逆転裁判
ノイエブルクの謁見の間ではいつも通りの評議が行われていた。もっともそれは国王の実父である国務大臣シュタウフェン公により、議題とそれに対する結論が告げられるだけであったが今日は違った。
「国務大臣殿、本日は私から一つよろしいですか?」
近衛騎士隊長ハンマーシュミット公爵が珍しく発言がされる。予定にないことだけにシュタウフェン公が不快な評定を浮かべた。
「何か?陛下は忙しいのです。余計なことで時を無駄にする余裕はありません。」
「よい、余が許す。ハンマーシュミットよ、申せ。」
ハンマーシュミット公爵は悪意のある笑みをシュタウフェン公に向ける。しばらくそれを睨んでいたシュタウフェン公は同じ笑みを浮かべている息子の顔に気付いた。
「では御意に答えまして・・・ある者の反逆罪について告発させていただきます。」
「反逆罪だと!?そんな話、私は聞いていない。」
「でしょうな、 国務大臣殿も無関係ではありませんから。すなわち・・・ある者とはノイエブルク飛び地グランゼのローゼンシュタイン辺境伯とホフマンス伯爵、二人は遠いグランゼの地で我が国に対する反逆を画策したと報告を受けています。」
ハンマーシュミットは意気揚々と告発の言葉を告げる。王座から見下ろす息子の目が冷たく光っている。シュタウフェン公の顔が怒りで真っ赤に染まった。
「なっ!そんな馬鹿な。いや例えそうだとして何故私に関係がある?」
「反逆を未然に防ぐこともせず、いやそれどころか加速しようとした。まさか知らぬとはおっしゃられませんでしょうな?」
「何のことを言っておるか、全く分からぬ。」
「そうですか。では何も知らずに手を貸したと言うことになりますか。しかしまあどちらでも構わぬこと、これから二名の審議を行いますのでそこでお聞き下され。その後、然るべき責任を問うとしましょう。衛兵、両名をここに!」
「はっ!」
ハンマーシュミット公爵の言葉に従い衛兵が謁見の間の扉を開く。そこには数名の兵士に囲まれたサイモンとホフマンスが立っていた。もちろん鎧どころか武器も身につけていない。謁見の間にいる者の白い目が二人を見る。しかし二人は悪びれることなく赤い絨毯の上を歩いて進み、所定の位置で片膝を付いた。
「陛下のお召しに従い、グランゼ辺境伯ローゼンシュタイン、及び補佐役ホフマンス参りました。」
「ほう、よくもまあ余の前に顔を出せたものだな。余はそなた等が反逆を画策したと聞いている。」
「心当たりがありません。何を根拠にそんなことを言われるのでしょうか?お教えいただければ幸いです。」
「知らぬと申すか・・・では近衛騎士隊長よ、この者達が何を企んでいたか、教えてやれ。」
サイモンの名乗り上げ、ホフマンスの釈明も国王ジギスムントの心には届いていない。まるで結論有りきで語っている、それがはっきりと分かった。
「はっ!まずは辺境伯の口から本国からの独立を意図する言葉を聞いたと報告を受けました。そしてその後、我が国最高の鍛冶職人をグランゼへと引き抜きました。それはまさしく武具を揃えて反逆の準備をする証に間違いないと思われます。」
「だ、そうだ。何か言いたいことはあるか?」
国王ジギスムントの言葉にサイモンとホフマンスの目が会う。ホフマンスが軽く首を盾に振ると口を開いた。
「何を釈明しようが我等二人の言葉では納得いただけないでしょう。我等二人の言葉を代弁する者を準備しています。ここに呼んでよろしいでしょうか?」
「構わぬ。連れて参れ。」
「ありがとうございます。では外に控えているゴルトベルク男爵をここへ。」
再び謁見の間の扉が開くと神妙な表情を浮かべたゴルトベルク男爵が入ってくる。そのままサイモンとホフマンスの横にて膝を付いた。
「招聘に応じまして弁護をすることになりましたゴルトベルクと申します。以後お見知りおきを。」
「ふん、何を吹き込まれたかは知らぬが両名の罪状は明白、損な役割を受けたものだ。」
ハンマーシュミットが意地の悪い言葉をゴルトベルクに叩きつける。その言葉に反応するようにゴルトベルクが立ち上がった。
「失礼ながら公爵閣下、お言葉を慎むべきと思われます。まだ罪ありと決まったわけではありません。」
「ぶっ、無礼な!男爵ごときが減らず口を叩くなっ!」
「陛下の承認を得て弁護しております故、多少の言葉はお許し下され。では弁護を始めさせてもらいます。まずこちらのグランゼ辺境伯が反逆を意図する言葉を発したとする証人をここにお連れ下さい。当人の口より正確な言葉を聞きたいと思います。」
「ふんっ、証人をここに。」
ハンマーシュミット公爵はゴルトベルク男爵を睨みながらもそう言った。三度扉が開きヤルナッハ男爵がおずおずと進み出た。
「ヤルナッハ男爵にございます。陛下におかれましては・・・。」
「余計な挨拶はよい。そなたが聞いたことを述べよ。」
「はっ!先日グランゼに行った時の話です。そこにいるローゼンシュタイン辺境伯がホフマンス前国務大臣にいずれグランゼを独立させる、そう言ったのを聞きました。」
「それは確かですか?」
「間違いない。そこにいるグランゼの統治者二人が今後の事を相談するのを聞いた。」
ヤルナッハ男爵の言葉にゴルトベルク男爵がほくそ笑む。
「それはおかしいですな、ヤルナッハ男爵。あなたはローゼンシュタイン辺境伯の顔を知らなかったはず。そのあなたが一村民の言葉を聞いていたとは思えないのですがそれは如何?」
「うっ、そんなことはない。前近衛騎士隊長であった者の顔ぐらい覚えておる。だからその会話の中身を覚えておいたのだ。」
「なるほど、なるほど、ではノイエブルクに戻ってきた時にその辺境伯を侮辱罪で捕らえようとしたことは?」
「なっ、なんのことやら、きっ記憶にない。」
動揺したヤルナッハ男爵が吃りながら応えた。ゴルトベルク男爵が意地の悪い笑みを浮かべる。
「では思い出していただきましょう。証人をここに。」
一人の兵士が入ってきた。明らかに場違いな格好に誰もが顔をしかめる。その視線に怯えながらゴルトベルクの一歩手前で止まって膝をついた。顔を上げることはできない。
「この者は城下町の門番をしているエッボと申す者です。ヤルナッハ男爵がローゼンシュタイン辺境伯を捕縛させようとした時にその場にいました。陛下、この者の発言をお許し下さい。」
「余は構わぬ。」
「ありがたき幸せ。では証人エッボよ、あの時に見聞きしたことを話せ。」
「はっ、では申し上げます。あの日正門の転移ポイントで見張っていた時のことです。先の近衛騎士隊長様とそちらの男爵様がどこかからか現れました。二人はしばらく口論していましたが突然そちらの男爵様が私共を呼ばれました。それで“この者を捕縛せよ。貴族に対する侮辱罪である。”とおっしゃられました。」
「それがどうしたっ!そのことに何の意味がある!?」
先の見えぬ話に苛立ったハンマーシュミット公爵が怒鳴る。エッボという兵士の言葉が止まった。
「まだ話は終わっていません。続きを。」
「はい、貴族に対する侮辱罪と言われましてもローゼンシュタイン様は辺境伯、王族でもなければそれを問うことができる者はいません。ですのでそれを説明致しましたらそちらの男爵様が驚いていました。私が知っているのはそれだけです。」
「知らぬ、知らぬそんな話。この者は嘘を言っておる。男爵である私と一兵士でしかないこの者の言、どちらが重んじられるか誰にも明白であろう。」
激高したヤルナッハ男爵が兵士を指差して大声をあげる。そしてわざとらしくその場にいる王侯貴族を見渡した。
「発言の真を問うのに身分の差がある、そういった慣例があるのは存じています。ならあなたの言と辺境伯であるローゼンシュタイン殿の言、どちらが正しいか理解できますね?ローゼンシュタイン殿、先にヤルナッハ男爵が発言したことは事実でしょうか?」
「いや、全く覚えがない。ああ、そうか。男爵が村に来た時は相当疲れておられた。おそらく夢でも見たに違いありません。」
ここに来てやっと話を理解したサイモンはわざとらしくそう答えた。顔には馬鹿にしたような表情も見られる。
「ヤルナッハ男爵、まだ何か仰られますか?もしこのまま証言を続けられますなら、こちらとしても正当な権利を行使しなくてはなりません。」
「・・・ない。」
「よく聞こえませんな。もっとはっきり仰って下さい。」
「くっ!・・・・どうやら私の勘違いのようでした。」
「結構、これで終わります。」
ゴルトベルクが得意げに話を締めた。国務大臣シュタウフェン公がほっとしたような顔をする。王座のジギスムント王と近衛騎士隊長ハンマーシュミット公の怒りで真っ赤になった顔とは対照的だった。
「まだだ、まだ半分しか終わっていない。その者達は武器を得る為に鍛冶職人を村へと連れ去った。そのことはどう説明するっ!?」
告発した以上このまま終わるわけには行かない。ハンマーシュミット公爵ががなり立てた。




