表で咲く花
「怪しい奴め、ここを通すわけにはいかん。」
狩りに出ていて半日振りにグランゼに戻ったダニエラは、村の入口で知らない兵士に止められた。
「怪しい者ではありません。私はダニエラ=プレシディオ、ローザラインから出向している者です。村の人に聞いてもらえれば分かります。」
「ちっ、ローザラインの者か。通っていいぞ。」
「どうも。」
ダニエラはその対応を怪しいと思いつつもとりあえず村の中に入ることにした。村のあちこちに武装した兵士が立って見張っている。その中にノイエブルク近衛騎士の鎧を着た者も混じっていた。ダニエラは手近な者に狩ってきた獲物と得物を渡すといつもサイモンがいる場所へと走った。そこにサイモンは居なくクロウが立っているだけだった。
「これはどうしたことですか?」
「しっ!あまり大きな声を出さない方がいい、みんなが見ている。」
クロウに詰め寄ったダニエラは掴みかからんばかりに詰め寄った。傍から見ると痴話喧嘩のようにも見えるのか近くにいた者達が二人の方をチラチラと見ていた。
「ローゼンシュタイン様はどうされたのですか?姿が見えないようですが・・・。」
周りの視線を気にして小さな声で再び質問する。
「本国に連れていかれた。反逆の疑いがあるとのことだ。」
「反逆の疑い・・・もしや例のことが知れたのですか?」
例のこととはいずれグランゼをノイエブルクから独立させること。すなわち反逆そのものを意味する。
「いや違うと思う。その証拠に奴等何かを探そうとしていない。確信があってここに来たのなら必死で証拠を探すはずだ。」
「では何故何もしないのですか?どうしてそこまで冷静でいられるのです。ローゼンシュタイン様は盟友ではなかったのですか?」
「何もしないのではなくて何もできない。内政不干渉、それが国家間での決め事だ。だが本国には伝えた。多分あいつに任せておけば悪いようにはしないはずだ。」
クロウは周りに知られないように口元を隠してダニエラの耳元で話した。
「宰相様に任せてそれで終わりですか?他には何もできないのですか?こうしている間にもあの人は苦境に立たされているはずっ!私は行きます。」
ダニエラは立ち去ろうとする。その肩をクロウは止めた。
「待てっ!お前が行って何になる?」
「分かりません。でもここでじっとしているなんてできません。」
「・・・分かった。本国には連絡しておくから指示に従え。それと軽くでいいから俺を殴っていけ。それならここを出て行っても怪しまれないはずだ。」
ガッ!次の瞬間、ダニエラの右拳がいきなりクロウの顔に叩きつけられた。その勢いでクロウが地面に倒れ込む。振り向きもせずダニエラが何処かへと走り去った。
「お~、痛。何も拳で殴ることないだろうに・・・なあ、あんたもそう思わないか?」
クロウは立ち上がると興味本位で見ている兵士にそう語りかけた。答えは返ってこず視線が外された。
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ノイエブルクに来たダニエラはまたしても着飾られて困惑していた。短めの黒髪にはつけ毛がつけられ背中の中程の長さになっている。端正な顔が妖艶に見えるように化粧がなされ、ついこの間作られたミスリルのビスチェが着せられていた。
「どうしてこんなことを・・・?」
「怪しまれずに何かを調べるには社交界に紛れ込むのが一番です。ですからいくつかある晩餐会に同行してもらいます。繋がりを作るのも情報を引き出すもあなた次第です。」
シャッテンベルクはそう説明した。正直なところダニエラが来ても足手纏いにしかならない。自分だけの方が自由に行動できるし気兼ねなく動ける。だからダニエラを囮に使うことにした。今の格好のダニエラはきっと何処に行っても目立つであろう。
「それは分かりますがこの格好はちょっと・・・。」
「誰もそのまま行けとは言っていません。上は何かを羽織ればいいでしょうし、今手頃な巻きスカートを探させています。それでフォーマルに見えるはずですよ。」
その言葉にダニエラがほっとしたような顔をした。シャッテンベルクには非公式ながらもう一つの任務があった。それはローゼマリー王妃からの頼みで、ダニエラを社交界にデビューさせたいとのことである。ダニエラが社交界でちやほやされればサイモンも気にしてくれるかもしれない、そんな浅はかな考えではあったが従うより他はなかったのである。
しばらくしてダニエラの準備は整った。シャッテンベルクもいつものように同行者を引き立てる格好でダニエラをエスコートする。
「今日は3件の晩餐会に出てもらいますので食事は控えめに。それと今回怪しいのはハンマーシュミット公爵とヤルナッハ男爵ですので、その二人に近しい者から情報を引き出して下さい。」
「どんな情報が必要ですか?」
「どんな情報でも構いません。それを総合して考えるのは当事者の役目です。では行きましょうか。」
「・・・はい。」
ダニエラは豪華な馬車に乗せられると城下にある豪邸へと連れて行かれた。
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サイモンとホフマンスが軟禁されて二回目の朝日が窓から差した。
「ホフマンスさんよ、あんた当たりだ。」
外壁を登って戻ってきたロバートは部屋に入るのももどかしくそう言った。
「何がだ?」
「執事と麗人からの情報だ。男爵が近衛騎士隊長と接触した後、妹を通じて王様に接触した。それが5日前の話だ。
「国務大臣とはどうだ?」
「男爵がここに戻ってきてすぐに会った以降、何の接触もない。それどころかその時に大臣の部屋から衛兵によって放り出されたそうだ。これは何人もの文官の証言があるから間違いない。」
それを聞いたホフマンスは黙って考え込む。しばらくして考えが纏まったのか口を開いた。
「おそらく男爵はサイモンが反逆を意図するようなことを言ったと証言したに違いない。だが男爵はここに戻るまでサイモンの事を知らなかったはず。そのことを証明する証人を探してほしい。それと代理人は見つかったか?表立って動く者がおらぬでは動きようがない。」
「ああ、それなら執事に頼んで聞いている。ゴルトベルク・・・男爵だったかな?交換条件と引換に引き受けてもらったそうだ。」
「ふむ、ゴルトベルク男爵か。少々強欲なところがあるが優秀で公平な人物だ。交換条件があるなら信頼してもいいだろう。最適の人選、シャッテンベルク殿にも礼を言っておいてほしい。」
ホフマンスの頭がロバートに向かって下げられる。ロバートは動揺した。
「いや、何、これも全部任務の内だ。それに礼は全てが済んでからにするべきだと思うぞ。」
「確かにその通りだ。いずれ礼が言えるよう努めよう。」
コンコン、扉の方からノックする音が聞こえた。ホフマンスは扉のところまで歩く。ロバートは影に潜んだ。
「何でしょうか?」
「食事を持ってきた。」
「ありがとうございます。そこに置いておいて下さい。」
「言われなくともそうする。それとそなたに弁護人がつくことになった。食事の後にでも会いたいそうだがどうする?」
「是非お願いします。では一時間後に来ていただけるよう取り計らって貰えますか?」
「承知した。」
食事のプレートが専用の隙間から入れられ、扉の向こうから人の気配が消えた。
「相変わらず粗末な食物だな。あんた貴族だろう?こんなので平気か?」
「村で粗食には慣れている。とても食べることのできない物だけを与えられたり。何も与えられずに死んだ例もある。それに比べればずっとましだ。」
「まあそうだな、まあ必要ならおれっちが持ってくるさ。さていつもどおり毒見をするからちょっと待ってな。」
そう言うとロバートは少しずつ口に入れる。しばらく咀嚼してから飲み込んだ。
「問題ないな。食べてもいいぞ。」
「いつも済まない。これで安心して食べることができる。だがそなたは大丈夫なのか?」
「少量なら問題ない、そう訓練してある。それに毒があったとしても魔法で消すこともできる。」
「訓練か・・・任務の為とは言え大変だな。」
「違う、任務の為じゃない。全部自分の為だ。相手を油断させて毒を食わせる為に同じ物を食べる、その為の訓練だ。それに間違って毒を受けても問題ないようにする意味もある。だからあんたが憐れむことじゃない。ほら詰まらんこと言ってないでさっさと食えよ。来客の予定があるのだろう?」
「おお、そうだった。では・・・。」
ホフマンスは珍しく急いで食事をかっこんむ。そうすれば早く全てが解決するかと錯覚しているようだ、ロバートはそう思ったが口には出さなかった。




