特務隊士再び
「危ない・・・ところだった。」
執務室に戻ってきたシュタウフェン公は崩れるように椅子に座り込んだ。今回の事は初めから終わりまで自分の思惑の外にあった。その結果が自らの破滅でもあったにも関わらず、何もできなかった。
コンコン。執務室の扉から控えめなノックの音が聞こえた。
「入れ。」
誰にも会いたくない、その感情を押さえ込んで入室を許可する。入ってきたのは先の被告人二人と弁護人、神妙な表情に隠された笑みがシュタウフェン公を苛つかせた。
「国務大臣に於かれましてはご機嫌麗しく・・・。」
「機嫌が良いわけなかろうっ!此度の件、何時から知っておった。なぜわしだけが部外者として断罪されねばならぬ!?」
ホフマンスのわざとらしい挨拶をシュタウフェン公が遮った。
「そう言われましても困りましたな。二日前に突然グランゼに現れた近衛に拘束されたのが始まりで、その後は塔に軟禁されて外部との接触を絶たれていたのですよ。」
「ではなぜ弁護人がいるのだ?」
ホフマンスの言葉通りだと弁護人が付くはずはない。疑問に思ったことをシュタウフェン公が聞いた。ホフマンスがちらりとゴルトベルクの方を見る。
「ある者から連絡を頂きました。先程も申しましたが私共の商売に関わることですので、引き受けざるを得ませんでした。」
「ある者・・・か。何処の誰かは聞かぬが私が礼を言っておったと伝えておいてくれ。」
「はっ、必ず。」
ゴルトベルクはぼかして話したが、どうやらシュタウフェン公には誰が動いたか分かったらしい。
「それにしても全く愚かにも程がある。わしを排した後、一人でなんとかできると思ったのか、そなた達もそうは思わぬか?」
シュタウフェン公の口から愚痴が飛び出た。始めはハンマーシュミットへの愚痴かと思っていたが、どうやら違うらしい。臣下が口にしてはならぬ相手に対する愚痴、同意を求められた三人はなんとも言えない笑みを浮かべることしかできなかった。
「そなた等二人を反逆の罪で処断して、返す刃でわしを斬る。これが自分で考えたシナリオならまだいい。だがハンマーシュミット如きの口車に乗ったとは・・・。」
「まあまあ、国務大臣殿。私の想像ですがおそらく実質の権力を欲した上のことかと・・・ですのでこれから少しずつ実務を移譲することで、実務能力と自覚を持たせればよいではありませんか。」
主語をぼかしてゴルトベルクが助言する。シュタウフェン公はしばらく考えていたが納得したように頷いた。
「それもよかろう。少しは自立する気概ができたと思うとしよう。わしもいつまでも生きていられるわけではないからな。」
「公爵らしくもないお言葉、後10年は続けられますよ。」
「ふん、何もなければな。どうも城の中にはわしの味方はおらぬらしい。いつまで生きていられるやら?」
なら辞めればいいのに、ゴルトベルクはそう思ったが立場が違うので黙っていた。父として子の未来に思いを馳せるのだろう。他人事ながらそれは理解できた。
「公爵様、私に国務大臣の先達として一つ提案させてもらってよろしいですか?」
「申せ。そなたの手腕は理解しているつもりだ。」
「では・・・私が在任していた間、このローゼンシュタイン近衛騎士隊長とは悪い仲ではありませんでした。そのおかげで何度も命を助けられたものです。」
ホフマンスの言葉はシュタウフェン公には届かなかったようだ。顔に失望が見える。
「その程度のことは分かっておる。だがハンマーシュミットからの宣戦布告は受けたばかり、今更どうしようもない。此度のことは不問にしたから、正当な理由がない限り奴を廃することはできぬ。」
「まだ私の提案は終わっていません。元老院の思惑もありますから、近衛騎士隊長を廃することができないのも理解しています。私の提案は国務大臣の盾となり裏で暗躍できる者をつけること、すなわち国務大臣付き特務隊士を任命することです。」
「ふ~む、相応しい人選があるとは思えぬがな。わしは今、ほとんどの貴族や王族に嫌われておる。変遷したと思われておるようでな。」
シュタウフェン公が自虐的に語った。ああ、この人は本当に変わられたのだ。ホフマンスは先日までの疑念を払拭することができた。だがそれ故に然るべき人選が難しいことにも気付いた。
「二人心当たりがある。もしよければ俺が・・・いや私が推挙致しますがいかがでしょう?」
サイモンはいつもホフマンスとの会話のつもりで会話に割り込んだ。途中で言葉使いの間違いに気づいて言い直す。
「言ってみよ。」
「近衛騎士のゴルトベルガー伯爵とオスマイヤー男爵、私の時からのいる近衛騎士ですが現在末端にいるようです。特務隊士の話なら喜んで引き受けてくれると思いますが?」
「なるほど、近衛騎士隊長の命令さえ拒否できる権限は魅力的か。結構、その線で当たってみよう。済まぬが推薦状を頼む。前近衛騎士隊長の推薦状があれば文句を言う者もおらぬだろう。」
「承知しました。では紙とペンをお借りします。」
サイモンは一言断ると机の上から筆記用具を借りて推薦状を書き始めた。当然のようにホフマンスが書式や文面に口を出していたのがシュタウフェン公には微笑ましく思えた。




