国務大臣の変節
「サイモン、お前・・・・。」
グランゼに一文字を連れ帰ったサイモンに対し、ホフマンスが呆れた顔を見せた。
「何だよ?俺、なんかまずいことしたか?」
「まずいなんてレベルじゃない。本人の意向はともかくとして、結果的に本国の要人を引き抜いてきたことになる。ただでさえ目をつけられているのだ。これ以上騒ぎの元を増やさないでくれ。」
「そうか。そう言われれば確かにそうだったな・・・。」
サイモンが首を捻って渋い顔をする。それを見た一文字が口を開いた。
「迷惑になるのなら俺は他所に行く。今回のことは俺が勝手にしでかしたことだ。そのせいで誰かに迷惑をかけるわけにはいかん。」
「他所に行ったとしても同じこと、すでに個人の勝手の話ではないのだ。ここは一文字が出て行かなくても済むように私が何とかしよう。サイモン、悪いがもう一度ノイエブルクに跳んでくれ。」
「ああ、それは構わないがどうするつもりだ?」
「シュタウフェン公に直接許可を得る。幸いにしてこの村は鍛冶職人がおらぬ故、言い訳の材料ぐらいにはなろう。」
そう言っている間もホフマンスの手は動いていて、手元の紙に何かを記している。しばらくして手が止まった。
「ふむ、これでは間に合わぬな。仕方ない、続きは城で書くとしよう。」
「城で書く?ホフマンス、お前も行くつもりか?」
「そのつもりだ。どのみち交渉事にお前は向かん。ならば私が行くしかなかろう。」
ホフマンスは椅子から立ち上がって部屋から出ようとした。
「おお、そうだ。留守を誰かに任せねばならぬ。サイモン、誰が適任か?」
「まあステファンが適任だろうな。俺の5倍は責任感がある。ここら辺で経験を積ませてやるのもいいだろう。」
「そうか、ステファンなら私も異存はない。それともう一つ早急にやらねばならぬことがある。一文字、旧近衛騎士の中にそなたと懇意の者はおらぬか?できれば鍛冶仕事の心得があるといいのだが。」
突然話題を振られた一文字だったが首を捻って考え始めた。前の近衛騎士の剣は全て一文字の工房で打っていた。一文字が直々に打ってやった相手も多い。その中でも一番手を煩わせてくれたのは・・・。
「5年の間に3回も剣を打ち直させやがった奴がいる。ジョルジョとか言う若造だ。」
「分かった。ではそのジョルジョを補佐に付けるから、2人の主導で工房を作ってくれ。人手と金は常識の範囲で好きに使って良い。必要ならローザラインでもメタルマでも頼るといい。クロウが繋ぎになってくれるはずだ。」
「そのクロウとやらは知らん。」
「時間がない。詳しいことはジョルジョに聞いてくれ。サイモン、それでいいな?」
「ああ、構わない。」
ホフマンスは近くにいる者を呼ぶと、ステファンとジョルジョを探してくるよう指示した。しばらくして2人が走って来た。
「ステファン、俺とホフマンスで城に行ってくるから留守を任せる。ジョルジョは一文字に協力して鍛冶工房の建設だ。」
「了解しました。後のことはお任せ下さい。」
「了解です。」
サイモンの命令にステファンとジョルジョが敬礼で答えた。それを見届けたサイモンはホフマンスを連れると屋敷の外に出てから転移の魔法でノイエブルクへと跳んだ。
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サイモンとホフマンスはノイエブルクの城の国務大臣の執務室の前にいた。突然の面会なのでたっぷり2時間は待たされた。その間に嘆願書はホフマンスの手によって完成している。執務室に入るよう声がかけられた。
「ほう、これは珍しい。グランゼの責任者2人が何用だ?」
シュタウフェン公が尊大な態度で2人を出迎えた。
「長いことご無沙汰していました。シュタウフェン公もご健在で何よりです。」
「つまらぬ挨拶はいい。そちらも忙しいのだろう。さっさと要件を言え。」
ホフマンスの言葉を公爵が遮った。いつもなら長々とした挨拶なしで話が進むことはないはず、それにこちらの都合など気にもかけないはずだった。ホフマンスは不思議に思ったが本題に移すことにした。
「まずこちらの嘆願書をどうぞ。」
「嘆願書?いったい何のことだ・・・いや、説明は無用、読めば済むことだ。」
公爵はホフマンスから渡された嘆願書に目を通す。読み終えると顔を上げてホフマンスとサイモンの顔をじっくりと見る。サイモンは思わず視線を逸らした。
「良かろう。」
「はて?今何と仰られましたか?」
ホフマンスの耳にははっきり聞こえていたが、絶対に反対されると思っていたので、思わず聞き返した。
「許可すると言ったのだ。そちらも苦労しているのだろうし、こちらにはどうしても必要な人材と言うわけではない。今回は特別に許可しよう。」
「ありがとうございます。でもよろしいのですか?話を聞く限り現近衛騎士には必要と思われますが。」
ホフマンスは聞いてはならないと思ったが、それでも疑問を口にした。シュタウフェン公が手を振って無言で人払いを命じる。公爵とホフマンス、そしてサイモンを除く全ての者が部屋から出て行った。
「使いもしない物に大金を払う必要はない。今、城の財政は厳しい。」
「ご存知でしたか。」
「当然だ。ハンマーシュミットも着任してしばらくは大人しかったが、時が経つに連れて増長してきおった。録に使いもしない剣や鎧を全て新調したいだと?そんな金があるなら他に使うわっ!」
シュタウフェン公は話している内に興奮してきたのか大声で怒鳴った。ホフマンスとサイモンは互いの顔を見合わせる。2人の知っている公爵とは違う人物のようだった。
「公爵様?少々声が大きゅうございます。」
「おお、これは失礼した。まあそう言った訳だから遠慮なく連れていくがよい。居ない者に剣は打てぬからな。ハンマーシュミットもいい気味だ。そなたもそう思わぬか?」
「これはこれは、公爵様も御人が悪い。近衛騎士団長殿が聞いたら気を悪くしますよ。」
ホフマンスも人の悪い笑顔で公爵に答えた。こうなるとサイモンは空気である。自分でもそう自覚しているので黙って聞くだけに徹していた。
「ふん、ハンマーシュミットめ、全てが自分の思うままになると思うなよ。このわしとてどうにもならぬことがあるのだ。」
「はて?何か仰られましたか?」
公爵の言葉はホフマンスに向かって言ったのではない。途中からはほとんど独り言でよくは聞こえなかったのだ。
「いや、何でもない。先も言ったようにその者の出向を許可する。そのかわり年間12本の剣を城に納めさせよ。サイズは標準の物でよい。」
「承知しました。」
「よろしい。では話は終わりだ。退室したまえ。」
「はっ!では失礼致します。」
ホフマンスが深々と頭を下げる。隣にいるサイモンもホフマンスに倣って頭を下げた。城から出た2人は大きく深呼吸した。
「サイモン、さっきの公爵の言葉、聞こえたか?」
「いや聞こえなかった。なんと言った?」
「わしとてどうにもならぬことがある。確かにそう聞こえた。あれはいったいどういう意味なのだろう?」
「俺には分からんし、公爵がどう考えようがどうでもいい。それより一文字の件、なんとかなって良かったじゃないか。」
サイモンが興味無さそうに答え、即効話題を変えた。
「そうだな。」
ホフマンスは短く答えた。シュタウフェン公は明らかに半年前の公爵とは違った。それが何故なのか、それが吉と出るか凶と出るか、しばらくホフマンスは思案に明け暮れることになる。




