檻の中
サイモンはノイエブルクの一室に軟禁されていた。立派な調度品、村で食べることはできない豪華な食事、待遇は身分に相応しいものであったが、鍵のかかった扉を鉄格子の入った窓はここが檻の中であることを匂わせていた。
「少し甘かったかな・・・。」
既に太陽は沈んでから3時間は経っていた。本来暗いこの部屋も明かりの魔法の使えるサイモンにとっては関係ない。天蓋付きのベッドに大の字になって考え事をしていたサイモンは寝る為に明かりを消そうとしておかしな気配を窓の外に感じた。
「誰だっ!?」
思わずそう声をかけたサイモンはここが塔の上だということを思い出した。窓からは眼下にノイエブルクの城下町が見える。暗い中に所々明かりが見える様はグランゼとは大違いだ。そこに見たことのある顔が現れた。
「なんだシュミットか。脅かすなよ。」
「気付かれるとは俺も腕が鈍ったか・・・。」
垂直の壁を登ってきたシュミットは鉄格子に縄をかけて体を固定した。
「よくこんな場所まで登って来れたな。」
「この程度大したことじゃない。それよりここの居心地はどうだ?」
「悪くはない。暇なことをのぞけば・・・だがな。」
サイモンは会話を楽しむことにした。ここに閉じ込められてから半日、まともな会話の相手はいない。扉の外に立つ兵士は決まった文句しか言わないし、食事を運んでくる者は一言も口を聞かない。常日頃ホフマンスに読むよう言われていた本でも欲しいと思うぐらいやることはなかった。
「暇か・・・尋問はされてないのか?」
「ない。どうやら俺の話を聞くつもりはないらしい。それよりホフマンスはどうなった?ここに来てすぐに別々にされてどうなったか分からない。知っているだろう?」
「ああ、別の塔に移されている。あっちはかなりの尋問がされている。尤もホフマンスが次々と論破していくから尋問にはなってないけどな。それよりサイモン、毒殺にだけは気をつけろよ。」
シュミットはホフマンスの件を笑いながら伝えた。
「ああ、一応解毒の魔法は使えるし、いきなりがっつくことはしていない。ホフマンスの方は大丈夫なのか?あいつは魔法を使えないぞ。」
「向こうの部屋にはロバートを入れてきた。常に一緒にいることにしたから大丈夫だ。」
「どうやって入った?」
サイモンはこの貴族専用の牢獄のことを知っていた。塔の上にある部屋は螺旋階段からしか入ることはできない。シュミットのように外から来ても鉄格子に阻まれて入ることはできないはずだ。
「なに、二人掛りで鉄格子を外して入った。それでこっちに来るのが遅れた。」
「何でもありだな。シュミット、お前さんすごかったんだな。」
「褒めてくれなくていい。それよりお前、甘い、甘すぎる。このままだと弁解の機会も与えられずに死ぬことになるかもしれないぞ。」
シュミットは暢気に話し続けるサイモンに怒りを覚え、つい声を荒げた。
「甘いと言われてもどうしたらいいか分からん。」
「俺みたいな影の一人や二人を雇え。信用できる者がいないなら部下から育てろ。」
「あまり影は好きじゃない。」
「好き嫌いの問題じゃない。もし影がいたら今回のことも察知できていたはずだ。それにお前の敬愛するアイゼンマウアーも影を使っていたし、陛下も俺を使っていた。」
「・・・分かった。無事にここを出て村に帰れたらそうする。」
アイゼンマウアーのことを言われるとサイモンは弱い。そこまで考えての説教はサイモンの考えを改めさせることができたと思われた。そこに意外な質問がされた。
「なあ、陛下の影であったお前が今はローザラインの影をやっている。それでいいのか?」
「今も俺の忠誠は陛下の下にある。それはこれから先ずっと変わることはない。」
「こんなことを聞いていいのか分からんが、その陛下が亡くなられたらどうする気だ。やはりローザラインを出て行くのか?」
「陛下亡き後は陛下の愛した者に忠誠を誓う、それだけだ。それにお前は見たことがあるか?あの陛下が10才にも満たない子供達に囲まれ、おじいちゃんと呼ばれて笑っている姿を。あの笑顔が見られただけでもローザラインにいてもいいと思えた。」
シュミットの独白にサイモンはしばらく言葉を失った。シュミットの忠誠心はサイモンの想像を超えている。普段日替わりで世界中の女の下を回っている姿をはまるで違って見えた。
「分かった。なら俺は陛下に与えられた最後の勅命を果たすべく努力しよう。それで今の俺の立場はどれぐらいやばい?いやこの状況は誰の差金だ?」
「告発したのはハンマーシュミット公爵とヤルナッハ男爵だ。話を持ち込んだのはヤルナッハ男爵でお前に叛意があると公爵に伝えた。その話を聞いて一文字の件で頭に来ていた公爵が良い様に話を作った。」
「なんだそれ?そんなことをして何の意味がある。このことを国務大臣は知っているのか?」
「それがどうも知らないらしい。まだ確かめていないがどうやらその国務大臣でもあるシュタウフェン公の失脚を狙っている嫌いがある。」
「それこそ意味が分からん。俺と公爵が一蓮托生とは聞いたこともない。」
「それはこれから調べる。じゃあ俺は行く。詰まらんことで激高するなよ。」
それだけ言い残すとシュミットは暗闇の中、塔の外壁を降りていった。来た時と同じようにほとんど音を立てることもなく。
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一方その頃、別室に軟禁されていたホフマンスは寝具に身を預けていた。昼の間休むことなく続いた尋問への反論に体はともかく頭は疲れていた。その後に入ってきた影には驚いたが敵ではないと分かりほっとした。気配は感じないが今もすぐそばにいるらしい。
「事情はさっき聞いて理解したが一つ気がかりなことができた。ジギスムント陛下と国務大臣シュタウフェン公の間を調べてもらえないか?」
「・・それは構わんが親子だろう?」
「親子だからと言って争わない理由にはならない。むしろ親子だからこそ争うことになる場合もある。誰かの言い草ではないがそういった例はいくらでもある。」
「なるほど、それは気付かなかった。シュミットにでも調べさせるか。おれっちはここから動けないからな。」
この部屋に入った時に暗殺の恐れがあることを伝えた。それを防ぐ為にここにいることも伝えた。
「私のことはいい。今は情報が欲しい。詳しい告発の内容、叛意有りとした証拠、そしてこれが何を意図したものか分からないと打つ手がない。」
「分かったよ、ならこれを渡しておく。何かあったらこれを吹け。」
暗闇の中からそう声が聞こえてホフマンスの手に何かを押し付けた。直径5mm、長さ5cm程の小さな棒状の何かだ。
「これは?」
「犬笛の一種だ。常人の耳には聞こえないが俺には聞こえる。」
「なるほど・・・。」
「じゃあ行ってくる。おれっちが外に出たら鉄格子は元に戻しておいてくれ。朝には戻るつもりだが戻るまでは何も口にするなよ。」
「分かっている。だが最悪私のことは見捨ててもいい。だがサイモンだけは何としてでも護って欲しい。」
「任務は二人を無事に連れて帰ること。だがあんたがそう言ったことも一応覚えておいてやる。」
それだけ言い残して影の気配が塔の外へと消えた。何かが滑り落ちていくような音がした後、ホフマンスは言われたように鉄格子を元に戻した。




