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魔王と人狼

 メタルマの城下町、暖かな陽光を浴び大きな狼が寝ていた。重大な事件が起きたことが嘘みたいである。嫌疑をかけられて城に囚われていた家人は不問とされて戻ってきたし、昼にあの親子が訪ねてくることも変わりない。ただ貰える食べ物が前よりよくなった気がするのは勘違いではない。


「ふむ、人狼とはその方のことか?」


 突然声がかけられた。人狼の聴覚と嗅覚の結界を破ってここまで近寄った者は今までにいない。その結界が破られて人狼はびっくりして飛び起きた。


「えっ!ええっ!?」


「すまぬな、驚かせたか。」


 訳も分からず驚くだけの人狼に再び優しく声がかけられた。頭を上げるとそこに若い男が人狼を見下ろしている。自分では意識していなかったが尻尾が後ろ足の間に入っていた。


「怯えなくてもよい。その方に危害を加える気はない。」


(この気配・・・もしかして魔王様?わざわざ俺の為に来たのか?)


「そうだ。その名は捨てたが我が罪は消えておらぬ。その方への責任を果たす為にここに来た。」


 人目がある為口には出せなかった、だが思考が完全に読まれ改めて目の前の男の凄さが理解でき、大人しく話を聞く気になった。


「ふむ、ではまず名を聞こう。ああ、口に出さずともよい。思えばそれで伝わる。」


(・・・ジル。)


 自我をが強くなった個体が自ら名乗ることはあるが、本来人狼に名前などない。流れ流れてメタルマに辿り着き、面倒を見てくれるようになった人間に付けられた名前である。銀色の毛皮にちなんだ名前でなんとなく気に入っていた。


「ではジルよ、質問に答えよ。わしの力でその方を元の狼に戻すこともできるが、それを望むか?」


 この質問に人狼ジルは困惑していた。元の狼に戻ったら今ある力は失われるのだろうか?それで知性が失われたら今ある心は何処に行くのだろう?最近憶えた喜びだけは失いたくないと思った。


「そうか、ではこのままにしておこう。だがその方の力を維持する為にはそれなりの力が必要となるはずだが、それはどうするつもりだ?」


 力はジルの下に訪れる赤子から分け与えられることになっていた。そのお返しに自らの背に乗せてメタルマの城壁を散歩する。以前なら屈辱とも感じることであったが、それが楽しいと思ったことは誰にも伝えることはできずにいた。


「ふむ、余計なお世話であったか。では今日のところは引こう。だがもし再び渇望に苦しむことになったらわしを呼べ。天に向かって吠えれば必ずそなたの前に現れよう。」


「ウオゥ!」


 簡単なジルの答えにかつての主は軽く微笑む。失われた気配にジルが顔を上げた時にはその姿は消えていた。


 それから毎日の日課としてジルとブリッツの散歩が見られるようになる。それは城壁の上を歩き、ときにはブリッツを咥えたジルが縦横に走り回る乱暴な散歩でもあった。 


 -----------------------


 ファイエルクリンゲとドナスピアは講義の後、すぐにノイエブルクに戻ってきていた。


「特務隊士ファイエルクリンゲ、只今戻りました。」

「同じくドナスピア、戻りましてございます。」


「見れば分かる。それで、何か収穫はあったか?」


 執務机を挟んでシュタウフェン公に報告する。相変わらず公爵の機嫌が良くないことが二人には分かった。


「収穫と言われましても、今のところは特には何も・・・。」


「何もないだと・・・新しい魔法の一つや二つ、教わってはないのか?今まで何を習っていたのだっ!」


 ファイエルクリンゲの的を射ない返事にシュタウフェン公が大声を上げる。フェイエルクリンゲは思わず肩を竦めると、隣に立つドナスピアに助けを求めて視線を送った。


「制約により詳しいことは申せませんが、現在は基本的な魔法学について習っています。」


「魔法学の基本だと?今更そんなことをして意味があるのか?そなた達をローザラインに送る為に少なくない金が使われていると、苦情を言ってくる者がいないわけではないのだぞ。」


「その金に見合った成果は得られたはずです。少なくとも私が習得した地方都市への自在転移の魔法、あれのおかげでかなりの経費が抑えられているはずですが?」


 自在転移の魔法の習得を報告してからと言うもの、ドナスピアはシュタウフェン公の良い様に使われている。一日の間にアウフヴァッサー、ヘンドラーと何往復もさせられていた。残念ながらファイエルクリンゲは習得に到らなかったので、その労苦は受けずにいた分ドナスピアにしわ寄せが及んでいた。


「確かにそうだが公にはしていない。そのせいでお前達に不満を口にする者はおるかもしれぬが、甘んじて受けておけ、よいな?」


「はっ、承知しております。それも特務隊士の任の一つと認識しておりますのでご心配なく。」


「よろしい。では通常の任務に戻れ。」


 ドナスピアは恭しく頭を下げて返事をした。シュタウフェン公は少しも感銘を受けることなく次の命令を下した。一応この視察については聞いている。


「はっ、承知しました。何か特別にしなくてはならないことはありますでしょうか?」


「例の視察だが明後日に行くことになった。」


「例の視察と言うと・・・、魔王の島ですか?あそこはハンマーシュミット公爵の領地ですから、別に行く必要はないでしょう。もしかしてまた公爵に催促されたのですか?」


「この時勢だ、現職の国務大臣と近衛騎士隊長の不仲が表沙汰になるのは好ましくない。余計なことを言ってないで然るべき準備をせよ。」


 ファイエルクリンゲの軽口にドナスピアの顔色が青くなる。だがシュタウフェン公は全く気にすることなくその質問に答えた。


 公式には魔王を倒したのは現近衛騎士隊長のハンマーシュミット公爵とその息子とされている。故に魔王の島はハンマーシュミット家の領地とされていた。実質は何の役にも立たない地ではあったが、近衛騎士を自由に動かせるようになったのでノイエブルクから近い位置に船着場を作り、断崖絶壁を登れるよう開発が行われていた。そのお披露目を兼ねての招待である。幾度も公務を理由に断っていたが、ついに断ることができなくなったのであろう。


「では護衛の兵と船の手配を致します。その他に気掛かりなことはありましたでしょうか?」


「それを調べるのがそなた達の仕事だ。」


「承知しました。では然るべく手筈を整えます。ファイエルクリンゲ、ここは任せる。」


「了解。」


 ドナスピアが一礼してから一人部屋を出る。次に執務室に入ってきた文官は、シュタウフェン公の後ろで険しい顔をして立つファイエルクリンゲに萎縮させられることになった。


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