Honey9 昼休み、恋愛話に花咲かせ
私とそう変わらないであろう年齢の彼が、一宮の理事長……?
そんな疑問は、やがてお酒と一緒に消えていった。
それから私は慣れない感じを見せながらも、二年二組の副担任兼英語教諭として日々過ごしていた。特進科と普通科という離れたクラスであり、かつ担当科目も違うせいでイリとなかなか会う機会も無かった。
その傍らでは、生徒達と昼休みや放課後の時間に交流を重ねる毎に打ち解けていく事が出来ていた。私が一宮の出身でもある事を話すと、尋ねてくる質問は大抵決まっていた。
“先生は、どんな学生だったの?”
“今居る先生達で、先生がお世話になった人っている?”
そして、その他には……
「ねぇねぇ。藍李先生って、彼氏居るの〜?」
出た……定番とも言える、新任教師への質問。今日も昼休みにラウンジで数人の女子生徒と一緒に昼食を摂っていた私は、ふと掛けられた質問に玉子焼きを頬張りながらそう思った。
「私も、それ気になる〜!」
そういえば、私も学生の時はこうして新任の先生に尋ねていたなぁ。あの時の先生って、こんな気持ちだったのか……
昔を振り返っては当時の教師に申し訳ないと思いながら、しつこいくらい尋ねてくる彼女達に愛想笑いを浮かべる。でも、女の子っていうのは大概こう言った話題が好きなものよ。
「残念ながら、彼氏はいません〜」
「うっそ〜! 絶対いると思ったのに〜!」
「私も! 先生、綺麗だからぁ」
綺麗? そら、どうもありがとうよ。でもね、“綺麗な”女性全てが彼氏持ちとは限らないものよ。
「いやいや、これがなかなか出来ないのよ」
内心でそう思いつつも、私の口からは彼女達に愛想よく答えを作っては出していた。
笑みを浮かべながら楽しそうに話す彼女達……呆れはしたけど、まだ完全に大人になっていない彼女達の反応をまた新鮮で可愛らしいとさえ感じていた。
「貴女達は? 彼氏とか気になる人は居ないの?」
「え〜! どっちに見えます?」
「私は居ないです〜」
彼氏が居るか居ないかを私に当てさせようとする子も居れば、呆気なく居ないと答える子も居る。様々な性格を持つ彼女達との会話も、少し長めの昼休みを過ごすには退屈しない。
なんて、少し余裕を見せた事が言えるのは年代が違うからだろう……自分が彼女達と同じ歳の頃には、間違いなく彼女達のような答え方をしていたに違いない。
全く……こんな事で、自分が歳を重ねていると実感してしまうなんて。
「でもね、気になっていた人は居るよ〜!」
「あら。どんな人かしら?」
まだ一宮に赴任して一週間しか過ぎていないのだから、相手の名前を聞くだけ無駄というのは重々承知の事。しかし、こういった話にはそんな事は大して気にされない。彼女達が求めているのは、とにかく“誰?”という相手の名前を知りたがる反応だけ。
そう尋ねる事で、焦らしながらも十中八九彼女は相手の名前を打ち明けるものだ。
“先生は知らないと思うけど〜”
そうね……あえて彼女の第一声を予想するなら、きっとこうかしら?
「えっと〜。今年の三月に卒業しちゃったから、先生は知らないと思うけどぉ。宇佐美琉依センパイっていう人〜!」
……十分、知っています。もう、貴女達よりも色んな事を知っています! 予想通りの出だしから始まったが、予想外かつ十分知っていた人物の名前が出た事に私は思わずガクッと肩を落とす。
「先生?」
「そ、それって……モデルの“RUI”でしょ? 雑誌とかで見るから知ってるけど、かなり綺麗な顔をしてるわよね〜」
余計な事は言わない……ごくありふれた知識だけを披露する。プライベートな彼と知り合いと言えば、私にとってもルイくんにとっても面倒な事になるのは目に見えているから。
「そう! そのRUIだよ〜! 何と、彼は一宮高校の生徒だったんだよ!」
「そうそう! 国際学科のトップでもあったんだよ」
「へぇ……知らなかったなぁ」
さも自分の彼氏みたいな話し方をする彼女達に、無理にでも興味を示そうと答える。既に身近に居ない人物について、さも私は特別みたいな感じで話す人は居るけど……
いざこうして次から次へと話されると、おかしいのを通り越して辛くなってくる。
「でもさぁ、宇佐美センパイって彼女居たよね〜」
「そうそう。確か、センパイと同じクラスの……」
「えっ!? 違うわよ。一つ下の……」
「違う違う! モデル仲間だって……」
その他にも人妻や教師など……唖然とする私の目の前で、どれが正確なのか解らない数多のルイくんの噂話が飛び交っていた。
「あんの……バカ」
目の前の彼女達に聞こえない極細声で呟く。私の予測に過ぎないが、おそらくそれらの噂話は全て……正しいに違いない。ルイくんの女癖の悪さは、十分承知していたから。
―――――
「ルイくん……人って居なくなっても、噂話だけは消える事が無いのよね」
「はっ!?」
――その日の夜、NRNに行った私がルイくんの顔を見て溜め息を吐いたのは……言うまでもない。そんな私に、ルイくんはただ目を丸くさせていた。