立札の呪縛
「というわけで、その場でぶっ殺してもよかったけど、あんたならどうするか興味があって生かしたまま連れてきてやった。」
人狼のジルが俺に向かってそう言って話を締めくくった。顔はフードで完全に隠れていて分からないが、そのからかうような口調が癇に障った。
「ふざけているのか?」
「別に・・・。」
そうは言ったが明らかに面白がっている。これで感情のままに動くのは行かなくなった。抜き見の刀を鞘に戻す。力が入りすぎたのか予想以上に大きな音が執務室に響いて、自分でも驚いた。
「何を怒っているのよ。」
「これを怒らずにいられるかっ!俺を狙うならまだしもブリッツを狙うなんて許せん。」
「違うでしょう?貴方が何故怒っているのか、理由は他にもあるはずよ。」
他に理由がある?しばらく考える。答えは出てこない。
「・・・・・・俺には分からない。説明してくれ。」
「貴方自身が当事者でないから。立札のこともあって何一つ思い通りにできない。本来の力を発揮できないことに最高に苛立っている。」
「俺は苛立っているのか?」
「ええ、そうよ。本来なら自ら動くか、自らの策略の範疇で人を動かすはず。そうできないことがストレスでもあり、そのせいで本来の思考ができずにいたのよ。これは私にも言えることだけどね。」
マギーの言葉に頭をガツンと殴られたような衝撃を受けた。
「言われれみれば確かに君の言う通り、まんまとあの立札の文言に踊らされていたのか。何でこの程度のことに気付かなかったのだろう?」
「もしかするとそれ自体が相手の思惑だったのかも。だから私が呪縛から解き放ってあげる。必要なら味方をも欺く、それが貴方ではなくて?」
「なるほど、それも君の言う通りだ。だったら俺の好きにやる。俺に場外戦を挑んできた報いは受けてもらおう。」
休眠していた頭が急に覚めたようだ。こいつらを尋問すれば敵の正体も分かる。その後はどうしてやろうか・・・・・。
「よし決まった。マギー、君はまずドラーフゲンガーに合流してくれ。多分この辺にいるはずだ。」
執務室の壁にかけてある世界地図のローザラインとグランローズの間の海を指差す。
「ドラーフゲンガーって船長のことよね?船で何するつもり?」
「追って沙汰は出す。とりあえず全速でこの海域を目指してくれ。」
今度はエグザイル大陸の北の海域を指差す。明らかにマギーが不満そうな顔をした。
「全速って私一人では限度があるわ。」
「魔導研究所から何人か連れていけばいい。そして現地についたら一人を連絡に寄越してくれ。次の指令を出す。」
「それまでは秘密なのね。まあそれはいいわ。でもこの子はどうするのよ。まさか航海に連れていけなんていわないよね。」
「当たり前だ。戻ってくるまでこの城で面倒をみから心配はいらない。最近は魔力を封じられることにも慣れてきたと聞いているし、こいつがいれば遊び相手には困らないはずだ。」
「・・・俺?」
人狼のジルがフードで見えない顔を指差した。
「無理にとは言わないがそうしてくれると助かる。それともマギーについていくつもりか?」
「船は嫌だ。想像するだけで吐きそうになる。」
「なんだ、お前船酔いするのか。他の連中もそうなのか?」
「知らねえよ。俺以外に船に乗った奴がいるのかも知らん。そういうわけだから船に乗るぐらいならここに残る。美味い食い物が貰えるならそいつの面倒をみてやってもいいぜ。」
「ならお願いする。マギーもそれでいいな?」
「ええ、それでいいわ。ジル、この子をよろしくね。」
「ほ~い。」
ふざけた返事をするジルにマギーがブリッツを渡し、部屋から出て行った。
「で、俺はどうすればいい?」
「ちょっと待て。人を呼ぶが俺が言うまで誰にも顔を見られるな。」
「面倒だな。いつもの格好じゃ駄目か?」
「こいつらを引き渡すまではそのままだ。その後は好きにしていい。」
そう言いながら机の上のハンドベルを手にとって鳴らす。外に控えていたと見えてすぐに文官の一人が執務室に入ってきた。
「お呼びでしょうか?」
「ああ、急用ができた。アイゼンマウアー近衛騎士隊長を呼んでくれ。騎士も何人か連れて来る様伝えるように。」
「はっ、承知しました。では失礼します。」
文官が一礼してから立ち去る。早足で廊下を歩く音が遠のいていった。




