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断崖を登る階段

 垂直に近い断崖絶壁に不安定で中途半端な階段がある。一定の感覚で兵士が並ぶその階段を、シュタウフェン公が登っていた。


「ぜい・・ぜい・・・整備されているのではなかったのか?」


 断崖の中腹、踊り場に座り込んだシュタウフェン公が、お付きの二人に向かって批難の言葉を浴びせかけた。汗だくになって息が切れている。


「私は忠告しましたよ。視察に来る必要はないとね。」


「・・・確かにそんなこと言っていたな。では完成していないことも知っておったな?」


「勿論です。ここの普請の一から十を手配していたのは我々二人、かろうじて登れるようになったのは半月程前のことです。ハンマーシュミット公爵が嫌がらせで視察を提案しいていたことも知っています。」


 ドナスピアはシュタウフェン公の横に立ったまま答える。ファイエルクリンゲは二人の会話に関心を持たず、周りを警戒している。


「何故先にそれを言わん。そうと知っておったらここには来なんだ。」


「それは公爵様に聞く耳がなかったからでございます。失礼ながらハンマーシュミット公のことになると、公爵様は感情的になられるきらいがあります。それを見越して今回の視察が提案されたと思いますよ。」


「ふん、余計なお世話だ。見よ、奴がこちらを見下ろしておる。豚の分際で忌々しいことだ。」


 ドナスピアはシュタウフェン公の視線の先を見る。断崖の上に並んだ騎士の中にハンマーシュミット公爵の姿が見えた。


「ずいぶんとお口が悪いですね。確かにここからでも恰幅の良い公爵の姿は見えますが、豚はないでしょう。」


「豚でなければ樽で十分だ。しかしまあ、よくあの体でここを登れたものだな。」


「おそらく自力では登ってはいないでしょう。高さで200m、階段でも500段はあります。普段から運動されていない方が鎧を着込んで登れる場所ではありません。」


「ではどうやって登ったのだ。魔法でも使ったのか?」


「そんな器用な魔法などありませんよ。あちらをご覧下さい。荷物用の昇降機があります。おそらくあれを使ったのでしょう。」


 ドナスピアは階段から少し離れた場所に設置されている昇降機を指差した。それは太いロープがぶら下がっているだけにしか見えない。


「その方が楽でよさそうだな。今更言っても仕方ないがのう。」


「止めた方がいいっすよ。風で結構揺れるし、落ちたらまず死にますよ。」


 今まで会話に参加していなかったファイエルクリンゲが横から口を挟んだ。前に好奇心で荷物と一緒に上がった経験があり、二度とやりたくはないと思っていたのだ。


「そうであるか。ただ嫌がらせで勧めなかったのではないな。」


「いや、単なる嫌がらせでしょう。」


 ファイエルクリンゲは軽くそう答えると、手にしていた竹の水筒を傾けて中の液体を己の口の中に流し込んだ。シュタウフェン公の目がそれを見咎める。


「ちょっと待て。それは何だ?わしにも寄越せ。」


「よろしいので?いつも公爵様が飲まれているような高級なものじゃないですよ。」


「構わぬ。今は喉を潤すことができればよい。」


「そうっすか。ではこちらをどうぞ。」


 腰に吊るされている他の水筒を取り外し蓋を取ると、伸ばされていた手に渡す。シュタウフェン公は水筒に直接口をつけて中身を飲んだ。さわやかな柑橘類の酸味とはちみつの甘味、そして水が弾ける感触が喉を潤した。


「これは・・・ずいぶんと美味いな。どこで手に入れたものだ?」


「この間、ローザラインに行った時に買ったものです。最近売り出された物らしいっすよ。」


「あやつめ、一々小出しにしおって・・・まだ何か隠しておるのではなかろうな?」


「隠しているでしょうね。魔法のこともうまくはぐらかされたし・・・。」


「それは違うぞ。あれは魔法の本質そのもので、魔法の習得を容易にする為の講義だ。あの講義1時間に1万ゴールド払ってもいいと考える者は少なくないと思う。」


 ファイエルクリンゲの軽い口調にドナスピアが興奮して割り込んだ。


「どうやらドナスピアはうまく懐柔されてしまったようだのう。」


「いえ、そのようなことは・・・。」


「よい。別に咎めてはおらぬ。今はあやつからあらゆるものを吸収する時だと考えておる。ファイエルクリンゲも心してかかれ。これは命令だ。」


「承知しました。」


「よろしい。体も休まったことだし再び登るとしよう。」


 シュタウフェン公は立ち上がって水筒をファイエルクリンゲに返す。ドナスピアが階段を先行し、その後をシュタウフェン公、ファイエルクリンゲと続いた。

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