Honey20 勉強よりもためになる青空教室
「それで、そんな状態なんだ〜」
「あい……そうです」
翌朝、いつもと同じようにラウンジでコーヒーを飲むイリの隣りでは、昨日夜遅くまでアルコール消毒をした結果ひどい二日酔いの為に頭を抱えてダウンする私の姿。
そんな私をイリは呆れた顔で見ては、これまた呆れたように告げる。まぁ、ちょっとした“私情”も含まれていると思うけど。
その“私情”とは……
「ルイくんの家に行くなら、普通は私も呼ぶわよねぇ」
ほら、また言っているよ……私が話した事に食いついた部分は、決まってルイくんの事ばかり。ここまで来ると、イリってマジでルイくんの事が好きなのかと思っちゃうよ。えっ、好きなのか!?
「ちょっと、聞いてる?」
「はい! 今度から宇佐美家に行く時は、必ず入江乃亜さんもお誘いします」
「ルイくんが家に居る時限定で!」
……はい。ホント、この人はルイくんの事になると大変だからなぁ。しかしイリと話しているお陰で、いつの間にか酷かった二日酔いも和らいでいるような感じもした。
――二日酔いも和らいで、彼との出来事もあまり気にする事なく私はその日の授業を始める。
「先生〜! うちの兄貴が今朝から頭を抱えていましたが、先生も頭は痛いですか〜?」
薫のクラスでの授業中、質問があるからと手を挙げた薫に声を掛けたらこんな愚問……そんな私の様子を見た他の生徒達は、勘がいい事に頭痛の原因に気付いたらしくクスクスと笑い声が聞こえて来る。
「そうで〜す! 私は二日酔いで頭が痛いのよ。だから、皆も大人しく先生の言う事を……聞いてろよ?」
「は〜い!」
ちょっと脅しも含めて言ったつもりなのに、そんな私の意とは反対に生徒達は面白がりながら返事をする。
まったく……わっつんも、何でも弟達に話すんじゃないわよ。アンタの刺客が二人も学校に居るのだから、クラス中に広まる早さも倍はあるのよ。
「先生〜」
「はい、藤澤さん」
「二日酔いの原因は、失恋ですか〜?」
まだ続くの? ガクッと体勢を崩す私を、生徒達は笑いながら手を叩く。
「ち、違います」
「じゃあ、ギャンブルで負けて自棄酒ですか〜?」
「仕事でミスでもしたのですか〜?」
違うと言えば倍以上に返ってくる質問に、さっきの時点で嘘でも“そう”と言っておけば良かったかなと後悔。けど、そうなれば今度は失恋の経緯を聞かれそうだし……まぁいずれにせよ、この面倒な事からは逃げられなかったという訳だ。
――バンッ!
ギャーギャー騒いでいた生徒達が、教卓を叩く私の音で一気に鎮まる。意外な私の行為に少しは驚いたのだろうか。
――ニコリ
そんな目を丸くさせている彼らに笑みを浮かべると、開いていた教材を閉じた。
そして、何も言わず黒板に書いた文字を消していく。再び無地の状態となった黒板の中央に立つと、チョークを持って大きな文字を書き始めた。
“二日酔い”
書き終わって振り返ると、生徒達は視線を黒板の文字へと移し相変わらずキョトンとしていた。
――この女は、一体何を書いているのか
……何て思っているのだろうか? しかし、そんな事など構わず私は口を開く。
「今日の“英語”の授業はこれで終わり。今から、人生についてのありがたい授業に入ります!」
はぁ? って言葉が返ってくるかと思えば、すぐに聞こえて来たのは……
「いいぞ〜!」
「面白そう!」
……など、えらく好感を持った声援。一人くらいは異を唱えても良い筈なのに、この見事なまでの一致。ここまで煽られたら、さすがに進めて行かなければならないわよね。
「今日は、皆がさっきからギャーギャー騒いでいる“二日酔い”についてお話をしたいと思います……」
―――――
「それで、それで? 生徒達には、何て言ったの?」
授業を終えて職員室で話を聞いたイリが続きを促してくる。
「うん……二日酔いとは、まぁ二十歳を過ぎた大人が完全に子供を卒業した証拠と説明させて頂きました」
「子供を卒業……まぁ確かに、子供には分からないモノよねぇ」
私の答えにウンウンと一人頷くイリ。そんなイリに続き私も頷く。そうそう、あの翌朝(酷ければ更に翌日以降)の気分のだるさや特殊な頭痛は未成年には理解出来ないモノなのよ。
「でもねぇ……それを授業中に力説するアンタもどうかと思うわよ。教卓を叩いた時点で大人しくなったのだから、そこから授業を再開したらよかったのに」
確かに……授業時間の三分の二を二日酔いについて力説していたからなぁ。未成年相手にそこまでムキになってどうするんだ。来年には受験も控えている生徒たちに、何を余計な事を教えているのか……
それに別に教えなくても、二日酔いも二十歳過ぎたらほとんどの人間が体験する事だからなぁ。
「アンタ、今からでも英語の教師から道徳の教師になってみれば? 案外そっちの方が向いてるかもしれないわよ」
真面目な顔して勧めてくるイリに、自分でもそうかもしれないと思ってしまった私。
そんな私は理想に描いていた教師像が、確実に遠くなっている事を嫌でも実感していた。