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Honey18 目の前は既に暗し


 目が覚めると真っ先に見えた光景は、全く知らない天井。そして、傍らにいる女性と……呆れたように見ている彼の姿だった。



 「浅倉様、到着致しました」

 「あぁっ! 自分で開けますよ!」

 それでも、一歩先に扉を開けてしまう運転手さんに慌ててお礼を言いながら、降りた場所はもちろん一宮高校の前。既に生徒が数人登校している中、私は送ってくれた運転手さんに深く一礼して車が去るのを見送る。


 勝手に焼き鳥屋(チキンステーキ屋とも言う)に連れて行っては、鳥の部位を勝手に説明して一人テンションを上げる。そして、じゃんじゃん食べてはお酒も一人飲み倒した挙句に酔いつぶれて泊まって……

 「スーツまで頂いては、高級車で送って貰っちゃった! 初めてベンツに乗ったなぁ〜」

 ハハ……ホント、情けなくていい加減涙が出そうだわ。

 そんな気持ちのまま校舎(なか)に入ろうと、振り返ったその時だった。


 「ぅわあっ!」


 早朝から思わず声を出してしまった私の前には、何か凄いモノでも見たような表情(かお)をして立ち尽くすイリの姿があった。

 他の教師や生徒よりも一番見つかってはいけない人物に見られた事で、私もイリと同じように立ち尽くしてしまった。

 お互いがお互いを見ては立ち尽くす……しばらく続いたその状態を先に崩したのは、もちろんイリだった。

 「あ、あんた……さっきの高級車(ベンツ)って、もしかして……」


 ――鋭い!


 朝から鋭いです、イリさん! 親友の見事な直感に、私は思わず拍手を送る。

 「拍手は余計だっつうの。でも、それじゃあやっぱりアレは」

 そこまで告げては、何か嫌な笑みを浮かべて視線を向けてくるイリに、観念してはそんな彼女に連れられて学校の中へと入って行った。


 ―――――


 「私達が一宮(ここ)に来て約二か月……それなのに、アンタって奴はそのトップの車で登校出来るようになったんだ」

 「……何にも言い返す言葉がございません」

 「当たり前でしょう。そんな言葉があれば教えて欲しいくらいだわ」

 はい、もう何にも言いません。ラウンジにやって来ては、こんな事態になった事情を説明した私にイリは呆れながら告げるとコーヒーを飲む。

 「アンタ、昨日の昼まで理事長にビビっていたくせに、何をどうしたらそんな焼き鳥を食べに行くような関係になる訳?」

 焼き鳥を食べに行くような関係と言うか、私が無理やり連れて行ったようなものだし……

 「それで、理事長の家に行っては襲ったと言うわけだ!」

 「襲っていません! そんな余裕なんかありませんよ」

 「……余裕があれば、襲うつもりだったのかよ」

 まさか……襲うどころか、あの状況を理解する余裕も無かったのよ。

 あぁ、何かとんでもない事態になっているのだけは分かる。一人で盛り上がっては勝手に眠って、挙句にはお持ち帰り発言……何を勝手に被害者ぶっているのか。

 「本当に最悪です」

 「まぁ、そんな状況ね。あの理事長に対してする事じゃあ無いわね」

 それはもう重々分かっております。あぁ……せっかく少しは距離的にも近くなったかなと思ったのに、全てがリセットされた気分だわ。気分どころか、そうなのだろうけど。

 「それに、今まで以上に理事長を避けたくなったわ」

 「避けたいのはアンタじゃなくて、理事長(むこう)だと思うけど」

 一人パニクる私に対して常に冷静に答えるイリ……しかし、私は知っている。

 そんな冷静さを保つ一方、内心は大爆笑したいのを我慢している事くらい。えぇ、そりゃもう腹痛を起こすくらい笑いたいのでしょうね。


 でも、本当にどうしよう……さっき私を学校まで送って貰う際、理事長も行かないのかと尋ねたら……


 “仕事がありますので、しばらくは学校の方に行くつもりはありません”


 ほら、もう避けられているよ。今学期が始まって度々学校に姿を現していたのに、昨夜の一件が起きた途端行かないって言うし……これはもう避けられているとしか言えないわよ。


 「それにしても、昨日アンタがウキウキしていた理由が、まさか理事長と焼き鳥屋に行く事だったなんてねぇ」

 「ウキウキじゃないわよ、ハラハラだよ」

 これから一体どうなるのか……これが所謂“お先真っ暗”と言う奴なのか?

 数日後どころか、たった今の先すら見えてこない。無暗に人を慣れない環境に誘うのはダメだという事を、まさかこんな形で痛感するとは。


 「次の学校は、優しい理事長が居る所だといいね」

 「勝手に転任させないでよ……」

 イリの冗談にそうツッコミを入れてみるものの、内心は穏やかでは無かった。穏やかどころか、気分はイリの言う通り新たな学校で挨拶をする自分の姿が浮かんでさえいた。



 しかし、私はもちろん知らない……一人ハラハラしている私の裏側で彼が同じく気を沈めていた事に。

 そして、私がその事を知るのは……もっと先の事だった。



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