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Honey8 ちょっとした、だけど関係の無い疑問


 ――怖い


 一日ぶりに見た彼の笑顔は、そんな雰囲気を見せていた。




 ――ガラガラッ!



 「あっ、藍李〜。遅かったじ……」

 勢いよく職員室の扉を開けた私に声を掛けてきたイリを通り過ぎて、奥にいた教頭先生の方へと向かう。

 「教頭先生。こちら、理事長のサインが全て入っています」

 「おお! ありがとうね、浅倉先生」

 いえ……教頭先生の礼にそう答えると、私は自分のデスクに戻る。席について荒い息遣いを治そうとしていた私の元に、イリがゆっくりと近付いて来た。

 「ど、どうした? もしかして、理事長と何かあった?」

 「何も無い! サイン貰って、一言二言話して終わり!」

 問い掛けてきたイリに、深く突っ込まれない様適当にあしらう。

 胸の鼓動は早くなるばかり……その上、ゾクッと感じた彼の笑みが離れない。


 「悪霊退散のお守りでも買おうかな……」

 「アンタ、幽霊でも見たの?」

 幽霊……幽霊なんかよりも怖い存在(モノ)を見たわ。でも、しばらくは見る事も無い。おそらく、彼と関わる事は無いわ。



 ――――――



 「あれ! 藍李さん、いらっしゃい」


 初日の勤務を終えて、一人入ったNRNのカウンターにはルイくんがグラスを磨いていた。

 カウンターに座ってナオトの姿を確認しようとキョロキョロ辺りを見回す私に、ルイくんがビールを差し出してくる。

 「兄貴ね〜、今日からアメリカに行ってるんだよ」

 「アメリカ?」

 昨夜訪れた時にはそんな事一言も言っていなかったのに……。

 「俺の幼馴染みの両親がね、渡米したんだよ。それで、たまに兄貴も遊びに行くから〜」

 はぁ……それで、ルイくんがナオトに代わって店番しているって訳だ。ルイくんも大学生の傍らでは、モデルとして国内だけで無く海外でも活躍しているのに。兄貴思いの優しい()だこと。


 「今日、教師生活初日だったでしょ? 気分はどうだった?」

 「……最悪」

 「はっ!?」

 私の為に簡単な料理を作りながら問い掛けて来たルイくんにそう答える。そんな予想外の答えに、ルイくんは目を大きく開かせてこちらを見る。だって、本当に“最悪”としか出て来ないんだもの……


 「ルイくん。昨夜の私がここで酔って、別のお客さんの席に間違って行ったの覚えてるでしょ?」

 こういった“笑える”ネタを、ルイくんが忘れる筈が無い……案の定、ルイくんは思い出し笑いをしながら頷いている。

 「ルイくんさぁ……一宮こうこうの理事長の顔を、三年の間で一度でも見た事がある?」

 「一宮理事長? さぁ、そう言われると見た事が無かったような」

 突然変わった話題にも、特に動じる事なくルイくんは思い出しながら答える。そう……一宮グループの総帥として君臨する彼は、そう滅多に高校の表舞台には現れない。

 「実はね、昨夜の“彼”が一宮理事長だったのよ」

 「あの人が!?」

 自分もついこの間までは在籍していた高校の理事長との思いがけない出会いに、さすがのルイくんも驚いては調理の手を止めていた。


 「そ〜。あの彼が、一宮の理事長サマなんだって」

 半ば自棄になっていた私は、そう答えて残りのビールを一気に飲み干した。

 「それじゃあ……藍李さん、最悪の出会い方をしたんだね」

 そう、マジで最悪。ほら、もうどうしてもそんな感想しか出て来ないのよ。しかも、更には始業式で叫ぶし理事長を前にして“不自然”呼ばわり……

 「二度と顔を合わせたくないです」

 ボソッと出た言葉に、ルイくんは笑いながら調理を再開していた。もう……私の状況を解っていないから、そんな風に笑えるんだから……。こっちは、ホント泣きたくなる気分なのに。

 「そういえば、鳴神先生なるやんは元気だった?」

 鳴神先生〜? なる……あっ!

 「ルイくん! アンタ、鳴神先生がまだ在籍しているならそうと教えてくれたっていいじゃない!」

 こっちは、もう驚く事ばかりで身が保たないのに。在学中に世話になった担任が、今度は担任と副担任という間柄になるなんて……。

 「何で? 知っている人がいる方が、気が楽でいいじゃん」

 「それがダメなのよ。特に、私の学生時代を知っている元・担任は!」

 担任というのは、受け持った生徒の事をよく覚えているモノ……いい事も、悪い事も。ナオトや奏と一緒に授業をサボった事もある私。そんな生徒の見本にならない事を知っている鳴神先生の前では、とてもカッコよく教師を務める事が出来ないんだから。


 「矛盾しているぞ〜って?」


 そう、そんな感じ。クスクス笑いながら言うルイくんに、私は人差し指を立てて返事代わりにする。


 「でも、妙だなぁ……」

 「何が?」

 笑みを浮かべていた表情から急に真顔になったルイくんが零した言葉に、サラダを食べていた手が止まる。

 「いや、昨夜のお客さんが一宮理事長だったんでしょ? あの人、どう見ても二十代って感じがしたんだけど……」

 「そうだね。さっきまで嫌ってくらい見たけど、あれは二十代だわ。でも、それが何……」

 あっ、そうだ。私やナオト達とそんなに変わらないであろう彼が、一宮の理事長? 私達が高校生の時から? どう考えても、それはおかしいでしょ。同じ考えなのか、ルイくんと無言で目を合わせる。確かにおかしいのはおかしいけれど……


 「でも、そんなの私に関係無い事よね」

 考えるだけ無駄無駄……そう思考を遮断して、サラダを食べる事を再開した。



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