第3話:だって、可愛い弟のためだもん!
【SIDE:久谷真綾】
今日は日曜日、朝から響ちゃんとのデートに私は気分を盛り上げていた。
中学の頃は同じ家に住んでいたからそれなりにデートもしたけれど、高校に入って私が寮生活で離れてしまったから滅多に遊ぶこともできなかった。
響ちゃんが同じ全寮制の高校に入学してくれたからまたデートする事ができる。
「……あら?久谷さんお出かけですか?」
クラスメイトの子に声をかけられた私はいつものように答える。
「ええ。今日は大切な方と会う予定があるんです」
「大切……へぇ、久谷さんにもそう言う人がいるんですね」
「まぁ、私も女ですから」
大切な人=恋人という意味合いを含めたけれど、いいよね。
響ちゃんは私にとってそういう存在だから間違いじゃない。
「そうですか。デート、楽しんできてください」
私は軽く会釈をして彼女と別れる。
ふふっ、他人にそう言うことを言えると気分がいい。
私と響ちゃんの関係は学園では距離をとってることも多いので、あまり認知されているとは言いづらいし、下手に騒ぎになられても困るから。
それに……私も生徒会副会長という立場があるからしっかりしないといけない。
だからこそ、今日みたいな休日には思いっきり楽しむつもり。
私が待ち合わせ場所に指定した駅前には既に響ちゃんはいた。
「あっ、真綾お姉ちゃん」
「ごめん、待たせちゃった!?ごめんねぇ」
「謝る事ないよ、僕が少し早くきすぎただけだし。ほら、まだ約束の時間にもなってないだろう?だから、誰も悪くないんだって」
彼の言う通り、約束の時間までまだ15分はある。
私は気を取り直して彼に言う。
「えへへ、それじゃ今日は久しぶりのデートを楽しませて」
「そうだね。何だかんだで遊ぶのは久しぶりだもんなぁ」
彼が入学してからは忙しさもあって、中々時間も取れなかった。
響ちゃんも私とデートするのを楽しみにしてくれてたみたいでホッとする。
「……それじゃ、行こうか。真綾お姉ちゃん」
私の手を自然と繋いでくれる、こういうさり気なさは変わらない。
まずはふたりでウインドウショッピング。
繁華街は何でも揃うから見ているだけでも面白いんだ。
「ねぇ、響ちゃん。これなんか響ちゃんに似合わない?」
彼に似合いそうな服があったので薦めてみる。
響ちゃんは軽くその服を合わせてみると彼の雰囲気にぴったり。
やっぱり、響ちゃんはカッコいいなぁ、弟の魅力にますます惹かれてしまう。
「でも、これって意外と高いな。4000円か……」
「それくらい、お姉ちゃんが買ってあげるよ?」
「え?あ、でも、いいよ。そんなことまでしなくても、服くらい自分で買えるし」
お姉ちゃん思いだけじゃなく、謙虚さも持っている所が彼らしい。
それでも、プレゼントしたい気持ちがあった。
だって、久しぶりのデートだもんっ。
「響ちゃん、これは私からのプレゼント、どう?」
「プレゼントって誕生日でもないのに?」
「そういうんじゃなくたっていいじゃない。姉が弟に服を買うくらい問題ないでしょ」
私のプレゼントなんていらないのかなぁって思った。
最近の響ちゃんは昔と違って素直に私に甘えてくれない。
むしろ、私が彼に甘えてる事が多いからかもしれないけどね。
弟に甘えてもらいたいのは姉としての本音だったりする。
「分かったよ。その代わり、僕からも何か真綾お姉ちゃんにプレゼントさせて」
「……うんっ」
響ちゃんは本当に優しいなぁ……。
こんな可愛い弟とデートできるお姉ちゃんは幸せものです。
響ちゃんに服をプレゼントした後は彼が私の服を買ってくれる事になった。
別のお店の試着室で彼の選んでくれた服を着る。
夏用の服だから少し露出が多い、私はあまりそういうのは着ないから新鮮に思える。
鏡に映る私は自分じゃないみたいにも思えたんだ。
「ど、どうかな?響ちゃん、似合うと思う?」
私は緊張して彼の前に姿をさらす。
スタイルにはそれなりに自信はあるけれど、響ちゃんに喜んでもらえないと意味がない。
私の服装に彼は最初は驚いた顔を見せる。
「あんまり露出の多い服って着ないから」
「そう言う感じの服をきた真綾お姉ちゃんってはじめてみるけどいいね」
「ホント!?……あはは、そう言ってもらえると素直に嬉しい」
「ただ、露出が多いっていうか、胸を強調しすぎて、僕には刺激が強いかも。でも、ホントに可愛くて似合ってる。真綾お姉ちゃんは自分で着てみてどう?」
「……こういうのもいいかなって」
何事もチャレンジは必要だし、何より弟のプレゼントなら断る事なんてない。
恥ずかしくても響ちゃんに可愛いって言われると嬉しいもの。
私はその服をプレゼントされて、至福のひと時を過ごしていた。
「このパフェは甘くて、美味しい!」
「そう。喜んでくれると紹介したかいがあるよ。前に友達と来たお店なんだ」
彼と立ち寄ったのは明るい雰囲気のカフェ。
美鳥と遊びに来たときにもこういう場所に行くけれど、男の子と入ると何だか本当にデートしてる気分になれる。
「……真綾お姉ちゃん、口元にクリームがついてるよ」
「え、どこについてる?」
「ここだよ。待って、僕が拭いてあげるから」
彼はウェットティッシュで私の口を拭いてくれた。
きゃーっ、何なの、このシチュエーション!?
いつもと逆バージョンでこんなにもドキドキするなんて、心臓が破裂しそう。
萌えちゃうわ……いけない、お姉ちゃんは感動のあまり倒れちゃうかも。
「ふふっ、何だかいつもと逆だよね。僕もお姉ちゃんの世話をするのは楽しいよ」
「響ちゃん……大好き」
いい雰囲気過ぎて私は超がつくくらいに浮かれてしまっていた。
ああ、これってもうカップルと同じじゃない?
も、もうっ、姉弟です、なんて周りの誰も信じてくれないよ。
幸福に浸る私はそのままの勢いで彼に言ってしまったんだ。
「私たち、まるで恋人みたいじゃない?」
その瞬間、ふっと響ちゃんの顔色に陰りが見えた。
それは一瞬の事で、すぐに笑顔が私に向けられる。
「そうみえるかな?僕は……まだ姉弟に見えると思うけどな」
その時、ズキンって胸が小さく痛んだの。
嬉しくて、高ぶっていた気持ちがあるのに。
小さなトゲが指に刺さるように……ズキンっ、ズキンって痛かったんだ。
「真綾お姉ちゃん?」
響ちゃんが黙ってしまった私を心配して声をかけてくれる。
「……響ちゃん」
私は彼の顔をゆっくりと眺めた。
整った顔つき、カッコよくていつ見ても見惚れる。
それでも、今日の彼はどこか無理をしているようにも見えた。
……もしかして、そんな顔をさせたのは私?
「お姉ちゃんとデートするの、つまらない……?」
口から出た言葉に私はどこか寂しさを感じた。
私だけが舞い上がってるんじゃないか、そう感じたから。
「そんな事ないよ。そんな事があるわけないじゃないか」
否定する彼に安心する自分。
響ちゃん、でもね、私の目には楽しそうに見えないんだ。
それにさっきから携帯電話ばかり気にしているようにも見えるし。
「……響ちゃん。このお店、出ようか」
「いいけど。次はどこに行くんだ?」
「響ちゃんが行きたいって思える場所。私だけじゃなくて、楽しんで欲しいもん」
それから先は響ちゃんも楽しんでもらえるようにした。
私はすぐに周りが見えなくなるタイプだから、彼のこともよく見てないと。
ひとりだけで楽しんでも意味がないから。
「……別に真綾お姉ちゃんと一緒にいて楽しめてないわけじゃないから。すごく楽しいよ、真綾お姉ちゃんって傍にいるだけで楽しいからね」
私の欲しい言葉を欲しい時に言ってくれる響ちゃん。
でも、喜びもつかの間、更なる問題が私たちに起きるのです。
しばらくすると響ちゃんの携帯電話に電話がかかってきた。
「はい。分かってるよ、時間には行くつもり。……え?今?」
微かに向こうの声が聞こえた、電話の相手は女の子みたいだ。
この間の女の子かな、それとも別の女の子からかも。
うぅ……響ちゃん、モテるから困るよぅ。
「……ごめん、真綾お姉ちゃん。今日、これから用事が出来たんだ」
「そうなの?それじゃ、しょうがないね」
「本当にごめん。この埋め合わせはまた……」
「別に気にしなくていいよ。今日はたくさん遊んでもらったから」
響ちゃんが申し訳なさそうに言うから、こちらもシュンっとしてしまう。
……その用事ってさっきの女の子からだよね?
「ホントに悪い。でも、また今度、遊びに行こうよ。それじゃ、僕はここで」
「うん。あ、荷物は持って帰ってあげる。あとで取りに来て」
「……ありがとう、真綾お姉ちゃん」
彼の荷物を預かって私は彼を見送りする。
繁華街で彼の姿が見える間にこっそりと彼の後を追うことにした。
姉としてどうよ、というツッコミはなしでお願いします。
だって、さっきの女の子の事が気になるんだもん!
これは弟を心配する姉としての義務、決して疚しい気持ちなんてないんだから。
「でも……何か複雑な気持ちがするよ」
いけない事だって分かってるんだ。
弟にだってそれなりの人付き合いくらいあるだろうし。
それでも響ちゃんの事は何でも知りたいという好奇心には勝てなかった。
彼が向かったのはなぜか私達の通っている学園。
休日でも部活をしている生徒は何人もいる。
「どうして学校に?先生に用事でもあるのかな?」
彼はそのまま早足で校舎へと入ってしまう。
「この方向だと……中庭?」
どうして休日の校舎なんかに入るんだろう。
疑問しか浮かばないので私も彼の後をついていく。
中庭に入るとベンチに座る女の子の姿が見えた。
私の知らない女の子だけど、クラスメイトかな?
「久谷君……来てくれたんだ」
「こんにちは、岸川さん。予定より早めに来て欲しいってどうしたの?……確か4時に待ち合わせじゃなかったっけ?」
「うん。こちらから時間設定してたのに早めたりしてごめんね。もしかして、何か用事とかあったのかな?」
「……少しね。まぁ、いいや。それで僕に何か用なのかな?」
元々、響ちゃんと会う予定があったみたい……。
あぁ、何だか見ちゃいけない気がしてきたよ。
これはお姉ちゃんとしても弟のプライバシーに踏み込んでしまう気がして気が引ける。
でも、気になるから目を離せない。
距離をとりながら気づかれないように二人を見つめる。
「あの……久谷君。今日呼んだのは理由があるからなの。聞いてるくれる?」
「……はい」
「えっと……私と付き合ってください」
私は「ええっ!?」と思わず口から出そうになった言葉を押さえ込む。
何となく雰囲気から察したけど、本当に告白なんて……。
私の響ちゃんになんていう事を……あれ?
彼の様子が気になるけれど、くすっと彼は微笑さえ浮かべていた。
ま、まさか……その子の告白受けちゃうとかそんなわけないよね?
響ちゃん、早まっちゃダメーっ!
真っ赤な夕陽が綺麗な空の下で告白……なんて言ってる場合じゃないよ。
うわぁーん、一体、どうなっちゃうの?