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誘惑

 ローザラインの迎賓館には世界各地の贅を尽くした部屋が幾つかある。伝統と格式を重んずる連合王国様式の部屋、やたらと金銀宝石で飾られた金満商人の部屋、精霊信仰で自然との調和を美とする部屋など、どこの賓客でももてなせる様にしてある。


 今、俺がいるのはノイエブルク様式の部屋で、同じ様に伝統を重んずる連合王国に近い雰囲気がある。違いは連合王国は武、ノイエブルクは雅が表に出ているところだ。個人的には連合王国様式の方が落ち着く。


「これはこれはライムント16世様、ローザラインにようこそおいで頂きまして真に恐悦至極、国王アレフ一世に代わりまして御礼申し上げます。」


 部屋の扉が開いて入ってきたのは現ノイエブルク国王ライムント16世、立ち上がってお決まりの挨拶をし正面のソファーへの着席を促す。


「ふむ、国王であるのも後数日、此度の婚礼が最後の勤めじゃ。我が娘ローザの晴れ姿を見る為なら如何な遠路も辞さずと思ってはいたが、一瞬で着くとは少々拍子抜けでもあるのう。あれがそなた達の秘術か?」


「いずれ秘術では無くします。悪用する者さえいなければ・・・ですが。」


「そうか、ならば一つ忠告しておこう。ノイエブルクは恐れるに足らんが王家には気をつけよ。」


 ライムント16世は自虐的にそう言った。それは自国の悪口を言ったも同然、躊躇いがあるのは当然である。


「忠告ありがとうございます。しかし心配は御無用にございます、いずれ振るう力を失うでしょう。まずはカウフマン公爵家から・・・。」


「ふふっ、なるほど最近あの者の荘園では脱走者が止まぬと聞いておる。そなたの仕業であったか。」


「仕業とは人聞きが悪い。公爵の傍若無人な振る舞いが人心を離れさせている、そう考えるべきです。」


 俺の抗弁に我慢できなくなったライムント16世が思いっきり笑い出した。その笑いはしばらく収まることはなかった。


「ふははははっ、わっはっははははっは、いや失礼した。公爵の傍若無人な振る舞いには相違ないが煽ったのはそなたであろう、グランゼ入植者への暴虐が街中で噂されている。あれを聞いてはあの者の荘園に仕える者などおるまい。」


「まあそうでしょうね、さらに悪いことにそれを聞いた公爵が荒れ狂ったせいで、古参の家来も離れたとも聞いております。いやはやどこへ行ったのか検討も付きませんな。」


「よい、そなた等が匿っておるのであろう。それぐらいことは余でも想像できる。だが証拠も無い故、誰にも咎めることなどできぬよ。それでどこに行ったのだ、余・・・いやもう余ではなくなるか。わしにだけは教えてくれてもよかろう。」


「とりあえずローザラインに、希望するならいずれどこにでも・・・。それは何人でも構いません、平民、貴族、たとえ王族でも我が国は迎えます。人手は幾らあっても足りることはありませんから・・・。」


 これは俺からの誘い水だ。国王を辞めた後ノイエブルクに残る必要はない、暗にそう問いかけてみる。


「ふむ・・・しかし元国王などいては外交上問題があろう。わしはそなた等の足手まといにはなりたくない。ノイエラントの片隅で隠居しておる方が相応しい。」


「それでは困ります。うちのアレフ一世陛下は理想が高く、義父と言えど父親を見捨てる様なことをすると私が怒られます。私はグランゼの一件で一度陛下のお叱りを受けていますので、ここはなんとか私の我が侭を聞いてはもらえないでしょうか?」


「・・・・・そなたはずるいな、そんな言い方をされては断ることもできまい。」


 すこし間を置いてからライムント16世が苦笑を浮かべながら俺の提案を受け入れた。


「提案を受け入れていただきありがとうございます。これで父親を失って嘆き悲しむ王妃を見ずに済みます。」


「そうだな、わしとしても娘を悲しませるつもりはない。しかしわしはここに来て何をすればいい。ここは隠居するには少々居心地が悪い。」


「一つ用意した肩書きがあります。ローザライン共和王国国立学園の初代園長の肩書きです。」


「なんじゃ、この国でも金持ちや貴族の為の学校を作ると言うのか?」


「違います。この国に住む五歳から十歳の子供全ての者が対象です。別に難しいことを教えるつもりはありません。読み書きと簡単な算数だけでも十分です、他のことが必要ならその後に然るべく教えればすむこと、まずは読み書きや算数ができないせいで騙される者を無くします。意味は分かりますよね?」


 俺の問いかけにライムント16世の喉から、ごくりと唾を飲み込む音がした。


「なるほど、そなたは本気でこの世界の仕組みを変えるつもりであったか。もしかするとそなたが本当の大魔王かもしれぬな、古き良き秩序を破壊した魔王か、世界を開放した大賢者か、それは後世の者が評価するのであろう。」


「その評価に対しては私は異議を申し立てることはできないでしょう。大魔王と呼ばれるのは心外ですので、なるべく後者になる様務めます。」


「よろしい、ではわしもその手伝いをさせてもらおうか。よろしくな、大賢者ケルテンよ。」


 立ち上がったライムント16世が言葉と共に右手を差し出してきた。俺はその手を握って一つ前に進んだことを確信した。


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「よろしかったのですか?退位するとは言え、他所の国王を受け入れるなんて無茶です。」


「なんだ、ドゥーマンは反対か?」


「そうではありません、心情的には受け入れは賛成です。なにより陛下と王妃の喜ぶ顔が見れることは想像に難くありません。だけど表向きはともかくノイエブルクの連中はいい顔はしないはずです。」


「ふん、あんな奴等に何ができるものか。それよりカウフマン家の荘園はどうなっている?」


 俺の質問すると、ドゥーマンがノイエブルクからの報告書を探しはじめた。



「足りなくなった人員は他の王家の荘園から借りてなんとかしているようですよ。ああ、これだ、借りた奴隷や人員の代わりにかなりの金が支払われています。これによるとグランゼで蓄えた金が全て飛んだ計算です。」


「もう一押し二押し必要だな・・・五年前と同じ方法をを使おう、たしかライムント一世の御世に下賜された宝物があったな、あれを売ってやれ。ここは過去の偉大なる統治者の威光が必要ですとか何とか言えば飛びつくだろう。」


「しかし、あの家にそんな金がありますか?あったとしても窮地故に簡単には出せないかと思いますが?」


「簡単なことだ、別の商人を使って荘園を形に貸し付けてやればいい。いずれ荘園ごと全て奪うつもりだが、それまでに王家に連なる者の勢力を少しでも削いでおく。」


「悪相が表に出ていますよ。しかしそううまく行きますか?」


 確かにそうだ、今までどおり下で働く者を引き抜くだけでは足りないか。


「そうだな・・・・ならばライムント一世の宝物が渡ったのならそれとなくその噂を元老院に流すとか・・・。」


「それは酷い、他所から人を借りておいて自分は権威の象徴を手にするとは、何か他の思惑を感じます。」


「さらに荘園入れてあるこっちの手の者から噂を流して、あることないことを元老院に報告させる。遠まわしに叛意有りと思わせればいい。」


「そこまでしますか・・・なら柄の悪そうな者を集めて公爵家に入れますか?いざいう時に兵になりそうに見えます。」


「それも悪くないな、ドゥーマン、そちも悪よのう。」


「いえいえ、宰相殿には叶いません。」


「「ふっふっふっ、あっはっはっはっはっはっ・・・・・・・・。」」


 とても他所には聞かせることのできない笑い声が宰相執務室を満たした。

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