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式典の前夜

「ローザ、ようやく君に会うことができた。長いこと待たせてゴメン・・・。」


「いいえ、アレフ様。こうして会える日が再び来ることを信じていました。それにこんな素晴らしいお城に招いて頂けるなんて・・・。」


 ノイエブルクからローザラインに着いた早々その足でここローザライン城国王の私室に来たローザ王女は、勇者アレフとの再開を目に涙を浮かべて喜んでいた。


「君を迎えるのに相応しいと思えるまで、皆が一生懸命にがんばってくれました。そう言う意味でもここは君の城で、君の国です。ローザ、君の名前をつけたこの国、受け取ってくれるね。」


「ええ、勿論ですわ、アレフ様。喜んで・・・。」


 その答えを聞いたアレフがローゼマリーを抱きしめる。その腕に抱かれたローゼマリーは少し不思議そうな表情を浮かべた。


「アレフ様、少し大きくなられましたか?」


「ええ、あれから少し身長が伸びました。それを言われるならローザも大人っぽくなってますよ。」


「ふふふっ、アレフ様ったら・・・。」


 二人は抱き合ったまま他愛のない会話を楽しんでいた。この五年の間、毎日の様に魔法の道具によって話はしていたのだが、今ここで感じる体温、匂い、互いの全てが狂おしく愛おしい。しばらく二人はその姿のまま、今の幸せを噛み締めていた。


 ----------------------------------


「失礼します、陛下。」


 非常に声をかけ辛いのだが、やらなければいけない仕事は多い。ここは不興を買うことを覚悟して部屋の外から声をかけた。見えないが慌てて二人が離れる音が聞こえた。


「宰相殿ですか、何か御用がありましたか?」


「お忙しいところ失礼致します。明日の婚礼に先立ちまして、一つ報告と一つお頼みしたきことがございます。よろしいでしょうか?」


「構いません、どうぞ言って下さい。」


 普段はもっとラフな会話をするのだが、ここは明日からは王妃となるローゼマリー王女の前なので仰々しい話し方をする。


「まずは報告を、明日の婚礼の後ライムント16世様が退位されます。」


「えっ!どうして、お父様が?」


 予想していなかったのか、ローゼマリー王女が驚いている。隣でアレフが心配している。


「どういうことでしょうか?宰相殿は何かご存知ではありませんか?」


「詳細は存じませんが、先ほどご本人様のご意志を確認してきました。残念ながらこれは決定事項だそうです。」


「では、もしかしてお父様はご体調が悪いのですか?」


 何か懸念があるのか王女が青い顔で質問してきた。


「いえ、健康そのものです。心配は不要です。此度の退位はノイエブルク王家における複雑な問題から決定したことです。我が国としては口を挟むことはできません。」


「・・・もしかして・・・・お父様、私のために・・・。」


「それについては私から申し上げることはできません。少々お話は代わりますが、退位するとは言えまだ隠居するには早すぎます。それでライムント16世様に我が国に招聘したいと提案致しました。まことに失礼とは思いましたが、今現在建設しています王立学院の初代院長の座をお勧めしました。」


「それでどうなりましたか?」


「快く承諾して頂けました。ありがたいことに後身の為にお力をお貸し頂けるそうです。」


 その答えにアレフがじっと俺を見つめている。


「ずいぶんと用意のよい話です。何か致しましたか?」


「いいえ、何も。この件に関してはこちらからは何もしていません。このローザラインの全ての国民に誓ってそう言えます。」


「分かりました。ではもう一つのお話とはなんでしょう?」


「王女様のお力をお借りしたいことがあります。」


「私ですか?」


 突然話を振られたローゼマリー王女が不思議そうに俺を見た。


「そうです。先にノイエブルクから送られてきた来客の名簿と実際に来られた名簿が少々異なっています。失礼があってはなりませんので、席の並びや嗜好について教えて頂きたいとお願いにあがりました。もちろんお連れになった侍女の方々に聞いて頂いても結構です。」


「それは構いませんが、そんなにお困りですか?」


「ええ、接待役からせっつかれて困っています。私もこの名簿にある王族や貴族の方々に覚えがありません。」


「まあ、噂に聞く博識の宰相殿でもご存知ないことがありましたのね。分かりました、すぐに調べましょう。」


「ありがとうございます。後ほど使いの者を寄越しますので、その者にお渡し下さい。それではまだ仕事が残っていますので失礼致します。」


 手にしていた名簿をそこにあった机に置き部屋を後にする。すると、少し離れた廊下にローゼマリー王女の侍女武官ダニエラが怖い顔をしてそこに立っていた。


「ずいぶんと無粋な真似をするのですね、そのような些細なことは私どもに任せてくれればよろしいでしょう!?」


「些細なことね、何が些細で何が重大か分からぬ者が口を挟んでよいことではないでしょう。」


「なっ!私が何も知らぬと仰るのですか!」


 ダニエラは目を剥いて怒っている。怒りだけでなく、なぜかどこか警戒しているような雰囲気がある。


「ノイエブルク国王退位の話は些細なことではありません。もちろんそれは一侍女の口を挟んでよいことでないのは分かるでしょう。」


「ぐっ!ではもう一つのお話はわざわざローザ様のお耳を汚さなくても良かったのではないでしょうか?私どもに依頼して頂ければ喜んで協力致します。」


「ローザ様ね・・・まあいいでしょう、先ほどの質問ですがそれも無理な話です。名簿を見ると王族でも末端の者とおぼしき名がありました。ここは念の為にも王女様の耳に入れておくべきと判断しました。それに侍女の方々の中には私どもに良い感情を抱いていない者もいるようです。せいぜい恥でもかいたほうがいい、そう思う者がいないとは限らないでしょう。」


 俺の一言一言にダニエラの端整な顔が赤くなったり青くなったりしている。


「そのような者などおりません。同行してきた者は皆姫様の幸せを望んでいます。」


「まあそれは間違いないだろうね。だけどこう吹き込まれていないかな?辺境で王の名を語る下賎な者に嫁ぐなど姫様を不幸にするとか、政略結婚に使われた姫様がかわいそうとか・・・。」


「いっ、いえ、そのようなことは・・・。」


「やはりあるのですね。侍女の方々は貴族の子女ですから、生家の思惑が吹き込まれているものです。もしかするとダニエラ殿も、掘っ立て小屋のような城と柵に囲まれた村を想像していたのではないですか?」


「くっ、隠しても仕方が無いことです。確かにそのような風聞は耳にしていました。たかが五年やそこらでまともな国など作ることなど出来はすまい。辺境で朽ちていくなどお断りですと何名かの侍女が同行を辞退していたことも事実です。ですが今ここにいる侍女達は、皆本心から姫様のご幸福をお祈りしています。」


「それはあなたもですか?」


「当然です、精霊神に誓って本心から申しています。」


「結構です、辺境なのは事実ですが朽ちていくだけとは限りません。そこに住む者の努力でなんとでもなることです。現に陛下も昼間は鍬を片手に農場を耕したり、牧場で牛や羊、豚の世話もしています。誰もが何らかの仕事をしています。これからローゼマリー皇女様にも大事な仕事をして頂かなくてはなりません。」


「大事な仕事ですか?一体王女様に何の仕事をさせるつもりですか?」


「子を産み、育てることです。」


 その答えの意味を察したのか、ダニエラが一旦赤くなり、そしてほっとしたような顔をした。


「ダニエラ殿には、一度城下を見てもらう必要がありますね。ここローゼマリー、高山都市メタルマ、今はノイエブルクに属していますがグランゼなどの外の世界を見るべきです。騎士に憧れるのは結構ですが、時代は貴族や騎士を必要としなくなりました。先のノイエブルク近衛騎士隊長アイゼンマウアー殿も現近衛騎士隊長ローゼンシュタイン殿も土と共に今を生きています。いつでも結構ですので、覚悟が出来ましたら私に言って下さい。それではまだ多くの仕事が残っていますので失礼します。」


 まだ何か言いたそうにしているダニエラを放っておいてその場を後にした。先ほどダニエラが口にしていたがやはり此度の婚姻を喜んでいる者は多くは無いようだ。


 ---------------------------------


「やはり怖い方ですね。五年前に較べて貫禄ができましたわ。」


「そうですか?きっとローザがいるから緊張していただけでしょう。根は良い人です、この国を大きくする為に一番尽力されたのは間違いなく宰相だとこの国の誰もが答えるでしょう。」


 アレフは自分のことの様に誇らしげに語った。


「ずいぶんと信頼されているのですね。少し妬けてしまいますわ。」


 ローゼマリーの冗談にアレフは無言で笑みを返す。


「ですがお父様の退位の話、本当に何も知らなかったのでしょうか?」


「知ってはいたでしょう。ですが先ほど“こちらからは何もしていない“と言ってました。知ってはいたが何も出来なかった、もしくは何もしなかった、そういうことでしょう。」


「アレフ様にはお分かりになるのですか?」


「さっきなんとなく分かりました。やましいことがある時は少し雄弁になります、もちろんその弁は説得力があるので、誰も異論を述べることはできません。もちろんその真意にこの国を一番に考えていることが分かるからでもあります。」


「そうですか、では私が遠い異郷の地で寂しくないようにお父様をお呼びになったと考えてもよろしいのでそうか?」


「そうかもしれませんね。それだけではないかもしれませんが、僕とローザ二人にはそれでいいでしょう。」


 そして二人は誰にも邪魔されることなく、二人の時間を過ごしていた。

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