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Honey14 未知なる世界への誘い



 

 ――今日は、逃がしませんよ



 そう言って、彼は私にドアを開けさせまいと自分の手でドアを封じる。その力は強く、後ろ手では簡単にドアを開ける事を困難なモノにさせていた。

 女性(わたし)には持っていない貴方(オトコ)の力と、その妖しげな瞳によって私は彼から逃げる術を無くす。


 「驚いてる」

 フッと笑みを零して告げる彼。それでも相変わらず私を自由にしようとはしないけれど、さっきまでの“妖しげ”な雰囲気は消し去られていた。

 「話して頂けますよね?」

 「……はい」

 私を落ち着かせるためなのか、穏やかに言う彼に私はそれに従わずにはいられなかった。


 二人で立ち塞いでいた扉から再び落書きのある所までやって来た私は、彼に勧められるままそこに座り込む。

 「それで? どうしてあの時、私に“不自然”なんて言葉を掛けたのです?」

 「それは……」

 彼に問われ口を開いた私の脳裏を、あの時の光景がかすめる。


 ――そう、秘密


 そう告げては自分の口元に指を運ぶ彼の仕草。その後に見せた笑みは、今でも覚えている。

 「あの時……NRNで初めて会った時に理事長が見せた笑みと比べてしまったんです」

 「NRNで?」

 まさかあの時に出会った彼が、その翌日になって再び私の前に一宮高校の理事長として現れるなんて思いもしなかった。


 ――初めまして、一宮凛仁です。


 そう言いながら浮かべた彼の笑みは、昨夜見た彼の笑顔では無い。愛想程度として彼が即興で作り上げた“ニセモノ”の笑顔だった。


 もし私が前日に彼と会っていなければこんな事には気付かなかった筈。あの日、彼と“会ってしまった”からこそ、私はその違和感に気付いてしまったのだ。

 「あの時……貴方は、多分この先会う事の無い人物(わたし)と思ったからこそ、自然と笑みを零したのですね」

 翌日にあんな形で再会するとは思いもしないで……。そして、貴方は二度目からは不自然(つくりもの)の笑みを向けて来た。


 ――不自然?


 「なるほど……私の“本当の”笑顔を知っているから、あの時あんな言葉が出たのですね」

 「はい。そうです……」

 何か、まるで取り調べされているような気分。再び居心地の悪さを覚える私は、何だか彼の反応が怖くて既に彼を見る事が出来なくなっていた。

 けれど、その裏では私の返事をどういった気持ちで聞いていたのかと気になってもいる。私が知っているように冷静(クール)でいるのか、それとも……


 「やはり、私は表情豊かではありませんでしたね……」

 それとも、落ち込んでいるのか……そう思っていたら、そんな沈んだ声が聞こえてきた。

 「えっ?」

 思わず声をもらして彼を見ると、少し寂しそうな笑みを浮かべている。その表情(かお)は決して不自然なモノではなく、きっと彼自身の今の気持ちを表すモノ……。

 「り、理事長?」

 「浅倉先生。実は私、あのような店に行ったのは初めてだったのですよ」

 あのような店って、NRNね事を言っているの? 確かにNRNの常連でもある私も、彼を見掛けたのは初めてだけど……

 「でも、他のお店にも行った事が無いのですか?」

 「えぇ。ありません」

 質問に即答を出す彼に思わず次に言う言葉が出て来ない。沈黙による冷たい空気が漂う中、私は何を言おうか目が不自然に泳ぐ。

 「例えば……居酒屋とか」

 「無いですね」

 一瞬の間も許さない彼の即答ぶりに、私は開いたままの口を塞ぐ事が出来ずパクパクとさせていた。

 そんな彼の態度を見ると、私と会話をするのが嫌……面倒なのかと感じてしまう。しかし、それでも何か話さなければと思ってしまうのは何故なのか。返ってくる答えはわかっているのに、それでも少しでも沈黙を避けようとしている。

 チラッと隣りを見ても、彼はただ空を眺めているだけ。別に話す必要などない、ただこうして座っていればいい……おそらく、そういう考えなのだろう。


 日光でも浴びて時を過ごすだけで充分……なんて雅なお考え。気が付くと、彼は瞳さえ閉じていた。

 自分はこうしているから、貴女も適当に……ってか? 聞きたい事は聞けたので、あとはご自由に?


 ――しかし、生憎私はそんな大人しくは出来ないのよ。


 ガシッ!


 「――?」

 突然立ち上がって自分のシャツを掴んできた私を、少し驚いたのか目を僅かに大きく開いては無言で見上げる彼。


 “一宮グループの総帥サマに対して何て事を!”


 ……なんて、もしここにイリが居たらそう絶叫していたに違いない。いや、イリならこっちだわ。


 “うっわ〜! 天下の総帥サマにやるじゃん!”


 拍手をしながらそう言った後、そっと退職届を私に渡してきそう。

 そうよ、確かにこの状況だとマジ退職モノかもしれない。でもね、それでも私は言いたい事を言わないと気が済まないのよ!

 「あの?」

 「つまらないわよ! 居酒屋にも行った事が無いですって? そんな堅苦しい生活ばかり送っていて、肩がこらないの?」

 「……こりません」

 左様ですか……。相変わらず即答の姿勢を貫く彼に、思わず折れてしまいそうになる勢いを何とか正常に保つ。

 「ちょっとはね、道を外してみなさいよ!」

 「私は今までこのように生きてきましたが、全く不満を覚えた事はありませんでしたね」

 「私が不満なの!」


 冷静を貫き通す彼に対して一人感情的になる私は、そう叫ぶと掴んでいた彼のシャツに更に力を込める。

 そして、その暴走はいつしかとんでもない事を口走る。


 「よし! 今夜行くわよ!」

 「……はっ?」


 掴んでいたシャツを離して彼の両肩を叩いて言った私の言葉に、彼は眉間にシワをよせながら問う。

 「行くって、どこへ?」

 「もちろん! 貴方にとっては未知なる世界ですよ」

 私の返事にはっきりと嫌そうな表情(カオ)を浮かべる。しかし、そんな彼に続けて出た私の言葉……


 「今日は、逃がしませんよ?」


 さっき私に言った……貴方のコトバ。


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