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Honey7 彼の怖い笑顔


 会いたくない時に限って訪れたきっかけ。そして、貴方の部屋に入ろうかどうか躊躇っていた時に掛けられたのは、ちょうど用事を済ませて戻ってきた彼からの言葉だった。




 ――どうぞ


 そう言っては私に入るよう促す彼。

 さっき校長やイリと一緒に入ったのに……一度入った部屋でも、二人だけと思うと嫌に緊張しては足も動かない。

 「入らないのですか? それじゃあ、お疲れ様で……」

 「あ〜! 入ります、入りますよ!」

 なかなか入ろうとしない私に痺れを切らした彼が扉を閉めようとした時、慌ててそれを阻止しては中に入る。荒い呼吸をしては入口付近で立つ私を、彼は気にする事なくデスクへと向かう。

 大きめの革張りの椅子に座った彼は、メガネを外して煙草を取り出してはジッポの蓋を開く。

 メガネを外した彼……昨夜NRNで会った時の彼と同じ。久しぶりに見た彼の素顔にそう思いながらつい見とれていた私に気付いた彼の目線がこちらに移る。

 「それで、用件は何でしょうか?」

 「あ、あぁ! 教頭先生から、書類にサインを頂いて来る様言われましたので」

 そう言っては、彼の前まで移動して書類を差し出す。書類(それ)を受け取って目を通す彼を、私はジッと眺めていた。何の意味も無い……ただ、目の前にいる彼が本当に昨夜の彼なんだと感じていた。


 「何です?」

 私の視線に気付いたのか、いつの間にか彼が書類ではなく私を見上げていた。

 「え!? いや、何でも無いです!」

 無表情でメガネを掛ける彼に慌てて告げる。そんな私に、何の返事をする事なく再び書類に集中する彼。昨夜グラスを持っていた手は、書類にサインする為のペンを持っている。心地良いジャズが流れていたNRNで話をした私達は、一夜明けた今日は静かな理事長で無駄な会話をする事なく過ごす。


 たくさんある書類の一枚一枚に目を通してはサインをする彼。そんな彼の作業が終わるのをじっと目の前で待つ私……

 短いのか長いのか解らない沈黙が続く中、それを破ったのは彼だった。

 「私は……私の言動は、そんなにも不自然に感じましたか?」

 「へっ? ……あっ」

 突然沈黙を破ったかと思えばそんな質問。だけど、すぐに私はさっきの自分の言葉を思い出した。


 ……不自然?


 「私のどういった……」

 「申し訳ございませんでした! つい、つい自然に言葉が出てしまったのです!」

 彼の言葉を遮る形で謝罪をしたけれど……自然に出たって! 何をまたさらりと気になるような事を言ってしまったのか。

 「自然と?」

 「あっ、いや……それはですねぇ」

 ほら、やっぱり食いついて来たじゃない。彼はサインする手も止めて、ジッとこちらを見ている。そんな事気にしないで、さっさとサインしちゃってよ。

 けれど、そんな私の願いも虚しく彼は私を見つめたまま。そんな彼を見ながら、どうしてあんな事を口走ったのかと今更ながら後悔する。


 “……不自然?”


 あれは、そのときに出た正直な感想。彼の言動を目の当たりにして、自然とそんな台詞が漏れてしまったの。

 「あれは、どういう……」

 「ぎ、凝視されるのは好きじゃ無いのですが……」

 言葉の真意を尋ねてくる彼を避けるよう、つい口走ってしまった昨夜の彼の台詞。そんな私の一言に、彼は瞳を大きく開かせる。

 「あ、あぁ……失礼」

 それだけ告げると、彼は視線をそらして再び書類に集中する。しかしサインしながら、その言葉が昨夜自分が言った言葉と同じというのを察知したのか、一瞬だけ表情が固まっていた。

 ダメだ。言葉は考えて言わないと……後からこうして突っ込まれるのだから。まだ何か言いたげな彼に、私はひたすら笑みを浮かべていた。


 ―――――


 「それじゃあ、これを教頭先生にお渡し下さい」

 「は、はい! わかりました」

 大量にあった書類全てに目を通してはサインする作業が終わった彼は、そう言って再び書類を私の手に返す。

 「お疲れ様です。確かに教頭先生にお渡しします」

 「えぇ……」

 疲れたのか、彼はメガネを外して目を押さえて力無く答える。

 そんなスキを見せる彼に、私はこの先めったに見れないかもと見入ってしまった。しかし、さすがは理事長……そんな簡単にスキは見せないらしい。

 「まだ……何か用事でも?」

 「えっ! い、いえ失礼します」

 少し低めの……苛立ちを込めた声で、指の隙間から目を覗かせては告げる。用が無いのなら出て行け……そういうサインを表す鋭い視線。

 何かを見てゾクッと感じたのは初めて……立ち尽くしていた私を、彼は先ほどの鋭い視線から一変して手を退けて笑みを浮かべる。

 「初日早々、このような仕事に付き合わせて申し訳ございません」

 始業式の時とは同じ穏やかな口調で言う彼は、そのまま笑みを浮かべたままこちらを見ている。

 そんな彼に私はただ一礼すると、足早に理事長室を後にした。



 タタタ……



 “廊下を走ってはいけませんよ”

 教師ならそう言うべき立場である筈なのに、今の私は自分の立場など自覚する事無く特進科棟を走り抜けた。


 ――怖い


 再び見せた不自然な笑顔……彼自身も解っている筈なのに、それでも私に見せたあの笑顔。


 ――怖い


 書類を持つ手は、自然と一層力が込めらていた。



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