・・・了解。」


 ジルの毛深い手が深いフードの前を留めているボタンを外す。その手で勢いよくフードを後ろへと跳ね上げた。銀色の狼の顔が顕になった。


「ひっ!」


「王妃様、私の後ろへっ!」


 人狼の姿に驚いた王妃をかばう為、アイゼンマウアーが間に割って入った。


「宰相殿、これはどういうことです?魔物を城に入れるなんてっ!」


「城に魔物を入れてはならない、そんな法を作った覚えはありませんが?」


「それは詭弁です。魔物は邪悪なもの、あの戦いの中にあった貴殿が知らぬとは言わせませんぞ。これでは叛意有りと思われても仕方がありますまい。」


 アイゼンマウアーは王妃をかばいながら俺とジルの両方を睨んでいる。いつでも剣が抜けるように柄に手が添えられた。


「魔物が邪悪だと誰が決めた?少なくともこいつは違うぞ。このジルがいなかったらブリッツは拐われていた。共生関係にあるとは言え邪悪なものにできることではない。」


「共生関係とは?」


「当人曰く、人狼は常に魔力を欲しているらしい。ブリッツから放出されている魔力に誘われてメタルマに迷い込んで来た。そして今はブリッツの遊び相手となっている。昨夜は用心棒にもなってくれた。俺は一人の親として感謝している。邪悪だと疑う理由もない。」


 俺の言葉でアイゼンマウアーの手が剣の柄から手が離れた。


「分かりました。親としての貴殿を信用しましょう。しかし一つ問題が・・・。」


「問題?まだ何か?」


「その姿では要らぬ誤解を受けるに違いありません。先程の黒衣も怪しく見えますのでお勧めできません。」


「確かにそうですが問題ありません。ジル、もう人型でいる必要はない。いつもの姿に戻ってくれ。」


「了解。俺のそっちの方がいい。」


 黒衣が支えを失って床に落ちた。覆いかぶさった黒衣を取り上げると銀色の狼がその姿を現す。王妃とアイゼンマウアーの目が驚きで丸くなった。


「狼にもなれるのか?」


「こっちが本来の姿だ。だけど困ったな、この格好ではそいつの面倒を見てやれないぞ。」


「では私がこの子の面倒を見ましょう。勿論あなたも一緒で構いません。」

 

 狼とアイゼンマウアーの会話にブリッツを抱いたままのローゼマリー王妃が割って入った。


「王妃様、いくらなんでもそれは恐れ多い・・・。」


「いいえ、異論は認めません。皆がこの危機に奔走している中、何もできずに守られているだけでは申し訳ないと思っていたのです。是非手伝わせて下さい。」


「いや・・・これは困りましたな。近衛騎士隊長殿。」


 助けを求めてアイゼンマウアーに視線を送る。だが俺の期待する答えは返ってこなかった。


「それは名案、小官も同意致します。」


「えっ・・・何で?」


「では決まりです。近衛騎士隊長殿、戻りますよ・・・そうそう、あなたもついてきなさい。聞きたいこともありますからね。」


「いいけど、飯は食わせて貰えるんだろうな?」


「勿論ですわ。やっぱり狼だから肉がよろしくて?」


「だったら骨がついたやつがいい。」


「分かりましたわ。侍女にそう伝えましょう・・・・・・。」


 王妃様とジルが話しながら出て行った。会話からしてどこか波長が合ったらしい。


「ちょっと、近衛騎士隊長殿?」


「何か?」


 後を追おうとするアイゼンマウアーを留めた。


「王妃様のお願いとやらはよかったのですか?」


「それはすでに解決しました。」


「解決した?」


「ええ、陛下の勇姿を拝見しに戦場に行きたいと仰られていました。勿論そんなことに賛同できません。ここには宰相殿の了承が得られるはずがない、そう思って来ました。では失礼します。王妃様をお待たせするわけには行きませんので・・・。」


 アイゼンマウアーは自嘲気味の笑みを浮かべると一礼して執務室から出て行った。彼としては二代に渡る主従関係故に強く出れないのだろう。だから反対してもらう為に俺の所に来た。


「しかし王妃様に任せてよかったのか・・・いや、妙案でもあるか。考えて見ればこのことは俺に叛意がないことの証明にもなる。さて、今日の戦況はどうなるのか・・・。」


 独り言を言いながら窓のカーテンを開けた。夜が開けた外には小雨が降っている。



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