宰相の育児奮戦記
《俺は魔力を4消費する、魔力はマナと混じりて万能たる力となれ
おお、万能たる力よ、見えざる力となりて魔力を封じよ!Signati Magicae(魔力封印)!》
まだ赤子でしかないブリッツに魔法をかける、それで漏れ出る魔力が止まった。
「泣き出さないですね・・・やっぱり父親ということが分かっているんですかね?」
「俺に言われても困る。だけどこの子に最初に魔法をかけたのは俺だし、本能的に理解しているんじゃないかな。」
「難しい講釈は結構です。殿下が泣き出さなければ私はそれでいいので・・・。それではやらねばいけない仕事がありますので私は失礼します。」
自分で聞いてきたはずのゴスラーが素っ気なく話題を打ち切り立ち去った。
「ちょっ、お前。それはないんじゃ・・・。」
「宰相様、邪魔をしてはいけませんよ。それに次は散歩の時間ですので外出の準備をして下さい。」
「散歩?この子が特別とは言え、いくらなんでも歩くことはできないだろう?」
「当たり前です。ですからいつもはマギー様が抱いて歩いています。お気に入りの場所がありますので案内致しましょう。」
乳母の口調には有無を言わせぬ迫力があった。仕方がないので立ち上がってブリッツを胸に抱く。俺が分かるのか、満面の笑みを浮かべた。
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「ずいぶんと変な所へ行くんだな。危なくはないのか?」
メタルマの町中、本道から少し離れた所を歩いている。人通りがない場所ではないが赤子を連れて歩く場所ではないと思われた。
「この町に危険な場所なんてありません。マギー様とブリッツ様に害をなす者なんていませんから。それに宰相である貴方様を敵に回す馬鹿はこの国にはいませんわ。」
「そう簡単な話ではないのだけどね・・・・。」
「えっ、何か仰られまして?」
「いや、何でもない。」
宰相であるからこそ敵に回る者はいる。その敵の標的は俺自身であるとは限らない。だが余計な不安を与えるわけにはいかないので口を噤んだ。
「で、この先に何があるんだ?」
「ブリッツ様のお気に入りの犬がいます。」
「犬?それこそ危なくないのか?」
「職人達が飼っている大人しい犬です。人にも慣れていて襲ってくるようなことはありません。その先を曲がった所です。」
乳母が建物の先を指差す。道が開けた先には塀に囲まれた建物があった。そこにいたのは大人ぐらいの大きさの銀色の獣が伏せて寝ていた。
「これはっ!」
その銀色の塊に向かって手を伸ばそうとするブリッツをしっかりと抱きかかえてばっと跳び去る。犬に見えないこともないがこれは狼、人に害をなさないなんて考えられない。
「えっ、えぐっ、えぐ・・・・えーーー--ん!!!」
腕の中のブリッツが俺の行為に抗議するように泣き始めた。喉が潰れんばかりに泣き喚く。マギ-達がメタルマを留守にするのを拒んだ理由が今はっきりと分かった。
「宰相様、いけません。触らせえてやれば泣き止みますから早くっ!」
「ブリッツ、俺が悪かった。ほら触っていいから泣き止んでくれ。なっ!」
ブリッツの体を自分の体からできるだけ離れるように前に出す。とたんに泣き止んだブリッツが手を伸ばして犬?の毛皮を撫で始めた。うっすらと目を開けた獣は興味なさ気に再び目を閉じた。
「わんわん・・・わんわん。」
「えっ、今喋った?」
「ええ、前からですよ。ご存じなかったのですか?」
当たり前の事のように乳母が言う。この子は生まれてまだ8ヶ月、一歳にも満たない子供が言葉を話したなんて聞いたことない。しかしまあこの子ならありえないことではないか。上機嫌で獣を撫でているブリッツを眺めて喜びや幸せの感情が湧き出てきた。
「宰相様、そろそろです。」
「ん、何が?」
その瞬間ブリッツの体から再び魔力が漏れ出してきた。それに呼応するように白銀の何かが目の前から飛び去る。腕の中にいたはずのブリッツがいない。
「何処だっ!」
閃光の跡を追う。町と外を分ける外壁の上にブリッツを抱える二足歩行の狼の姿があった。




