人狼の苦悩
「俺を殺してくれ。」
俺はてっきり自分を売り込む言葉が出てくると思っていたのだが、そうではなかった。
「お前・・・正気か?」
「嗚呼、正気だ。俺に関わった者は皆不幸になる。もうこんな呪われた身体はうんざりだ・・・この辺でもう終わりにしたい。あんたならできるはずだ。」
「死にたいなら自分で死んでくれ。」
「俺にはそこまでする勇気がない。頭か心臓を潰さない限り、俺は死ねないんだ。頼む、あんたならできるはずだ。」
確かに俺にならできる。俺の持つミスリルの刀は人狼の回復を阻み、俺の操る魔法は人狼の回復力を上回る。だがそれを操る俺自身に・・・そこまでの覚悟はない。返事もできずに無言の時が流れる。
「飢えた人狼は何でもする。魔力持つ者を求め人を襲い、その血肉を喰らう。ここに来るまでそうして生きてきた。俺を放置すれば、近い将来お前達の禍となるぞ。」
「まだ起きていない罪を理由に殺すことはできない。それにローザラインの法は人間に対する法で魔物を裁くことはできない。今更言っても仕方がないが、あの子を攫った時点で互いに激情のまま戦えば、それでお前の希望は叶ったかもしれない。だが話を聞いた今そうすることはできない。」
「ここで無理にあんたを襲うこともできるが止めておこう。俺のせいで掴まった人に迷惑がかかる。彼等はただ俺に食い物を与えてくれただけで関係ない。開放してやってくれ。」
「分かった。それについては簡単だが報告は受けている。害はなさそうなので明日にでも釈放させるつもりだった。」
「良かった。死ぬにせよ、ここから消えるにしろ、余計な重荷は背負いたくはなかった。それだけでもあんたと会えてよかった。」
狼の顔が明らかにほっとしたような顔をした。昼には驚愕、今は謝意と安堵、狼に表情があると始めて分かった。
「それでこれからどうするつもりだ?」
「ここから出て行く。できるだけ誰にも迷惑を掛けないように生きるつもりだ。じゃあ俺はもう行くが、あんたの子供にも詫びておいてくれ。俺が攫った後、泣いているのが聞こえた。多分怖い思いをさせたのだと思う。」
「いや、それは少し違う。泣いていたのは要求が叶えられなかったからで、攫われたからじゃない。城壁の上から下を指差していて、降ろして欲しいと判断して降ろしたら今度は上を指差した。よく分からないからそのまま城に戻ったが、それが不満だったと見えてかなり泣きじゃくっていた。」
「そうか、それは良かった。」
それだけ言うと狼はソファから降り、入ってきた窓からバルコニーに出た。少し歩いてから振り向く。
「ああそうだ。もし俺が何処かで暴れていたら遠慮なく殺してくれていい。」
「待てっ!」
「まだ何かあるのか?」
特に考えもなく声をかけたことに気付いた。俺はどうしたいのだろう、どうするべきなのだろう、全く分からない。
「俺は明日の昼までここにいる。あの子の母親も戻ってくる予定だ。もしお前さえよければもう一度来てくれ。」
「昼間はあまり好きじゃない。気が向いたら来る。」
そう言い残すと狼はバルコニーの下へと飛び降りる。銀色の狼の姿が闇に消えた。
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翌日の正午、戻ってきたマギーに詰問されていた。昨日起きたことは簡単に聞いていたらしくかなり憤慨していたが、俺の説明になんとか冷静さを取り戻していた。
「・・・と言うわけで、一つ大きな問題ができている。正確に言うともう一つあるかもしれないが、どうなるか今は分からない。」
「そう、一つは私にも分かるわ。さっきから聞こえている泣き声はブリッツのものだものね。」
マギーの視線が怖い。念を押すように言った言葉がより恐怖を誘った。
「昨日からずっとああだ。何かを求めて上下を指差して泣き喚いているが、誰にもその意味が分からないでいる。マギー、君に心当たりはないか?」
「ないわね。とりあえず顔を見てくるけど、たった一日空けただけでこんなになるとはやっぱり離れるべきではなかったわ。」
「ごめん。」
マギーはブリッツのいる隣の部屋へと入っていった。俺の返事が聞いていたかは分からない。ついていくのは怖いのと日常に戻すことを考慮して止めにする。もしかすると昨日の約束通り、あの狼が来るかもしれない。それもまた言い訳の一つ、城下を望むバルコニーに狼の姿はまだない。




