宰相の野望
ローザライン城 宰相執務室
「ノイエブルク近衛騎士隊長殿から私に親書ですか。」
今、この部屋にいるのは俺と秘書官ドゥーマン、ノイエブルクに派遣した外交官シャッテンベルク、そして名前も知らぬノイエブルクの近衛騎士である。その騎士から受け取った封書にはバラを象った封蝋がしてあった。
「形の上では親書ですが、ローゼンシュタイン隊長より直接お渡しするよう厳命されました。どうか中をお改め下さい。」
「分かりました。何か事情があるようですね。」
目の前の騎士はここに連れて来られた時からずっと険しい顔をしている。緊張しているだけではない、おそらくサイモンに何かあったのだろうことが想像できる。封蝋を解き、中から手紙を取り出して目を通す。これは・・・・・・・・。
「この手紙の内容をご存知ですか?」
「いいえ、ですがおそらく支援の要請だと思います。」
「半分正解です。今グランゼに残された物資はおよそ二週間で尽きるそうです。本国からの支援は期待できないので、ローザラインに当面の食糧と開拓事業の支援を要請しています。さらに、グランゼにいる騎士の家族関係者の庇護を求めています。結構細やかな配慮ができるようになったようですね。できればカウフマン公を追い出す前に考えて欲しかったのですが・・・・まあいいでしょう。今回の件には多少なりとも私に責任があります。ドゥーマン、ゲオルグとクロウを呼んで下さい。」
俺の命令でドゥーマンが執務室から出て行った。
「シャッテンベルクはすぐにノイエブルクに戻って下さい。まず第一に先の庇護対象と接触すること、接触したら現状を説明して今後の相談をして下さい。ノイエブルクに残るか、亡命するか、メリットとデメリットを説明して当人達の希望に沿うようにして下さい。それとしばらくは元老院の監視を強化して下さい、きっと禄でもないことを考えているでしょう。」
「了解です。これは他人事ではありません。誠心誠意対応させていただきます。」
シャッテンベルクはそう言って出て行った。本人は望んでいなかったが、その顔の広さに期待して外交官をさせていた。
「ああ、そうだ。君のことも書いてある。ここローザラインに残るも良し、グランゼに戻るも良し、または近衛騎士に復帰するも自由だ。君はどうしたい?」
「隊長の下にお戻し下さい。あの方だけに苦労させることはできません。あと私の家族の庇護をお願いします。いずれ迎えに来るまでで結構です。」
「分かりました、ではその様に手配します。さっきの者が戻るまでそちらで座ってお待ち下さい。」
俺の言葉で安心したのか険しかった騎士の表情が和らぎ、一礼してから部屋の隅にあるソファーに腰をかけた。俺はドゥーマンが戻ってくるまでの時間に幾つか必要になるであろう書類を書く。
「おい、幾らなんでも無用心すぎるだろう。せめて一人ぐらい護衛をつけろよ。」
いきなり部屋に入ってきたゲオルグからまず怒られた。後ろにいるドゥーマンも同感のようで怒った顔をしている。
「必要ないよ、今俺を殺しても彼は得しない。それに今ここにはローザラインで五指に入る武人が二人も来ることになってたからね。」
「ふん、どの口がそう言うか、この国であんたに勝てる者などほとんどいないはずだ。」
「ゲオルグ、客人の前だ。少しは弁えろ!」
三人の内でも良識派のドゥーマンがゲオルグを叱った。
「分かったよ、ゲオルグ、クロウ、出頭しました。これでいいか?」
「一言余分だよ。まあいい、クロウ、彼を連れてグランゼに行ってくれ。」
「かなり時間がかかるぞ。メタルマまでは魔法ですむが、そこから船で一週間だ。さっきドゥーマンに話は聞いたが間に合わないかもしれない。」
「新造の魔道快速船を使っていい。ペイロードは少ないが五日でつくことが出来る。」
「やったっ!俺があの船の処女航海をしてもいいのか?」
クロウには思いがけないことだったらしく、驚愕しつつ歓喜している。実のところ俺は悔しい。近いうちに進水式をするつもりだった魔道快速船、できることなら俺の手でやりたかった。
「構わない、時間が惜しいからな。成長の早い植物の種子や種芋を持っていくといい。それと魔道研究所で転移基準石を二つ受け取っていけ。」
「二つ?一つは分かるがもう一つはどうするんだ?」
「例の海峡の北に設置しておいてくれ。尚、その際は半径10mは何もない場所を選んで設置するように。」
「了解した。でもなんでそんな広い空間が必要なんだ?」
「まだ試作段階で転移位置が安定しない。実験結果から半径10mのどこかに転移できることが分かっている。」
俺が真面目に答えたのに何故かドゥーマンがプッと噴出した。ゲオルグとクロウが何が起きたかとドゥーマンを見つめている。
「安定しないか、物は言いようだな。前、船に設置した時は海の上に転移して水浸しになったと聞いている。」
「ドゥーマン、要らぬことを言うな。とりあえず垂直方向へのブレだけは直してある、後はこれからの課題だ。」
「分かった、グランゼに着いたらまず転移基準石の設置、その後はここの開拓と同じ様にやればいいんだな。」
「まあそんなところだ。転移の魔法が使えるようになったら幾らでも往復できる。流石に大量の物資を送ることはできないが、とりあえず家畜を送り込むことも可能だ。」
「かなりの大盤振る舞いだな、やっぱりあの騎士隊長が大事なのか?」
俺が行なう支援の内容が多いとでも思ったのかゲオルグが口を挟んできた。
「俺は感情だけでは動かない、それは分かっているだろう。まあいい、ここで言っておくが俺はグランゼをノイエブルクから独立させるつもりだ。)
「「「独立!!!」」」
「ああ、ここローザラインと向こうの国で世界を席巻する。」
俺の壮大なる計画はこの場にいる者から言葉を奪った。呆れているのか、感動しているのかはしらない。だがこの計画は必ずうまく行かせてやる。
----------------------------------
ノイエブルク 国務大臣執務室
執務机を挟んだ向こう側で憤激したカウフマン公爵が、ホフマンスに向かって唾を飛ばしている。
「と、言うわけでローゼンシュタインなる野蛮な者が、私からグランゼを奪ったのだ。これは明らかに反逆と行っていい、そう陛下に伝えてくれ。」
「公爵の言い分は聞かせて頂きました。国務大臣としては一方の主張だけで全てを決めることはできませんので、陛下への奏上はしばらく私の下で止めさせて頂きます。」
「何を馬鹿なことを!公爵である私とあの者の言、どちらが重視されると思っているのだ。」
「身分は関係ありません。私の判断基準はどちらがより正しいか、それだけです。これはたとえ公爵と言えど譲れません。」
「むうっ!頭に乗るな、貴様の首などいつでも飛ばすことができるのだぞ。いやもう遅い、貴様の運命はすでに決まった、楽しみにしていろっ!」
最後には品性の欠片もない捨て台詞を残して公爵が去って行った。
「よろしいのですか?国務大臣の位だけでなく命まで失うことになりかねませんよ。」
「構わん、命を狙われることには慣れておる。それで己を曲げることなどできぬ。ここに騎士隊長からの書面がある、読んでみるがいい。」
忠告をした文官がホフマンスの手から渡された書面に目を通す。読み進める文官の顔色が蒼白になっていく。
「どちらが正しいかは明白であろう。ノイエブルクからグランゼに送った支援物資は大量かつ多方面に渡るはずだが、実際に現地には届いておらぬようだな。」
「その様です。ここに書かれている食事の内容は考えられません、囚人となんら変わらぬ食事です。他には牛や羊などの家畜がいないともあります。」
「これを見るがいい。公爵が裏で行なった取引の内容だ。」
机の抽斗から書類を取り出し机の上に放り出す。それを拾い上げた文官がさらに目を通す。
「これはっ!いつの間に調査されたのですか?」
「騎士隊長がローザラインから戻ってきた時に話を聞いた。それで近衛騎士隊長が現地に赴くと同時にこちらでも調査させた。これだけでも十分に罪に問うことはできると思っていたが、騎士隊長は私の想像よりずっと短気であったようだ。まあ済んだことを言っても仕方あるまい。」
ホフマンスの口からため息がでた。その割には落胆してはいないようだ。いぶかしんだ文官がさらに問う。
「どうされるおつもりですか?」
「これはまだ内定の話だが陛下の退位が決まっておる。その際に私と騎士隊長がグランゼの統治責任者となる予定だ。此度の公爵の罪は新国王による恩赦で消す、そう取り計らうことにしよう。」
「なるほど名案です。交換条件ならば公爵もその案を飲むことでしょう。」
「では公爵の罪状を確定させるか。しかし我ながら思うのだが・・・私も人が悪くなったものだ。」
最後の方の呟きは本人以外にはほとんど聞こえていなかった。もっとも誰かの耳に届いていたとしても肯定する者はいなかったであろう。




