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角度

【2012年1月18日読買ニュース朝刊より】


 東帝大生、飛び降り自殺?


 18日午前0時ごろ、T都M区赤間(あかま)の東帝大学基礎研究所から「『ドン』という音がして、男性が倒れている」と119番があった。

 駆けつけた救急隊員が倒れてる男性を発見、現場で死亡が確認された。


 警視庁M署によると、男性は研究室に所属する大学院生(26)。

 署は男性が建物から飛び降り自殺した可能性があるとみて調べている。


 男性は普段着のような服装だった。研究室がある建物の十四階に男性の荷物が見つかっており、窓から飛び降りたとみられる跡が残っていた。遺書は見つかっていない。


 東帝大のホームページによると、東帝大学基礎研究所は赤間キャンパスなどにあり、数学、物理の約60の研究室がある。




 ◇◇◇




 新聞の朝刊の片隅に載った小さな記事。

 この国のエリート中のエリートである東帝大生が自殺を図ったというニュース。

 大衆に一瞬だけ興味を持たれ、次第に記憶から薄れていく、そんなニュース。

 

 死亡した男の名前は本如段一郎(ほんにょだんいちろう)、東帝大学博士課程2年。享年26。

 研究テーマは『場の量子論における熱力学とリーマン多様体上での表現』。

 彼は、20世紀の天才アインシュタインが構築した物理学の理論の最高峰"一般相対性理論"と、20世紀の物理学そのものといっても差し支えない"量子力学"の二つを統一しようとする"統一理論"の構築を、"エントロピー"の概念を用いて行おうとするという意欲的かつ挑戦的な研究を行っていた。

 彼は優秀ではあったが、彼の選んだ研究テーマは壮大過ぎて、手に負えるようなものではなかったのだろう。彼の手にはまだ何も形になった研究成果がなく、来年博士課程を卒業できるかどうかすら危ぶまれていた。

 そんな彼の死に対する世間の評価は、研究生活のノイローゼによる自殺。

 学生の間では、所属していた研究室のボスによるいじめに近いハラスメント行為があったとも噂されたが、大学の教授陣が組織する学内ハラスメント委員会によって、ハラスメントの事実はなかったと判定されたため、彼の死は彼の個人的な問題によるものとされた。



 彼の死体には一つ奇妙な点があった。


 十四階から飛び降りたと思われる彼の遺体は発見当初から既にバラバラになっており、臓器が当たり一面に飛び散っていた。警察はこの飛び散った臓器をかき集めたが、どこを探しても彼の死骸から心臓が丸々一つ分見つからなかったのである。


 警察は心臓が見つからなかった原因を烏などの野鳥が持ち去って食したものと判断し、事件性はないとした。

 以後、心臓の行方に関する捜査は行われていない。




 ◇◇◇




 *物理学者の卵のブログ*

 ――――東帝大院生のブログです。研究分野は素粒子物理学。




 1月10日 カテゴリ:研究記録


 わかっていること。

 一つ、加速度空間中でも熱力学第二法則はある。

 一つ、エントロピーによって、重力の記述はすっきりする。

 

 うーん、統一的な見方がありそうなものなんだが・・・。

 ごちゃごちゃ式を弄っていても関連が見えてこない。

 カーブラックホール解に戻って考え直したほうがいいのかもしれない。

 あと、リーマン幾何の論文を何件か探さないと。

 1900年代初頭の論文はオンライン化されてないから、図書館で探さないといけないなぁ。

 早いところ、過去に出版された論文誌が全てネット上でみられるようになってほしいものだ。




 1月11日 カテゴリ:研究記録


 調べてみたら、探していた文献は東帝大学にはなく、三須科二科(みすかにか)大学というところの総合図書館にあるらしい。

 なぜ東帝大にはないのだろうか。今度研究科の図書館に問い合わせてみよう。

 三須二科大学の図書館に閲覧申請をしたので、明日朝一に出かけなければ。


 自分の研究は未だまとまらず・・・。




 1月12日 カテゴリ:生活


 三須科二科大学へ行ってきた。

 三須科二科大学の図書館は落ち着いた雰囲気で、良い場所だった。

 お目当ての論文集はすぐに見つかった。そして、その論文集の目的のページに変な手書きの本が挟まっていて、中身をパラパラとめくってみると、ペンローズダイアグラムのようなものが!!

 書かれていた文字は日本語でも英語でもドイツ語でもないので解読はできなかったが、描かれている図形からは研究メモのようなものだと推測。

 同じ論文を探していた人の研究メモなら、と読んでいる内に興味がわいてきたので、このメモを手に入れようと画策。思ったとおり、この手書きの本は三須科二科大学の蔵書扱いにはならないようで、司書さんに断ることで手に入れることができた! やったー。


 変な本はどうやらギリシア語で書かれているらしい。




 1月13日 カテゴリ:生活


 驚きの事実!!

 昨日手に入れた変な本は、ただの研究メモなんかじゃなかった!!

 どうやら、1600年に書かれたモノであるらしい!!


 しかし1600年というのを信じるならば、書かれているペンローズダイアグラムのようなものは一体何なんだ!?

 ロジャー・ペンローズや、カール・シュヴァルツシルトやアルベルト・アインシュタインが生まれる前に、さらにはアイザック・ニュートンが物理学を創始する頃には、既にブラックホールの理論があったということになるのか!?


 本の題名は英語風に直すとNecronomicon。

 ねくろのみこん、とでも読むのだろうか。

 興奮して眠れそうにないので、ねくろのみこんの解読を進める。


 ねくろのみこんの表紙が、なんだか人の顔のように見えて気持ち悪い。




 1月14日 カテゴリ:研究生活


 鋭角だ。キーワードは鋭角。角度だ。ねくろのみこんの解読をしていったら、かつてないほどリーマン多様体上での直感が働くようになった。

 重力場で空間が曲げられたときに、いたるところで曲率が鋭角とみなせる解が存在することが証明できそうだ。

 これが証明できれば、負のエントロピー変化と結びついて、熱力学第二法則に反した解がアインシュタイン方程式の中にあるという結論になる。

 この解を調べれば宇宙が循環する解の理由もわかりそうだ。

 凄いぞ。今までの素粒子物理学の研究はひっくりかえる!!

 これで今まで僕を粗野に扱っていた奴らを見返せるぞ!!


 


 1月15日 カテゴリ:生活


 ひどい悪夢を見た。


 奇妙な図形。

 その間に黒い影が迫ってくる。

 迫ってくる。

 迫ってくる。

 黒い影が形を変える。

 泡に。

 角度が鋭い。

 角度が。

 角度が僕を襲う。

 僕が角度になる。

 影が僕に覆いかぶさる。

 覆いかぶさる僕が角度になる。

 角度が。

 鋭角が曲面になって泡になる。

 泡が黒くなり。

 黒い影が僕を襲う。


 こんな夢だ。何度書き直しても、うまく表現できない。ただ角度が黒い影で泡で迫ってくる、そんな夢だ。


 疲れがたまっているのだ。そうに違いない。


 家の外の道路に巣を作っている蟻の這う音がうるさい。




 1月16日 カテゴリ:生活


 悪夢続く。

 昨日から蟻の這いずるがうるさい。

 脳内に蟻が蠢いているかようだ。

 耳を掻き毟る。うるさい。


 しばらく一日中家篭ろう。

 家の外で黒い影僕を見張っている気がする。

 恐ろしい。


 家の中には角度足りない。

 包丁を使って削ろう。

 角度つくらないと。


 俺はおかしくない。


 眠るが怖い。




 1月17日 カテゴリ:角度


 なぜ僕は、大学に、どうした。

 寝る前だから家、なのに。


 角度のせい、なのだろう。

 角度が。

 泡に。


 黒い影。


 黒い影はファラオ。

 ファラオは混沌の中心でラッパを吹く。

 俺はラッパに。


 角度が。ラッパに。角度。




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