国王の資質
「ほう、ここがグランゼか、想像していたよりずっと小さい。」
俺が魔法で連れてきたホフマンスが、外から見た村に対して感想を述べた。
「感想は中に入ってからにして欲しいな、まともに統治していたとは思えないぞ。」
ホフマンスを案内してグランゼの門へと足を進める。俺の姿を見た門番の一人が敬礼で出迎え、猛一人の門番も遅れて敬礼した。どうも一人はローザライン所属、もう一人はノイエブルク所属のようだ。軽く答礼して門を潜る、後ろにいるホフマンスも軽く会釈をしている。
「これは・・・。」
村の中に入ったホフマンスは声を失っている。村に入ってすぐに見えたのはひときわ目立つ豪華な屋敷、その周りに並ぶそれなりに整備された家屋。しかしそこを通り過ぎると、半分枯れた麦しかない畑、無秩序に建っている掘っ立て小屋、その光景は公爵の不正を想像するに難くない。
「入植して一年半、はっきり言って開拓は進んでいない。これからが大変だぞ。」
「ここに連れてきて頂いたことを感謝する。私のするべきことを改めて理解した。」
「それは良かった。さてサイモンを探そう。多分こっちにいる。」
派遣したクロウにはこの村の簡単な地図が渡してあり、そこには拡張計画が記してある。予定通りならこっちの柵を取り除き耕地としているはずだ。草木が焼けた様な臭いがする中を歩いていくと、村と同じ位の広さの空き地で土を掘り起こしているサイモンやクロウ達の姿が見えた。
「サイモン、開墾は進んでいるか?」
俺達に気づいていないサイモンに忍び寄り、いきなり声をかける。
「ああ、見ればわかるだろう。俺は忙しいんだ、話なら後にして・・・・ってお前か、なんでここにいるんだ?」
「うちの陛下とそちらの王女様の婚姻の日取りが決まったので、その招待状を持ってきた。ぜひお前にも出席してもらいたい。」
「おっ、おっ、お前、阿呆か。わざわざそんなことの為にこんな僻地にまで来るなよ。」
「そんなこととは失礼だな、それに魔法を使えば一瞬だ。」
「阿呆とは何だ。ローゼンシュタイン近衛騎士隊長、ローザライン王国の宰相に対して無礼は許さんぞ。」
俺とサイモンのじゃれ合いにホフマンスが国務大臣としてサイモンを叱り付けた。
「構いませんよ、こいつの無礼には慣れています。」
「おいおい、ホフマンス、お前まで何だよ、国務大臣の仕事はどうした?」
「私が国務大臣であるのもあと二週間ほどだ。実際にはすでに職務の移譲は始まっている。」
ホフマンスが冷静に告げると、サイモンの顔色が変わった。
「すまん、俺のせいだな。俺が公爵を怒らせたからお前にまでとばっちりが行ったか・・・。」
「お前が謝る必要はない。まあお前のせいでもあるが、全部が全部お前のせいでもない。これは内定していることだがローザマリー王女の婚姻と前後して陛下は退位される。それにともない我々も今の職を失い、ここグランゼの統治責任者となる。形の上では今の職を辞して自らここに来ることにする。」
「なんで陛下が辞めねばならんのだ。これといった失政はないはずだ。」
「元老院の決定だ。それに陛下の決定でもある、陛下のお命と、なにより我々の命を守る為にお決めになられたのだ。サイモン=ローゼンシュタイン近衛騎士隊長、ライムント16世陛下の最後の勅命だ、謹んで拝命せよ。」
「はっ!サイモン=ローゼンシュタイン、勅命拝命いたします。」
サイモンは踵を合わせビシッと立つと最高の敬礼を見せた。
「ふっ、ではここはお前に任せるぞ。私は裏方に回らせてもらう。」
「はあ?なんでだ、お前が統治責任者じゃないのか?」
「“俺がここの民を守る”そう言ったらしいではないか、ならばその責任は取るべきであろう。それにすでにここはお前の村だ、民の顔がそう言っておる。のこのこと後からやってきた私が上に立つことなどできぬよ。」
ホフマンスは正しい、今のグランゼの上に立つ者はサイモンでなくてはならない。サイモンとホフマンスは光と影、陽と陰だ。サイモンがこの村の復興の象徴となり、ホフマンスが陰で支える。それは俺とアレフの関係と同じになるだろう。
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「クロウ、ちょっといいか?」
サイモンとホフマンスは放っておいて、耕地で働いているクロウに声をかける。
「なんだ?まだここは終わってないぞ。」
「ここはサイモンに任せればいい。持ってきた豆の半分は芽が出たところで食せる様にしたい。どこか半地下式の農地を作ろう。どこがいい?」
俺の質問にクロウがしばらく考え込む。
「残念ながらこのあたりにはないぞ。どうしてもと言うなら麦畑を潰すしかない。」
「それで構わない。収穫は期待できないから思い切って全部刈り取る。これはサイモンにはやらせることはできないからお前がやれ。」
「了解した、あいつを悪者にはしたくないのだな。まあ分からんでもない、せっかく作った麦を台無しにするのは辛いもんな。」
「そうだ、俺はいずれあいつをここの王にするつもりだ。」
「王?そこまでの器量の持ち主か?」
俺の言葉にクロウが不思議そうな顔をした。
「俺はそう見ている。器量が足りない分は下の者が支えてやればいい。」
「分かった。だけど、もし俺がローゼンシュタイン王に仕えることになっても知らないぞ。」
「それは困る。だけどそれがお前の決定なら俺は反対しない・・・つもりだ。俺は個人の意志を尊重する。」
俺の歯切れの悪い返事にクロウが意地の悪い笑みを浮かべた。
「まあそうなっても、あんたの敵にはならない。それだけは保証してやる。」
そういい残したクロウは俺に一礼して去った。しばらくすると作業をしていた部下を集めて麦畑へと向かった。もうここに用はない、俺は自分の職場に戻るとしよう。




