開拓の技法
「これはひどいな、だいたいなんでこんな所に麦が植えてあるんだ?」
グランゼの中を案内されているクロウが思わず愚痴ってしまった。クロウはここ五年間主に農業と漁業を担当していた。その経験から考えるとこの村の現状はありえないものだった。
村が小丘の上にあるのは安全の問題もあって文句はない。だが村の中に井戸がない。おそらく村の下に流れる川から汲んでくるのであろうことは分かった。しかもそのまともに水のない場所に畑がある。水が少なくてもよい植物ならともかく麦はありえない。
「俺に言うなよ。こちとら開拓なんぞ素人なんだからな。それでなんでだ?」
一通り言い訳をしたサイモンは、振り返ってみすぼらしい服装の男に質問した。
「公爵です。本国で麦が値上がりしているからそれを植えろと命令されました。私もこんな所に植えてもまともに成長しないとは思ったのですが、処罰が怖くて言えませんでした。申し訳ありません。」
「いや悪かった。別に誰かを罪に問おうとしてるんじゃない。ローゼンシュタイン殿・・・なんか言いにくいな、悪いがサイモン殿と呼ばせてもらうぞ。まず俺の持ってきた豆と芋を植える場所を作るから、ここからあそこまでの柵を取り払ってくれ。」
「分かった、それと俺のことはサイモンでいい。こちらこそ世話になる側だ、偉そうにできる謂れはない。お~い、ここの柵を取り払うぞ!」
サイモンが大声を上げると村の中にいた数名が駆け寄ってきて作業を始めた。駆け寄って来た際にサイモンに敬礼をしたのは騎士らしい、クロウはそう思った。
「船から種子と種芋を持ってきてくれ、それと火炎の魔法が使えるやつは例のをやるぞ。」
「クロウ殿、運ぶのならこちらでやるぞ。」
「すまないがまだあの船の中を見せることはできないからこっちでやる。そう宰相殿に厳命されているんだ。それとサイモン、俺にも殿はいらない。」
「そうか、機密なら仕方ないな。あいつは怖いからな、俺のせいでお前さんが怒られるのだけは避けたいところだ。」
言い辛そうに断ったクロウを、サイモンが冗談めかして流した。しばらくしてクロウの部下が数台の一輪車に袋を乗せて戻ってきた。サイモンがその車をじっと眺めている。
「この黒いのは何だ?」
「俺もよくは知らない。ゴムといって衝撃を和らげる効果がある。」
「なるほど、またあいつか。なあ、もしかしてこれも機密か?」
「いや、近いうちに売り出すと言ってたから機密じゃないだろう。これはここに置いていくから自由に使ってくれ。」
それだけ言い残してクロウは取り除かれた柵から村の外に出て、森でも藪でも無い場所を歩き出した。所々でしゃがみ込んで土を手に取っている。
「まあいけるだろう。斜面だが土もそう悪くはない。」
「どうするんだ?」
「危ないから皆を村に戻してくれ、少々手荒な真似をするぞ。」
「おっおう、分かった。皆、村に戻れっ!」
サイモンが大きな声でついてきていた者達に命令する。それらの者達が撤収すると取り除かれた柵の端にクロウの部下が立った。クロウが軽く首を縦に振って合図すると、目を瞑って何かぶつぶつ言い始めた。次の瞬間その者の手から炎が放射され、前方90度をなぎ払った。
「うおっ!?おおぅ・・・」
その光景に村から疑問と感嘆の声が上がった。魔法の効果は終わっても炎は消えずに燃え続けている。
「よし次はそっちだ。」
クロウがさっきとは反対側に立った部下に命令すると、さっきと同じことが繰り返された。
「よし最後は俺だな。範囲が広いから一気に行くぞ。」
取り除かれた柵の中央に立ったクロウが集中し、しばらくすると手からさっきより巨大な炎が放射され残った部分を焼き払った。今の三回の魔法でなんとなく四角い土地が炎に包まれていた。
「俺は転移基準石の設置に行く。お前達二人は村に炎が入らないようにしばらく見ていろよ。」
クロウの命令に先ほど炎を放った二人が頷く。それを見届けたクロウがサイモンの方へ歩いてきた。
「目茶苦茶荒療治だな。第一そんな魔法は見たことも無いぞ。」
「これも機密だ。危険すぎるから限られた者にしか伝授されていない。それも平和利用限定だ、もし許可無くこれらの魔法で誰かを傷つけたら厳罰が待っている。」
「厳罰とは何だ?」
「死刑だ。これを伝授した当の本人も人に向かって使ったことはないらしい。力を持つ者には責任があるそうだ。」
「まあ・・・あいつらしいな。これ以上は聞かないことにしよう。」
「そうしてくれると助かる。俺達は尊敬と恐怖によってあいつに仕えていると言っていい。一般の者には優しい宰相で通っているが、力を悪用する者には容赦がない。一度金で他国に魔法を漏洩した者がいたが、漏洩した者も相手も気が狂って互いに傷つけあって死んだらしい。どんな方法を使ったかは知らんが、間違いなくあいつの仕業だ。」
クロウの言葉にサイモンが唾を飲み込んだ。
「まあ・・・馬鹿なことをしなければいいんだな。よく分かった、俺もあいつを怒らせるつもりはないからな。そうだ、クロウ、次は何をするんだ?」
「転移の魔法を使えるようにする。実験中の物だが使用に支障はないらしい。」
「それはすごいな、人も物資も何でも運ぶことができるようになる。」
「まあそんなところだ。石塔を立てるから門の前に平らな空間を作ろう。サイモン、手を貸してくれるか?」
「勿論だ、いくらでも手を貸す。クロウ、あんたが来てから次々と事が進んでいく。俺達は土木作業はできるがその先のノウハウが無い。駄目元で助けを頼んでよかった。」
(助け・・・ね。宰相の思惑を知ったらどう思うかな。まあしばらくは黙っておこう。)
クロウは村の門の前に人を集めて作業を始める。いずれ独立させる。その言葉がクロウの頭の中で反芻されていた。
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ローザライン城 宰相執務室
「これがノイエブルク側からのローゼマリー王女様の輿入れ希望日です。至急この書類を陛下に渡してください。」
目の前に立つ文官に書類を渡した。その文官が嬉しそうな顔をして部屋を出て行った。
「宰相殿、吉事の割には浮かない顔ですね。」
「分かりますか、ドゥーマンも秘書官らしくなったものです。」
「ここ五年、毎日の様に宰相殿の顔を見ていますから分かりますよ。それでなにか懸念事項でもありましたか?」
俺は黙って手元にあった書類をドゥーマンに渡す。それに目を通したドゥーマンの顔が思いっきり曇った。
「退位!?なんでライムント16世が退位しなくてはいけないのですか?」
「ライムント16世の機嫌を伺う必要がなくなったのでしょう。次の国王は現王とは直接血が繋がっていませんからね。」
「でも確かライムント16世はまだ四十半ばではなかったですか?退位しなくてはいけないほど体調に不安があるわけでもないでしょう。」
「元老院の思惑でしょうね。今のノイエブルク王家の権威は下がる一方ですから、なんとかして権威を取り戻そうとしているのでしょう。」
「なるほど、原因を理解していない王族らしい考えです。それで宰相殿には何か考えがあるようですね。」
「まあね、どうせ辞めるなら安心して生きられる環境にいてもらいたいかな。あの人には恩はあっても仇まではない。いっそのことこっちにでも来て貰うか。」
軽い口調でドゥーマンに俺の考えを言ってみた。
「それを良しとするでしょうか?」
「そうだよな、隠居するからと言って他所の国には来ないでしょう。何か理由をつけてこっちに呼ぶことはできないかな?」
「分かりません。来てもらってどうするのですか?」
ただ隠居させるだけにローザラインに来させても解決しない。できるだけ生き甲斐になることでも用意しなくてはならない。
「また考えることにする。輿入れの日取りは近いからそっちの準備を頼む。来賓客の席順や宿泊施設の格には気をつけないといけない。うちみたいな新興国と違って、伝統ある国ではそんなことでいざこざが絶えないからな。」
「分かりました。では幾つか手配しておきます。」
ドゥーマンが幾つかの書類を持って執務室から出て行った。それと入替えに別の文官達が入ってきて俺の仕事を手伝う。ドゥーマンは一般的な文官三名分の仕事ができる。




