グランゼの事情
「なんだ、これは・・・・・・・。」
立派な屋敷の一室に通されご満悦であったヤルナッハ男爵であったが、テーブルの上に並べられた料理に一言文句を言うとそのまま言葉を失った。出された器には豆を煮た物にぶつ切りになった野菜、そして本の少し肉が入っていた。他には粗末なカップに水だけ、とても馳走とは思えない。
「なんだと言われましても男爵、これがこの村で出せる精一杯の食事です。」
ホフマンスの答えは抑揚がないだけに妙な迫力がある。嫌なら食うな、言外にそう言っているのがはっきりと分かった。
「いや食べないわけではないが、パンやステーキ、それに酒の一杯ぐらいはあってもいいだろうに・・・。」
「パンに肉に酒ですか。どれもこの村では簡単に手に入りません。特別なことでも無い限り提供される物ではありませんな。」
「私は特別ではない。そう言われているのですか?」
自分が軽んじられていると感じたのか男爵の声が低くなった。
「これは失礼、男爵を軽んじているわけではありませんよ。誤解のないように説明させてもらいましょう。まずはパン、この村では小麦を利用した食物を口にすることはほとんどありません。これは小麦が食べられる形になるまでに手間がかかりすぎるからです。収穫した麦をそのまま食べることはできません。粉末にして水でこね、何らかの方法で火を通す必要があります。ですから、ここではそのまま火を通して食べることのできる豆や芋を食べています。」
長々と説明するホフマンスに男爵が嫌そうな顔をしていた。
「うっ、うむ、それはよく分かった。しかしここが辺境とは言え家畜ぐらい飼っているだろう。肉がないとは思えぬが?」
「家畜は労働力ですので、そう簡単に食用にするわけにはいきません。いずれは牛からは乳を、鶏からは卵を、羊からは羊毛が取れればいいと考えていますが、まだ数が揃っていませんので食用にするのはご容赦下さい。もっとも、今から食肉にしたとしてもおそらく男爵の口には合いますまい。」
「私の口には合わない?いったいどう言うことじゃ。ここで育ったものはまずいのか?」
「落としたばかりの肉は美味しくないのですよ。男爵殿はご存知なかったようですが、私もここに来るまでは全く知りませんでした。ですのでお諦め下さいませ。」
ホフマンスがしたり顔で説明すると、ヤルナッハ男爵の顔がばつの悪そうな顔になった。
「それと酒のことですが、この村では何か祝い事があった時だけ酒を振るまいます。例えば子供が産まれたとか、それも本国から物資が届いた時だけですね。」
「・・・そうは言っても太守ともなれば酒の一樽ぐらいは確保しているだろう。少しぐらい出してくれてもよいのではないかな?」
「おや?何か勘違いなされているようですな。私は太守ではありません。太守を補佐する者としてここにいますのでそう勝手なことはできませんよ。」
「何っ、では誰が太守だと言うのだ。私は太守からの挨拶を受けておらぬぞ。それとも私は挨拶されるほどの価値がないとでも言うのか。」
ヤルナッハ男爵はちやほやされることが当然だと思っている。貴族の中でも王族に近しい為、ノイエブルクの地方都市を訪れた際はそれなりの歓待を受けていた。今までは目の前のホフマンスが元国務大臣ということもあって当然太守として歓待しているものと勘違いしていたのだが、そうと違うと分かって激高してみせた。今まではこうすることで大概の者にこちらの要求を聞かせていた。
「太守殿なら先程門の所でお会いしていますが、男爵殿が無視なされたので怒ってどこかに行ってしまわれました。ですから私がこうして歓待しているわけでして、男爵殿の仰りようは筋違いというものです。」
「あ・・いや・・・そんなつもりでは・・・・・・。」
男爵は言葉を失った。腐っても元国務大臣、ヤルナッハ男爵よりホフマンスの方が上手である。
「あと帰国の件ですが、転移の魔法を使える者は皆出払って居ませんので、次の船が来るまで待たなくてはならないかもしれません。それまでこちらの提供する以外の物は実費でお願い致します。それでは今日のところは失礼させて頂きます。」
「うっ、あ、ああ・・・分かった。できるだけ早く帰れるように手配を頼む。」
ヤルナッハ男爵が項垂れて返事をする。そのままホフマンスが立ち去るのを黙って見ていた。
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「「あっはっはっはっはっはっ!」」
ホフマンスとサイモンは互いに顔を見合わせて笑っている。ホフマンスが男爵と話していたのは隣の部屋で聞いていた。自分の話が出てきた時は驚いたが、それを利用してうまくやり込めた時は拍手喝采したくなったものだ。
「ホフマンス、それにしてもお前人が悪すぎだ。別に俺は怒ってないぞ。」
「ああでも言わないと無茶な要求をしてくる。それが男爵のやり方だ。」
「そうか、なら俺はしばらく顔を見せない方がいいかな?」
さっきまで笑っていたサイモンが真顔になってホフマンスに質問した。
「余計な気を回さずいつも通り仕事をしてくれればいい。どうも向こうはお前の顔を知らないようだ。」
「知らない・・・ね。一応近衛騎士隊長をしていたのだがなあ。」
「彼等は顔ではなくて鎧を見ている。有力な貴族出身でない限りな。だからお前の顔を知らないのも当然だ。いつも通り野良着で仕事をしていれば気づかれることはない。」
「ああ、なるほど確かに言われるとそうだ。」
「男爵は2、3日してから本国に送る。それまで何も起こさないでくれよ。」
「そこまで心配なら明日にでも送ればいいじゃないか。」
サイモンはホフマンスの決めたことに不満なようである。
「ここの状況を男爵の口を通じて本国に知らせる。貴族には惨状を、平民には希望をだ。うまく行けばこちらに人を取り込むことができるかもしれない。」
「分かった。お前の決めたことに従おう。他には何かあるか?」
「そうだな・・・・・若い女は隠しておいた方がいいな。トラブルの元になり兼ねない。ダニエラ嬢も隠しておいた方がいい。男爵に取られたくないならな。」
「ああ、分かった・・・・って、何でお前がそれをっ!」
サイモンは普通に返事をした。次の瞬間、真っ赤になって大声を出した。
「なんだ、図星か。前から怪しいとは思っていたがやっぱりそうだったか。」
「いや、あの、その、俺はそんなんじゃない・・・。」
「別に反対はしていないぞ。彼女は美人だし、気品もある。この辺境の村に暮らすだけの力もある。深窓の令嬢ではそうはいかないがな。いずれ王女として迎えてもいいと思っている。」
「いや、まだそこまでは・・・そのなんだ、一緒に剣の稽古をしていると楽しいと言うか、ムキになってかかってくるのがなんとも新鮮で・・・・・・。」
サイモンはしどろもどろで言い訳めいたことを話す。数ヶ月前、ダニエラがこの村に来た時からずっとダニエラの剣はサイモンに向けられていた。この町での出会いは最悪だったが・・・。




