宣戦布告
「ファイエルクリンゲ、只今戻りました。長いことの不在申し訳ありません。」
ノイエブルクに戻ってきたファイエルクリンゲは真っ先に大臣執務室へと来ていた。
「ふむ、無事で何よりだ。速やかに職務に戻れ。」
「はっ、承知しました。」
ファイエルクリンゲの帰還の報にも大した感銘を受けた様子もなく命令が下された。だがファイエルクリンゲが立ち去る様子はない。ほんの数秒待ってからシュタウフェン公が口を開いた。
「まだ何かあるのか?」
「これをどうぞ、ローザライン国王からの親書です。なんでも今回の件の請求書だそうで・・・。」
「ふん、流石に只とはいかんか。それにしても親書で請求してくるとは品がないのう・・・。ぬうっ、これは!?」
シュタウフェン公は封蝋された親書をぶつぶつ言いながら受け取った。引き出しからペーパーナイフを取り出すと封蝋に刃を入れる。中身を取り出して目を通す。数行読んだところで驚きの声を上げた。ファイエルクリンゲはシュタウフェン公の反応に満足してほくそ笑む。そのまましばらく黙って見ていた。
「この内容を知っておったか?」
「はっ、かの国の円卓会議の場に呼ばれまして簡単に説明を受けていました。」
「小癪だな、その方もかの国の連中も・・・・・・。」
シュタウフェン公の右手の人差し指が苛立ちを表すようにトントンと机の上を叩いている。しばらくしてその指の動きが止まった。
「よかろう、ここに記されていることは全て事実無根、それを我が国の正式な見解とする。」
「あれ?その言い様だと嘘ではないみたいにも聞こえますが?」
「嘘であれ本当であれ公式の見解だけが事実となる。それが分かっているからローザラインの者はこんな親書を寄越したのであろう。そなたもそれぐらい理解できるようになれ。」
「はっ、以後精進します。」
叱り諭すようなシュタウフェン公の言葉に恐縮する。シュタウフェン公はほんの少し微笑みながら頷いた。
「よろしい。では今度はドナスピアに経験を積ませるか。」
「へっ?」
「返書はドナスピアに持って行かせると言っている。だがらそなたはドナスピアの仕事を引き継げ。」
「承知しました。それであいつは何をしているのですか?」
「今は近衛騎士の治療をさせている。どうやらそなたと同じ症状らしい。そなた、解毒の法とやらを会得しているな?」
「ええ、まあ使えますけど、近衛騎士の治療ですか?これまた公爵様らしくない判断かと。」
シュタウフェン公とハンマーシュミット公の仲が悪いのはすでに周知の事実、相手の手駒を治してやる義理はない。それに王族でもない者の為に何かしてやるシュタウフェン公ではない。ファイエルクリンゲの為に特別な治療を受けさせたことさえ甚だ疑問であった。
「治療を受けておる者の名はアルフレッド=ハンマーシュミットだ。」
「なるほど、それは何としてでも治さないと・・・。」
「くっくっく、奴め、息子の為に頭を下げに来おった。あの顔は見ものじゃったぞ。それに、ここで一つ貸しを与えておくのも悪くなかろう。」
シュタウフェン公の意地の悪い笑い声にファイエルクリンゲの背筋が凍った。
「その・・・誠に申し上げにくいのですが、解毒の魔法は然るべき者になら伝授してもよいと言われています。如何致しましょう?」
「むう、然るべき者か・・・。ではその人選はわしがする。とりあえずは侍医から何名かを選ぶとしよう。」
シュタウフェン公は言葉の合間に少し考え、なんとも言えない笑みを浮かべた。それに気づかずファイエルクリンゲが口を挟んだ。
「そういうことなら教えに行きますよ。」
「それでは駄目だ。何故教える側から行かねばならん。」
「はあ、そんなものですかね。」
「当然だ。教えを請う者が偉そうにしている道理はない。近い内にそなたの屋敷にまで足を運ばせる。それでよいな?」
「分かりました。ではそうします。」
「では先も行ったようにドナスピアと交代せよ。また連絡する。」
「はっ、では失礼します。」
ファイエルクリンゲは首を傾げながら執務室から退室した。その後ろで侍医の名簿を手にほくそ笑むシュタウフェン公の姿があった。
後日、ファイエルクリンゲの屋敷に侍医が教えを請いに来ることになったが、その為にシュタウフェン公の元に幾らかの賂があったことは記すまでもない。
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“ゲオルグ、クロウ、ドゥーマンなる者が我が国の法で裁かれたことはない。先の近衛騎士隊長ジークフリート=アイゼンマウアーが退役したのも一身上の都合でなんらかの罪があったわけではない。尚、先のノイエブルク王の名誉を汚すが如き文言は我が国を汚すも同然である。これ以上詰まらぬことを書き立てるなら相応の覚悟をせよ。ノイエブルク王国国務大臣シュタウフェン公爵“
この文言が記された立札がローザライン城下に立てられた。その翌日から一枚ずつ次の立札が別々の場所に立てられた。
“ワイズマン宰相はノイエブルクと裏取引をしている。先の立札がその証拠である。このような者が上に立っていることは自由なる民の不幸である。”
“ゲオルグ、クロウ、ドゥーマンの三人はノイエブルクのスラム出身である。その三人が戦乱の最中ノイエブルクを離れ、遠いアウフヴァッサーへと逃げていた。何らかの罪でその居場所を失ったのは自明の理、自由なる民が罪人によって統治されるなどあってはならない。”
“近衛騎士隊長が一身上の都合でその職を辞することなど考えられようか?いや有り得ない。不義不忠の者は自由なる民の近衛騎士隊長にはふさわしくない。”
そして最後に次の立札が立った。
“我等は自由なる民の真なる自由の民の為に立つ。我等はローザラインより北に三日の地に集結している。偽りと傀儡の王よ、正々堂々と我等と勝負せよ。尚、我らに同調する者の合流を歓迎するものである。”




