第5話:過保護な姉に要注意!
【SIDE:久谷響】
僕の姉、真綾お姉ちゃんとは血のつながりのない義理の姉弟である。
普通の義理の姉弟って……どうなんだろう。
少なくともうちみたいに極端な事はないと思う。
僕は別に姉が嫌いってわけじゃなく、むしろ尊敬さえしている。
学園で最も人気の高い女子と言ってもいいだろう。
普段の彼女はお嬢様のように振る舞うけれど、僕の前では過保護な姉の姿を見せる。
その2面性に僕は振り回されてきた。
もちろん、可愛いとかは思うけれど、時々、行きすぎじゃないかなって思ったり。
真綾お姉ちゃんの場合は冗談と本気の境界線が限りなく分かりにくい。
僕を弟としてなのか、それとも男として見ているのか。
どちらかはっきりしてくれればいいのに。
「……どうしたの、響クン?」
昼休みになっても僕は机から動こうとしなかった。
いつもなら真綾姉ちゃんのいる屋上へ行く事にしているのに。
「お姉さんの所にはいかないの?いつも、一緒に昼ご飯を食べてるでしょ」
相良さんにそう言われて、僕は軽く頷いて、
「あのさ、相良さんはいつも昼ご飯はどうしてるんだ?」
「私は学食かな。適当に友達見つけて食べてるけど?」
「それじゃ、今日は僕に付き合ってくれないかな。少し、相談したい事があるんだ」
こういうのは女の子に聞いてみるのもありだろう。
僕は女友達はそれなりにいても、親身に話を聞いてくれるタイプはそういない。
「いいよ。それじゃ、まずは学食に食べに行きましょう」
「ありがとう」
相良さんはそんな友人たちの中でも仲がいいし、気さくな性格で接しやすいから。
僕は姉ちゃんに悪いと思いながらも『今日は友達と昼食を食べるから。ごめんね』と携帯電話にメールを送った。
すぐに返信されてきた文章は『……お姉ちゃんのこと、嫌いなの?(ウルウル)』。
はぁ、僕はすぐにもうひとつ文章を送ることにした。
拗ねてるみたいだ、どうするかな。
『ごめん。その代わり、今日は一緒に帰らない?』
普段はそれぞれの友人付き合いでバラバラに寮に帰るけれど、彼女の機嫌を損なうからフォローの意味でそう送った。
その後はなんだか、まだ不満そうだったけれど納得してくれたみたい。
僕はようやく気負いせずに相良さんと食事ができる。
そういえば、学食は久しぶりだな。
いつも、真綾お姉ちゃんと購買の食事を買って食べるのが常だから。
……たまには彼女とここに来るのもいいかもしれない。
ただ、人気が高い真綾お姉ちゃんだけに騒ぎにはなるだろうけどさ。
僕たちは豊富な学食メニューから、僕はラーメンセット、相良さんはB定食を注文する。
「改めて思うと、ふたりで食事するのは初めてかもしれないね」
「そうだね。僕もそう思うよ。朝晩は寮の食事で一緒だから、あまり新鮮な感じはしないけど不思議な感じがする」
相良さんと僕が初めて出会ったのは入学式だ。
迷子になっていた相良さんに声をかけられたのが始まり。
実は僕も体育館が分からずにいたんだけど、何とかふたりしてたどり着いた。
その後、よく話すような存在にまですぐになった。
相良さんの性格が親しみやすいのが1番の理由だろう。
僕らは食事しながら、雑談をしていた。
「あ、そうだ。相良さんってどこの中学出身なの?県内?それとも県外……?」
「私、実は県外もいい所で関西の出身なの。親の転勤で高校は関東で決めなくちゃいけなくて大変だったわ」
「それでここの学校に来たんだ」
ふーん、関西か……あまり言葉のニュアンスに違和感はない。
関西の方っていろいろと言葉の違いがありそうだけど。
「響クンは確か県内の中学だったよね?」
「そう、って言ってもこの街からはかなり離れた場所に住んでいたんだけどな。この学園ってけっこう私立で有名だから入学を希望したんだ」
「それにお姉さんもいるし?」
「真綾お姉ちゃんを目指してたわけじゃないよ。いい所だよって薦められはしたけれど、最後に決めたのは僕の意思だからね」
……まぁ、ここ以外を選ぼうとすると姉から相当なプレッシャーはかけられたけど。
それでも、選んだ事に後悔はない。
ラーメンを食べながら僕はふと思う。
真綾お姉ちゃんは今頃、ひとりで食事してるのかな……。
何だか、悪い事をした気分になるけど、たまにはいいよな。
今回みたいに目的があるなら彼女も許してくれるだろう。
楽しく会話して僕らは食事を終えた。
その後、のんびりと食後のジュースを飲みながら中庭に移動する。
屋上に姉ちゃんの姿がないかを確認してからベンチに座る事にした。
「もう、夏だよね。夏休みになったら実家の方に帰省しなきゃいけない。……響クンはお姉さんと一緒に帰るんでしょう?」
「まぁね。両親も真綾お姉ちゃんには会いたがってるし」
「その言い方、響クンには会いたくないみたい」
「……そういうわけじゃないけれど。あの人は両親に好かれているからさ」
両親の愛情は姉に向けられ、姉は僕に愛情を向けてくれる。
それがうちの家族のひとつのサイクルみたいなものだ。
別に気にしてるわけじゃないけれど、両親はあまり僕の事をよく思っていない。
「お姉さんが羨ましいの?」
「どうかな。真綾お姉ちゃんをそう言う風に見たことはない。それは僕が満たされているからだと思うよ」
「……ふふっ、やっぱり、響クンってお姉ちゃんっ子なんでしょう」
くすくすと相良さんにからかうように笑われてしまう。
この間、姉に言われた事を気にしているのだろうか。
だとしたら、すごい誤解だ。
僕はすぐに誤解を解こうと言葉を紡ぐ。
「この前、お姉ちゃんが言っていたのは違うから。勘違いしないで」
「そうなの?別に恥ずかしい事じゃないのに」
「姉にべったりな弟のどこが恥ずかしくないのさ」
「私は兄妹の仲があまりよくないから、姉弟仲がいいのは羨ましいなぁ。だって、あんなにも自分の事を心配してくれる家族がいるって安心できるでしょう」
安心できる家族がいる……。
それはそうかもしれないな。
けれど、僕は少し行き過ぎた姉の行動を牽制しておきたい。
彼女は僕をどう思ってるんだ……。
「相談っていうのは姉の事なんだよ」
「お姉さん?何か問題でもあるの?」
そう、彼女たちの知らない一面、言っても信じてもらえるか分からない。
僕は相良さんに姉のこれまでの行為、行動を告げた。
最初は信じてなかった彼女も徐々に納得してくれる。
「……意外かも。あの先輩がそんな風になるなんて」
「で、僕は対処に困ってるわけ」
「思い切って、素直に『もう少し距離置いてー』とか言えないの?お姉さんは少なくとも善意なわけだし……。響クンも嫌がってるんじゃないんでしょう?」
嫌がるわけがない、けれども、少し距離を置きたいのは本音だ。
僕の心を真綾お姉ちゃんがかき乱すから。
「……本人に直接言うのはさすがに辛いよ」
「だよねぇ。……それじゃ、遠まわしにアピールするのもありかな?」
「おや、何か名案でも思いついたのか……?」
「うん。大丈夫、私も協力してあげるから」
彼女が僕の耳に囁いたのはある作戦。
ホントにそれがうまくいくのかどうかは分からないけれど、やってみる価値はある。
その作戦、予想外の展開へと繋がる事を僕はまだ知らない。
その日の放課後、僕はお姉ちゃんと寮に帰るつもりで待ち合わせの下駄箱で待っていた。
こちらに気づいた彼女は突如、僕の腕を掴んでそのまま屋上へと引っ張る。
夕暮れの涼しげな風が吹く中で、彼女は僕に笑顔で言った。
「……響ちゃん、どういう事か説明してくれるかな?」
怒ってる、普段、怒らない人が笑顔で怒っていらっしゃる。
真綾お姉ちゃんが僕の前で不機嫌さをあらわにするのは久しぶりだ。
「説明って何の事……?」
「とぼけないで。お姉ちゃんとの昼休みの時間を断って、他の女の子と遊ぶってどういうことなの。私、ここからふたりが仲良くしていたの見たんだからね!」
一応、確認はしたんだが屋上にまだいたみたいだ。
それで不機嫌になってるんだ。
僕は頬をかきながら、言い訳を探す。
「メールはしただろ、友達と食事するって」
「それが女の子だなんて思うわけないし」
「……彼女も女の子の友達ってわけで」
「そんな都合のいい解釈はいりません。響ちゃん、お姉ちゃんの事、嫌いになった?」
今度は拗ねたように表情を変える。
子供みたいな素直さ……いい意味でも、悪い意味でも彼女は子供だ。
純粋って言えばいいんだろうか。
夕焼けの緋色がお姉ちゃんの悲しげな表情を照らす。
「僕は真綾お姉ちゃんを嫌いになんてならないよ」
「だったら、私の事をもっと大事にしてよ!」
「真綾お姉ちゃん。僕たちは姉弟だよね。学校ではそれぞれの立場がある。分かるだろ」
「分かってる……これは私の我が侭だって事くらい」
ぎゅぅっと僕の身体に腕を回して抱きしめてきた。
押しあてられる胸の感触に酔いしれる事もなく、僕は彼女に言った。
「今日はごめん。僕が悪かったよ」
「本当に反省してる?ひとりは寂しかったの。ひとりでふたり分のパンを食べる時ってものすごい寂しいんだからね」
「ごめんって。今度からは昼食前に連絡するから。ふたり分もパンを食べさせて、真綾お姉ちゃんを太らせるワケにもいかないし」
「もうっ、そう言う問題じゃないのにーっ」
いつもの感じに雰囲気が戻る、多分、彼女から戻ってくれたんだと思う。
「……もうすぐ夏休みだから、お姉ちゃんは心配なのです」
さりげない気配りというか、常に人に対して優しさがある人だ。
だからこそ、僕や他の生徒も彼女の事を好きなわけだし。
「ほら、夏は人を開放的にするじゃない?だからこそ、今が引き締め時だと思うの」
「意図する事はわかったけど、真綾お姉ちゃんにそこまで心配してもらう必要は……」
つまり、姉として弟には健全な道を歩んで欲しいわけだ。
……余計なお世話なんて言えば泣いてしまうのは間違いない。
『お姉ちゃんはもう用済みなのね……ひくっ……』
脳内シミュレートでもそれは確認済みだ。
僕を思ってくれるのはありがたいのだが……。
「真綾お姉ちゃんも、そろそろ、自分の好きな人とか作ればどう?」
「ふにゃっ。な、何を言うのよ?」
俺のその一言に彼女は顔を真っ赤にさせた。
……なぜ、そこで顔を赤らめるんだ、この人は?
「真綾お姉ちゃんにだって好きな人くらいいるんじゃないの?」
「……いるけれど。だからこそ、私は……ごにょごにょ」
照れた顔を見せて語尾を小さくする。
可愛いな、真綾お姉ちゃん……。
でも、やっぱり、好きな人がいるんだ。
誰だろう、この学園の誰か、それとも、地元の幼馴染や男友達か……?
僕が彼女の好きな相手を思考していると、意味深めいた発言をお姉ちゃんはした。
「やっぱり、こういうのはお姉ちゃんから先に言うべきよね。響ちゃん……」
「は……?」
抱きつかれたまま、上目遣いに潤んだ瞳で僕を見上げてくる。
「ええっ!?ちょ、ちょっと、真綾お姉ちゃん?」
「大丈夫、お姉ちゃんは響ちゃんの気持ちは分かってるから……んーっ」
何だかとんでもない事を言い出して、僕の方へとゆっくりと尖らせた唇を近づけてくる。
え、あの、これって一体どういう展開なんだ?
魅惑の唇が俺の方へ接近中。
だ、誰か僕のお姉ちゃんを止めてくれ!?