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Honey10 それぞれの深い淋しさに包まれて


 噂話とは、本人が居なくても消えないモノ……




 新学期が始まって一か月……その間、私は理事長と遭遇する事なく順調に教師生活を送っていた。

 理事長が高校(ここ)に来たら校長と教頭が慌てて行動するので、彼が来ているかどうかなどすぐに解る。

 そんな平穏な日が長く続くものだから、私も初日の失態など完全に気にする事なく生徒達もまた忘れつつあり、普通に接して来るようになった。


 「藍ちゃん!」


 そんなある日の放課後、私を親しげに呼ぶ声の方を振り返る。

 「綾子センパイ!」

 保健室から顔を出しては手を振る女性に向かって走る。そんな私に保健室の中に招いてくれるこの女性(ひと)は、養護教諭の川島綾子サン。私の中学の時の一つ上のセンパイだった人。


 始業式に私が壇上に上がった時に気付いてくれた綾子センパイは、翌日の落ち着いた頃に声を掛けてくれた。

 「藍ちゃん。ひと月過ぎたけれど、教師生活は慣れたかしら?」

 「うん! やっと教える事が楽しいと思えるようになったよ」

 慣れない環境の中、毎日が精一杯だった私も、授業に取り組む姿勢にもやっと余裕を見せる事が出来た。そして、それはやがて何かを教えるという行為が、楽しいと感じる事へと繋がった。


 「入江先生は?」

 「イリはね、サッカー部の副顧問に就いては喜んで走り回ってる」

 そう答えては、窓から見えるグラウンドを指す。遠くだが、グラウンドでサッカー部員に混じって楽しそうに走り回っているイリの姿が確認出来た。

 「入江先生って、数学教師よねぇ? 体育教師並みの体力がありそう……」

 クスクスと笑いながら綾子センパイは、まるでわが子を見るような()でグラウンドの光景を見守っていた。


 「それにしても、せっかくこうして綾子センパイと同じ職場で働けると嬉しかったのに……」

 途中で止めて綾子センパイをジッと見つめる。申し訳無さそうな、そして困ったような笑みを浮かべる綾子センパイ。

 「ごめんね〜」

 手を合わせて謝る綾子センパイは、来年の三月を以て退職する。前から興味を抱いていたインテリア関係の仕事に就きたく、来年の四月からロンドンへと旅立つ事になった。

 憧れの女性(ひと)の突然の告白は、聞いた時はそりゃもうショックだし淋しいとさえ感じていたけれど……

 今ではもうそんな大きな夢を抱く綾子センパイを、心から応援したいという気持ちだった。


 「私ね、インテリア関係の勉強をする他にも、ロンドンへ行く理由があるの」

 声援が聞こえて来るグラウンドを眺めたまま、綾子センパイが呟いた。

 「何ですか、それ。もしかして、買い物とか言いませんよね?」

 私の冗談に、綾子センパイは笑いながら手を振って否定する。しかし、その笑顔はすぐにどこか淋しそうな表情(モノ)へと変わりグラウンドを眺めていた。

 「綾子センパイ?」

 呼び掛けに綾子センパイはこちらを見ると、淋しく笑みを浮かべた。そして、保健室(このへや)全体を見回す。

 「保健室(ここ)はね。私の思い出が凄く詰まっているのよ」

 「それはそうですよ。今年三年目でしょ? ここで生徒達のお世話をしてきたのだから、もう綾子センパイの部屋みたいなモノですよ!」

 自分はとても養護教諭なんて務まらない……なんて言いながら綾子センパイの肩を軽く叩いたが、それでも綾子センパイの表情が和らぐ事は無かった。


 「そうじゃ無いのよ」

 「センパイ?」

 「そうじゃ……無いの」

 綾子センパイは無理に笑みを作って告げた後、再び悲しげな表情へと変わりそのままグラウンドを見つめていた。


 ――えっ? 他に理由があるんですか?


 しかし、そんな綾子センパイを見ると、とても好奇心からなる質問など出来やしなかった。



 ――その夜、久しぶりにイリと一緒にNRNへ行くと、ルイくんが笑顔で迎えてくれた。

 迷わずカウンターに座る私に対して、イリはルイくんにハグしてはなかなか離れなかった。

 「だって、久しぶりにルイくんと会えたんだもん」

 「俺も、イリさんと会えて嬉しいですよ」

 またまた……そんな事を言うから、イリも舞い上がって調子に乗るのよ。ほら、実際にイリはキャ〜と叫びながら再びルイくんに抱き付いているし。ホント、ルイくんは優しいのだから……(単に、女好きなだけか?)


 「へぇ。イリさんは、サッカー部の顧問になったんだ〜」

 「そうそう! 今日も、部員達に混じって汗流しちゃったよ」

 ルイくんに熱く語るイリは、お酒も入っているせいかテンション高くグラスをあけていく。ルイくんも、そんなイリに呆れたりせず延々と続く話を聞きながら、イリのグラスにウォッカを注いでいた。


 「全く……明日も仕事があるのに」

 一応そう呟いてはいるが、それでもそんな事を言ったところでイリがお開きにする訳が無いのは解っていた。


 ――が、しかしイリと付き合いが長い私は重々知っている。


 「あ〜、何だか眠くなってきたなぁ」

 そう呟いては、隣でウトウトし始めるイリを慣れた様子で見る私とルイくん。イリはよく飲む事は飲むが、潰れる時間もそうかからない。ある程度のアルコールが入れば、自然とイリの瞼も重くなる……って事は、ルイくんも知っている筈なのに。

 「次から次へとお酒を注ぐなんて、今日はどうしたの?」

 いつもはイリにいちいち確認しながら注いでいるのに、今日は“とりあえず”話を聞きながら注いでいた。

 「ねぇ、ルイ……」

 「藍李サン……“あの人”はどうしている?」

 私の呼び掛けを遮る形で告げたルイくんの一言。しかし、彼の言う“あの人”が一体誰の事を指しているのか解らない私はただ表情を固めていた。

 「あの人は……元気?」

 遠くを見つめながらも確実に私に問い掛けていたルイくんに、何故だか私は何も言えなかった。

 それは、その時のルイくんの瞳が今日保健室で見た綾子センパイと似ていたから。



 とても、深い淋しさで沈んでいたから……




 今回登場した川島綾子サンは、「歪んだ愛情〜」で琉依の恋人として登場した綾子サンと同一人物です。お互いが離れたところで同じ時にお互いを恋しがる……きちんと別れた二人なのに、それでもやはり募ってしまう淋しさを描いてみました。

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