凄惨な笑い声
「ちょっと待った。どこにそこまでする王がいる!?」
アレフの発言に思わず突っ込んだ。俺以外の皆も驚いた顔をしている。
「それを言うなら、民に混じって鍬や鋤を振るう王もいませんが、それは如何に?」
「うっ!」
しまった。思わぬ反撃に動揺して言葉に詰まってしまった。言葉を操る者としては失格である。これ以上反論を続けることは難しい。誰か代わりはいないか、円卓を見回す。隣に座るアイゼンマウアーと目があった。
「陛下、私も反対です。どんな危険があるやもしれません。ここは私に任せては頂けませんでしょうか?」
「普段ならそれでいいでしょう。でも今回否定されたのは僕の名誉、それも能力そのものです。ならはその汚名を晴らすには僕自ら動くしかないでしょう。近衛騎士隊長、僕では頼りにならないとお考えですか?」
これはずるい。今の質問に是と答えればアレフに能無しと記した立札を肯定することになる。
「いえ、陛下の能力を疑ったことはありません。」
「ではよろしいですね。」
「仕方ありません。ですが、調査や摘発に関してはこちらにお任せ下さいませ。」
「はい、それはお任せします。僕が出るのは相手出てきてからにします。城に赴いてきたなら直接お相手しましょう。もし何処かにて挙兵するのなら兵を率いて討ってでます。」
「その時は私も同行させて下さい。必ずお役に立ってみせます。」
「近衛騎士隊長殿はこの城に残って下さい。守るべきものを守って頂かないと安心して戦えませんから。」
「了解しました。
アイゼンマウアーが説得されてしまった。他に反論する者はいないのか、再び見渡す。マギーとクロウは面白そうな顔で見ている。ゲオルグは俺から目を逸した。隊長の決定に逆らうつもりはないらしい。いつも通りシャッテンベルクの表情から思考は伺えない。ドゥーマンが自らの意見を言うことはまずない。だとすると残るは王妃とラルス16世、ならば・・・。
「王妃様、陛下が自ら出ると表明していますがご心配ではありませんか?」
「どうして?」
「いや、どうしてって、戦場に出ることになるかもしれないでしょう。」
「大丈夫です。アレフ様はお強いですから・・・。」
アレフに対して熱い視線を向けたまま、そう話す。しまった、想像以上の馬鹿ップルだった。隣のラルス16世と目が合う。無駄だと言わんばかりに首が横に振られた。
「では何者かの挙兵や直談判があったら僕が対応します。それでよろしいですね?」
「いや、それだと一つ問題があるぞ。城に残るとなるとますます俺が悪役になる。」
「昔から大臣とか宰相は悪役と相場が決まっています。ですから、何もしないことでそうでないことを証明して下さい。」
「これは酷い。だけどもし相手が論戦を挑んでくることになっても心配なさそうだ。ではもし戦になった時はゲオルグを副官として、ドゥーマンを軍監として連れていくこと、この条件だけは飲んでくれ。」
「ええ、それで構いません。」
放っておけば一人でも出陣しかねない。なんとか二人をねじ込むことには成功した。多少なりとも円卓に弛緩したような空気が流れた。
「では今日の会議はこれで終わりにします。各自、自らの任地に戻って備えて下さい。」
“備えて下さい。”その言葉を強調して言う。できる限り戦になる前につぶせ、その意味は理解されただろうか?急いで出て行く皆を見送った。
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ローザライン城下のある建物に数人の男達が潜んでいる。そこに一人の男が入ってきて一枚の紙を渡した。
「無用の乱は起こすなだと?馬鹿にしおって!」
「どうやら思い通りにはならなかったらしいな。」
「貴様、何を他人事みたいに言っている。あの情報が漏れれば混乱を招く、そう言ったのは貴様であろう!?」
貴公子然とした男が怒鳴り声を上げた。怒りを向けられた者は特に気にした様子もない。むしろ馬鹿にしているようにも見えた。
「そう言う話があると言っただけだ。」
「まさか・・・嘘言でこの私をたぶらかしたのではなかろうな?」
「それこそまさかだ。これでも俺達はノイエブルクで近衛騎士をしていたことがある。その時に得た情報だ。」
「ならいい。しかしこれからどうする?」
尊大な態度で男が聞く。元近衛騎士と自称する男に視線が集まった。
「俺に言われても困る。ハンツ、お前からも何とか言ってやれよ。」
「シザーズ、俺達は拾われた身でしかない。そのことは理解しているだろう?」
「そうだったな。お頭、あんたが決めてくれ。俺達はそれに従う。」
ハンツとシザーズ、おそらく偽名であろう二人が淡々と話した。実はこの二人が一味の仲間になったのは最近でしかない。なぜお頭の下にいることを選んだのか不明である。
「このまま引き下がるつもりはない。今ある兵だけでも挙兵する。」
「それは勇ましいな。その手勢はどれだけだ?」
「100、ここから北に50kmぐらいの海岸に船でつけている。」
「100か、少々物足りないな。」
「だからだ。あんな立札まで立てて人を集めようとしたのは。」
シザーズの指摘にお頭が口惜しそうに答えた。さらに言葉を続ける。
「だがそれでも勝機はある。あの内容を読んだのなら国王が自ら出てくるはずだ。その国王の相手は二人に任せる。自尊心をくすぐって一騎打ちにでも持ち込めばいい。勝てるか?」
「俺達を誰だと思っている。元だがノイエブルクの近衛騎士だぞ。」
「なるほど道理で強いはずだ。この戦いの前に二人を味方にできたのは僥倖と言うべきであろう。」
近衛騎士と聞いたお頭が上機嫌になった。内情を知らない者に限ってだが、魔王を退けたとされるノイエブルク近衛騎士の強さには定評があった。
「しかし国王が出てこなかったらどうする?」
「その時は一旦退き再び立札を立てる。お前達の主は意気地なしだとな。」
「なるほど、それも面白そうだ。まあ俺達としては剣を交えたいものだ。いやハンツは無手だったな。はははっ!」
自分で言ったことが面白かったのかシザーズが笑う。その凄惨な笑い声に皆の背筋が凍った。恐怖を隠すようにお頭が言うつもりのなかったことを吐露し始めた。
「実はもう一つ策がある。予定通り国王が出てきたら留守役の宰相に反乱を起こさせるつもりだ。」
「ほう、あのでっち上げた醜聞を真実にするか。だが話を聞く限りそんなことができる人物とは思えないがな。」
「できないのならやらせればいい。弱点のない人物などいない。例え本人に見つからなくてもな、フッフッフッフッフ・・・・。」
今度は先程と反対にお頭の凄惨な笑い声にシザーズとハンツの背筋が凍ることになった。




