試験
ゴルトベルガーとオスマイヤーは一週間ぶりにノイエブルクへと戻っていた。一文字が大工房を去った後、近衛騎士隊長ハンマーシュミット公爵の怒りを買う形で、地方都市への連絡役を申し付けられていた。戻った二人は国務大臣に呼び出されているとハンマーシュミット公爵の口から言われた。そう言う公爵がなんとも口惜しそうな顔をしているのが気になったが命令に従う以外の選択肢はない。訝しがりながらも国務大臣の執務室へと脚を運んだ。
「近衛騎士ゴルトベルガー、お召しに従い参りました。」
「同じくオスマイヤー、参りました。」
二人は執務室の前に並ぶ列に優先して通され、若干の居心地の悪さを感じつつも国務大臣であるシュタウフェン公に挨拶した。シュタウフェン公の遠慮ない視線が二人を上から下へと往復する。しばしの無言の時間の後、シュタウフェン公の口が開いた。
「そなた等二人を特務隊士に任命せよと推挙があった。」
「・・・特務隊士ですか?もう魔王もこの世に存在せず、支援する勇者もいないと思うのですが?」
ゴルトベルガーは非礼とは知りつつも思わず聞き返した。
「どうやら私とは見解が違うようだが、特務隊士とは元々国務大臣を補佐し護衛を任務とする者を指す。先の勇者支援官はその任の一部に過ぎぬ。」
「なるほど・・・一つお聞きしてよろしいですか?」
「言ってみよ。」
シュタウフェン公の言葉に頷いたオスマイヤーが遠慮がちに質問した。この辺がゴルトベルガーとは違う。シュタウフェン公の許しを得たオスマイヤーは今疑問に思ったことを聞くことにした。
「護衛が必要とは思えません。実際になんらかの危機があったのでしょうか?」
「危機はあった。だがなかったことになっている。そなた達は何も聞いていないのか?」
「申し訳ありません。ノイエブルクに戻ったのは一週間ぶりで、その間のことは一切聞かされていません。」
オスマイヤーの言葉にシュタウフェン公の顔色が変わった。すぐ傍に座っている秘書官が手振りで二人の謝罪を要求している。二人は黙ったまま頭を下げた。
「すでにわしとハンマーシュミットとの関係は終わりを遂げている。意味は分かるな。」
「それを近衛騎士である我等に言ってよろしいのですか?話を聞かなかったことにしてハンマーシュミット公爵の下に報告に行くとは考えないのでしょうか?」
「無駄なことはしない方が賢明だ。すでにそなた達のことはハンマーシュミットの了承を得ている。この話を断ればノイエブルクにそなた達の花が咲く場所はない。」
シュタウフェン公の口からとんでもない言葉が飛び出した。公爵の言葉が正しいなら自分たちは売られたことになる。かっとなったゴルトベルガーが怒りをあらわにした。
「ならば他所の国に活路を見出します。意に沿わぬ任務には付きたくはありません。」
「クックック、今の任が希望通りとは思えぬがな。一つ言っておこう、国務大臣付き特務隊士は国王と国務大臣以外の命令を拒否できる権限がある。さらに独自の司法権限をも発揮できる。これを聞いてもそなた達はこの話を断るか?」
その気になれば報復することもできるぞ、シュタウフェン公は暗にそう言っているようだ。そのことに気付いたゴルトベルガーは横に立つオスマイヤーの方を見た。視線が交差する。オスマイヤーも同じことを考えているようだ。
「考えさせてもらってよろしいでしょうか?」
「その時間はない。この程度のことを決定できぬ者を身の周りにはおけぬ。この部屋を出たらそこでこの話は終わりだ。」
老人の目が冷たく光る。ゴルトベルガーは右手を握ったり開いたりする。嫌な汗が滲んでいることに気付いた。
「それにそなた達を推挙してきた者の期待を裏切るのは本意ではないだろう。これを見よ。」
シュタウフェン公の手から二通の推薦状が投げられ、大きな執務机の上を滑った。目の前に止まったその書には綺麗ではないが豪快な文字で推挙する文章が書かれている。
「これは隊長の・・・文字。我等を推挙したと言うのはローゼンシュタイン辺境伯で間違いないですか?」
「そうだ。特務隊士の必要性を説いたのは前国務大臣で、そなた達ならその任に耐えられると判断して推挙したのが前近衛騎士隊長だ。これではわしの要請を断るか?」
シュタウフェン公による三度の要請、ゴルトベルガーはオスマイヤーの意思を目で確認する。オスマイヤーが無言で頷いた。
「ゴルトベルガー、特務隊士の任、謹んでお受け致します。」
「よろしい、そなたはどうだ?」
「オスマイヤー、お受け致します。」
オスマイヤーは恭しく頭を下げた。
「よろしい。ではしばらくは見識を積むがよい。わしは愚鈍な者を必要としていない。」
「見識を積むと言われましても、それはどう言ったことでしょう?」
「あらゆる者に会い、あらゆる場所に行く。その為に如何なるものを使っても構わぬ。例えば有力者と顔つなぎをしておく、これはノイエブルクに限ったことではない。さらに前任者の話を聞いておくのも悪くないだろう。」
「はっ?前任者と言われますとあの幻の特務隊士、今はローザラインの宰相をされていると聞いていますが会ってもらえるでしょうか?」
「だから何を使ってもよいと言った。後は自分で考えよ。それも見識の一部である。」
「承知しました。ご期待に添えるよう努めます。」
自分達は試されている。そのことを理解したオスマイヤーが答えた。ゴルトベルガーはまだ理解していないようであったが、オスマイヤーに倣って頭を下げた。
「それともう一つ、わしのところに上申があって後継がおらず困っている名家があるとのことだ。よってそなた達を然るべき家に入れる。」
「今の家を出ろと言われるのですか?」
「そうだ。近衛騎士として5年、出世の見込みがないと嫉まれているのは知っておる。随分と都合のいい連中だな。そろそろ見限っても問題なかろう。ここに目録がある。好きな家を選ぶがよい。」
またシュタウフェン公の手から一枚の紙が投げられた。貴族の姓が10ばかり記されている。ドナスピアー、ファイエルクリンゲ、アイゼンラストン、デマンディウス、ユンカース、ホルツヴァート等、貴族の付き合いのあまりない二人には聞き覚えのない姓ばかりであった。
「これは時間を頂いてもよろしいですか?」
「もちろんだ。自分のことだ、せいぜい気に入ったものを選ぶがよい。」
「はっ、承知しました。ではこの場は失礼します。」
これも試験の一つ、オスマイヤーはゴルトベルガーの服の裾を軽く引っ張ると執務室から辞した。
二人が選んだ選ぶ貴族は?その選択基準は如何に・・・。




