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Honey11 やはり存在感のあるオトコ


 ルイくんと綾子センパイ……まったくの赤の他人が見せた同じ様な淋しさ。偶然の事なのだろうけれど、それでも私は二人の瞳の奥に隠された何かが気になっていた。




 「浅倉先生〜、おはようございま〜す!」

 「おはよう。朝から元気ね」


 登校中に掛けられた生徒達の挨拶に、若さを羨ましがるようなニュアンスを含めた返事をする。それからも数人の生徒達と挨拶を交わした後、後ろから車がやって来たかと思うとそのまま少し先に見える学校の中へと入っていく。


 学校には似合わない高級車(ベンツ)に唖然としながらも、既に私の頭の中は一人の男性の顔が浮かんでいた。不自然な笑みを浮かべた……あの(かれ)

 すると、まぁ正直な事に私の足取りも重くなる。久しぶりの彼の登場は、今まで平穏な日々を重ねてきた私にそれらを打ち消すくらいの十分な衝撃を与えていた。



 「おはよ〜って、どうしたぁ!?」

 職員室で額を机上につけていた私の頭上から、イリの驚く声が聞こえて来た。そんなイリに顔を上げて挨拶する訳で無く、ただ右手を挙げて簡単に振る。

 「はぁ〜ん。さては、理事長(ヤツ)がいらっしゃっているのね?」

 まぁ長い付き合いの成果とも言えるのかイリの鋭い勘に、ゆっくりと顔を覗かせてはイリを見上げる。

 「しばらく会わなかったから、もう理事長の事なんて気にならなくなったと思ってたのに」

 そんな私の反応に、イリは笑いながら隣の席に着く。それでも無言を通す私に構う事なく、イリは早速ノートを取り出しては何かを書き込んでいた。


 「イリちゃん。理事長は、もう始業式の事なんて忘れてくれてるかなぁ」

 「忘れてる忘れてる! 相手は一宮グループの総帥サマよ? アンタと違って、たった数分間の出来事なんてとうに忘れているわよ」

 だから、いつまでもウジウジしなさんな……即答ながらも、私の事をちゃんと考えてくれてのアドバイスに私はやっと姿勢を正すと、教材の準備を始めた。



 「私は一限目から一組の授業だけど、イリは授業入っているの?」

 「いんにゃ、私は今日は三限目からだわ。それまでは寝て過ごそうかねぇ……」

 ケラケラ笑いながら答えるイリの頭を軽く叩きながら立ち上がると、教材を手にして職員室を後にする。


 「あっ、藍ちゃん! おはよ〜」

 廊下を歩いていた私の後ろからバタバタという廊下を走る音と共に掛けられた挨拶(?)に振り返る。

 「コラッ! 学校(ここ)では、浅倉先生と呼びなさいって言ってるでしょ?」

 「は〜い! 藍李ちゃん!」

 解ってないし……ガックリ肩を落としては、既に走り去った男子生徒にそう心の中で呟きながら溜め息を吐く。全く……わっつんはどんな教育をしているのかしら。更に一つ下の薫はイイ子なのに……。

 移動教室ですれ違う生徒達と挨拶を交わしながら、特進科棟の階段を上がっていく。最初は心臓をバクバクさせながら一段一段上っていた階段も、今では余裕もって上がる事が出来ている。挨拶一つでも、声が裏返った事を思い出しては頭がいっぱいいっぱいだったと笑った……


 ついこの間の事を振り返りながら二階に上がって角を曲がった時だった。

 「んが……!」

 オヤジみたいな声を出しては、すぐに階段の方に避難する。さっきまで静寂だった心臓が、一気に暴動を始めたかの様に騒がしくなる。


 ――落ち着け、心臓


 けれど、悲しい事に一度暴走した鼓動はなかなか治まらないモノ。ましてや、その原因が……

 ゆっくりと廊下の方を覗く。


 「やっぱり、理事長だ……」

 極細声で呟くと、再び階段へ避難。どういう訳か、今から私が通るべき廊下に理事長が立っているのだ。これで二回確認したけれど、何故か一歩も動かないし……。ただの廊下も、理事長一人立っているとそこはいばらの道と化する。


 “ウジウジしなさんな!”


 イリの言葉が浮かんでくるが、それでも今の私にはほぼ無意味なアドバイスになっている。そんな、さっきの今で急に態度が変われたら苦労はしないわよ。

 しかし、無情にも授業開始時間が迫りつつある。さて、どうしたものか……

 「考えている場合じゃ無いだろ!」

 小声で呟き、左手で頬を軽く叩いて気合いを入れると廊下に一歩踏み出した。

 カツカツ……足音を立てて進むが、僅か先に立つ理事長は微動だにせずまるでこちらに気付いていない様にも感じる。あと三歩……二歩……一歩!

 「おはようございます」

 「……」

 ……って、無視かよ! 少し進んだ所でチラッと振り返ってみたが、理事長はまるで私の存在など無かったかのように立ち尽くしては外を眺めていた。

 その()が、とても淋しそうな印象を受けたまま私は教室へと入っていく。

 「先生〜! おはよう〜」

 「おはよう。一ノ瀬君、号令よろしく!」

 元気な挨拶で迎えてくれる生徒達に声を掛けて、廊下で立ち尽くしては外を眺める理事長を振り返る事なく教室の扉を閉める。


 気にする事は無い……この授業が終わるまでには、理事長(かれ)の姿も消えている筈だから。

 だから、いちいち構ったりする必要など無い。




 今回の後半で出てきた一ノ瀬瑛と薫は、これ恋シリーズの一ノ瀬渉の弟です。二人とも兄と同じ高校に通っています。

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