軍議
翌日正午に行われる決闘について、両陣営に話が広がることになった。当然の如くその無謀とも言える内容に皆が呆れている。それはローザライン陣営においても同じだった。
「何ということを!陛下自ら決闘を申し込むなどありえません。」
「そうだ、しかも1対1なら何人でも相手してやるって、何を考えているんだっ!」
陣地に戻ってきたアレフは、ゲオルグとドゥーマンの叱責を受けることになった。二人は陣地の設営をする為に残っていたのだが、まさか“時間を稼いできます”と言って出て行ったアレフがこんなことをするとは想像だにしていなかった。
「ではオリハルコンでできたこの剣も使わない、そう約束してきたと言ったら?」
「馬鹿か、自惚れにも程があるぞ。何でそんな無茶な約束をしたんだ!?」
「やってみたかったんですよ。相手の言う無茶な要求を全て飲んで尚、勝利を得る。武器もなしに三人を相手にする、覚えがありませんか?」
そのアレフの言葉にゲオルグとドゥーマンが嫌そうな顔をした。その三人とは二人にクロウを加えた三人、勇者を騙って国王から金をせしめ、その日の内に暴かれて勇者を解任されていた。
「嫌なことを思い出させてくれます。ノイエブルクは否定してくれましたが、あの立札に書かれていたことは事実なのですから。」
「ごめん、そんなつもりはないんだ。ただあの時に見た光景は僕の原点、さらに近衛騎士隊長の連合王国での名声、その二人に勝る活躍ができる舞台に上がらない理由はないと思ってね。駄目でしたか?」
「駄目とかそういう問題ではありません。どう考えても明らかな挑発、それに乗ることはありますまい。」
「そんなことは承知しています。でもね、ただ戦いをしたい、そう思ったことはないですか?ゲオルグさん、近衛騎士副隊長のあなたなら理解できますよね?」
「俺には分からん。確かにケルテンやアイゼンマウアー隊長も似たようなことを口にしていた。だが凡人の俺はついていくだけでやっとだ。正直、お前等はどうかしていると思う。」
ゲオルグはため息とともに苦悩とも言える言葉を吐露した。
「そうですか。そうなると僕やあの二人がおかしいのかな?」
「もういい、今聞いたことは忘れる。だから他の者には言うな。それと今更決定したことは覆せない。だから俺は陣地の設営の続きをする。決闘だけでことが済むとは思えんからな。」
「同感です。向こうが勝てば勝ち馬に乗って攻めてくる、こっちが勝った時もおそらく全員で攻めてくるでしょう。備えておいて損はありません。」
「今作らせている陣地は・・・・・こうだ。修正があるなら今の内に言ってくれ。」
ゲオルグは棒を使って地面に簡単な図面を記した。棒を受け取ったアレフは数箇所に手を加えた。
「こんな感じでお願いします。意図は分かりますね。」
「ああ、なんとなく分かる。まあ任せておけ。」
ゲオルグはそう返事をすると、引き連れてきた歩兵達の下へと戻っていった。アレフはまだ不服そうな顔をしているドゥーマンに向き直った。
「さて軍監のあなたとしては納得いかないでしょうが、今回は僕の指示に従って下さい。現時点ではもっとも有効な勝算の高く効果的な手段を取ったと考えています。もしまだ何か質問があるなら今のうちにどうぞ。」
「ではまず一つ、最も勝算が高く効果的な手段と仰られましたがその根拠は?」
「今回の作戦目的は外に対して力を誇示することと内に対して正義を示すこと、だから一番分かりやすい方法を取りました。」
「確かに次々に挑戦してくる者全てを倒すことができれば陛下の強さは証明され、しかも公正明大な態度は皆に知れ渡ることになります。ですがそのどちらも勝利あってのこと、勝算はあるのですか?」
「まあなんとかなりそうです。向こうには気概みたいなものが感じられませんでした。必勝の信念も殺意も何もね。」
「ですが連戦による疲れが勝敗を決めることもあります。相手の狙いはそこにあるのではありませんか?」
「まあそうでしょうね。でもそれについて心配は無用です。僕に秘策があります。」
「分かりました。そこまで仰られるならこれ以上何も申し上げません。」
自信満々に語るアレフにドゥーマンは折れた。建国以来の同志でもあるが主君でもある。作戦内容が無茶ならともかくある程度説得力はあ故、その御意に従わないわけにはいかなかった。
「それより転移点の設置は終わっていますか?」
「ええ、終わっています。パスワードはThronum sc equusとなっています。」
「スローンマ シ エクス?どんな意味です?」
「馬上の王座です。」
その言葉にアレフはふっと笑みを浮かべた。痛烈な皮肉が込められていることに気がついたのである。
「では報告に戻りますか?」
「戻りはしますが、報告するのは止めにします。ゲオルグの言い草ではありませんが、今更決闘することには変わりありません。ならば余計なことを言って宰相殿の勘気に触れるのは得策ではないでしょう。」
「ありがとうございます。では敵将の名前はロバート=リバティー、おそらく偽名でしょうが何かの手がかりになると思います。そう報告しておいて下さい。」
「承知しました。では私は行きます。くれぐれも無茶は致しませんように。」
ドゥーマンは礼儀正しく頭を下げるとアレフの前から立ち去った。しばらくしてローザライン城の方向へ飛ぶ光が見えた。




