番外編3:姉弟のいとしき歳月《後編》
【SIDE:久谷響】
「今年もお終い。あと数分で新年だね」
大晦日、年越しのそばも食べ終えて僕達は新年が来るのを待っていた。
盗撮疑惑は無事に解決し、データも消去を確認した。
のぼせていた真綾お姉ちゃんも何とか復活して、リビングで眠そうな目を擦りながら、テレビを見ている。
僕も同じようにカウントダウンを始める番組を見ているのだが、双葉の姿がない。
「なぁ、真綾お姉ちゃん。双葉の奴はどうしたんだ?」
「分かんない。何かパソコンがどうのこうのって……ふにゅ」
やばい、お姉ちゃんが眠そうだ。
このままでは先ほどのお約束すら忘れておやすみしてしまいそう。
僕はこれからのお楽しみのために真綾お姉ちゃんにココアを入れてあげる事にする。
「これでも飲んで。寝ちゃダメだから」
「ひゃんっ。くすぐったいよぉ、響ちゃん」
僕が頬にキスをすると彼女はくすぐったそうに可愛らしい声をあげる。
「あ、ココアだ。美味しそうな匂い。いただきます」
コーヒーを飲めない彼女のためのチョイス、これで時間稼ぎはできるであろう。
……それより、アイツはどこに消えたんだ?
怪しい行動が気になるので僕は別荘内を探して見る事にした。
パソコンというキーワードで部屋を探すと双葉は自分の部屋にいた。
なぜかベッドの奥にもぐりこんでいる。
「何をしている、双葉。今度は盗撮と盗聴の準備か?」
「は?何を言ってるの。ワケわかんないし。私はこのベッドの奥に入っちゃったUSBメモリを取ろうとしているの。さっき整理していたら落として変な所に入ったのよ。んー、届かない」
「どけよ。お前の身長じゃ無理だ。僕が取ってやる」
彼女をベッドの下から引っ張り出すと代わりに僕が手を伸ばす。
「綺麗に掃除してあるんだな」
「当たり前じゃない。別荘を使う前に業者入れて全室を掃除させているんだから」
ベッドの付近に埃はないようだ、汚す心配もなくもぐりこめた。
奥の方にあった目的のUSBメモリを取ってやる。
「ほら、これでいいのか?」
「サンキュー。それにしても、響もいつのまにか身長も伸びて男の子になったわね」
マジマジと僕を見つめる双葉。
真綾お姉ちゃん同様に僕は彼女とも付き合いが長い。
「……アンタって今、身長どれくらいよ?」
「170センチ後半。まだ伸びるぞ、きっと」
「はぁ。成長期って怖いわ。まだ伸び続けてるの」
身長の意味で言えば双葉も決して女性として低い方ではない。
スタイルもそれなりにいいし、顔つきも美人でこれで性格よければよかったのにな。
双葉はベッドの上に座ると過去を懐かしむように話す。
広いベッドに違和感、そうか、これはツインベッドか。
「……なぜツインベッド?僕の部屋はシングルだったんだが」
「この部屋が私と真綾の愛の空間だからに決まってるじゃない。そんな事はどうでもいいの。響もホントに男になったわね。昔はちっちゃくて可愛かったのに、残念」
「いつの話をしている」
「昔の話よ。生意気なのは相変わらずだけど」
彼女はにやっと嫌な笑みを見せつけてくる。
「そういえば、アンタ、真綾との初体験未遂だったんだって」
「……さぁ、何の話やら僕には分からないな」
おいおい、真綾お姉ちゃんが話したのか?
恥ずかしいのでその話は他言無用にして欲しいと言っていたのに。
「で、今日はそのリベンジ、と。そう上手くと思わないほうがいいわよ」
「それは双葉が邪魔をしてやるという宣言か?」
彼女の微笑には何かの企みがある事が多い。
今度は何をするつもりだろうか。
「いえ、私は別に何もしないわ。真綾がそれを望むなら反対しない。私は常に真綾の味方、それに恋人のふたりがするべきことに私が介入するはずないでしょ」
「今日の隠しカメラの話はすでにお前の頭の中から消去されているのか」
僕を落としいれようとした張本人からの台詞とは思えないな。
「というか、何もしなくても大丈夫」
「どういう意味だ?」
「……答えはリビングにいけば分かるわよ」
僕は双葉と雑談していて油断をしていた。
しまった、今頃すでに……!?
慌ててリビングに戻ると、テレビの画面は新年のカウントダウン、残り9秒。
そして、真綾お姉ちゃんは――。
「すぅ……」
「手遅れだったか。ココア効果ゼロとは……」
お姉ちゃんはぐっすりと夢の中にいるようです。
あれだけ期待させておいてこれですか、ガクッ……。
「そんなもので、毎日夜の10時には寝ちゃう真綾の睡眠を妨げるわけないでしょ。はい、あけましておめでとう。今年もよろしくね、響。いつも可愛い真綾に振り回されて残念ね?」
勝利宣言とばかりに新年から笑顔の双葉。
僕はがっくりと肩を落として、「おめでとう」と挨拶を返す。
新年早々、今年も大変な予感がする。
「しょげていないで、真綾を連れて行くのを手伝って」
……心地よさそうな姉の寝顔だけが僕の癒しだ。
「これが真綾お姉ちゃんか」
仕方ない、いつ来るか分からない次の機会を待つとしよう。
じっくり焦らず行くのが一番だ。
僕は真綾お姉ちゃんを抱えて彼女の部屋のベッドに寝かせる。
「おやすみ、真綾。いい初夢をみてね」
双葉はそう言うと「響、少し私に付き合いなさい」と部屋を出る。
再びリビングに戻ると彼女はキッチンの備え付けの冷蔵庫からジュースを取り出す。
「響はオレンジジュースでいい?」
「あぁ。何かこういう番組を見ていると新年だなって思えるな」
新たな年の始まり、僕は別に眠気もなくそのままテレビを眺めていた。
「普段のアンタが買えないお値段のジュースなんだから味わって飲みなさいよ」
有名食品メーカーのご令嬢だけあって、毎回、食べ物に関しては金をかけている。
この高級オレンジジュースも普段の何倍も値段がするんだろう。
「相変わらずのお嬢様ぶりだな」
「そのお嬢様である事に苦労もある。まぁ、再来年の今頃は私も結婚してるし。色んな事を楽しめるのは今だけよ」
「……決まりそうなのか、例の婚約者候補と?」
「そう。私も彼の事を気に入ってるわ。だから、アンタは真綾を幸せにしてくれれば私としては安心なのよ。響、私はアンタの事を信じているわ」
それは幼馴染のお姉さんとしての双葉の姿。
「響は真綾を愛して大切にしてくれるって」
「双葉の口から出る台詞とは思えないな」
「あら、これでも私は響の事も大好きなのよ。真綾が好きなものは私も大好きなの」
双葉のいつもと違う微笑にドキッとさせられる。
こいつが僕を好きなんて冗談でも言わないと思っていた。
愛されてるね、いや、何て言えば分からないや……調子狂うぞ。
「……ふふっ、弟としてだけじゃなく、男としても頑張りなさい」
彼女も彼女なりに僕と真綾お姉ちゃんの事を心配してくれていたらしい。
分かってはいたが、双葉は素直じゃないな……。
その後、双葉はいきなり僕に部屋を変えてあげると言って、僕は真綾お姉ちゃんの眠る寝室へと向かう。
「あっ、響ちゃんだぁ。双葉はどうしたの?」
「ま、真綾お姉ちゃん!?寝ていたんじゃないの?」
いつのまにか目を覚ましていたお姉ちゃん。
とはいえ、瞳は眠そうなままで、ただ目覚めただけのようだ。
僕の顔を見て彼女は申し訳なさそうに言う。
「……ごめん、響ちゃん。今日は無理そう。ふわぁ」
「いいよ。いつだって機会はあるから、無理はしないで」
男としても非常に残念だが、好きなので我慢する。
今日は一緒に寝られるだけでもいいさ。
僕は彼女の横に寝そべるように布団に入る。
「大好きだよ、響ちゃん」
僕に抱きついてくる真綾お姉ちゃん。
所々に当たる柔らかな感触が……あぁ、本当に生殺しですね。
「キスしてもいい、真綾お姉ちゃん?」
「キスだけなら、んーっ」
軽く唇を触れ合わせてるだけのキス。
「そうだ、もう新年でしょ?あけましておめでとう。だよね?」
「うん。おめでとう。今年はいい年になるといいな。初詣とかどうしようか」
「今日は帰り際に双葉が大きな神社によって行こうって」
「……またヘリコプター、か。落とされないように注意しなくては」
新しい年になって何かがすぐに変わるわけじゃない。
でも、気持ちを切り替える事で去年以上に何かをしたいと思う。
「今年もいい事がたくさんあるといいね」
「うん。真綾お姉ちゃんに幸せを与える存在に僕はなりたい」
「すでになってるよ。私の幸せは……響ちゃんと一緒にいる事だから」
ゆっくりと瞳を閉じて眠ろうとする真綾お姉ちゃん。
この人を守りたい、これから先、幸せにしたいと本気で思っている。
「いい初夢が見られるといいな」
僕は布団の中で真綾お姉ちゃんの手を握り締める。
「きっと見られるよ。おやすみなさい、響ちゃん」
僕ら姉弟が愛を貫くためにはまだまだ困難はあるけれど、僕は彼女を守る。
……あっ、ちょっと、真綾お姉ちゃん、そんな所は触らないで欲しいんだけど、そ、そこはマジで勘弁して!?
天然なお姉ちゃんは無意識ながら僕をいろいろと困らせてくれるわけで。
僕 がその夜、ほとんど眠れなかったのはまた別のお話。
【 THE END 】
僕の姉はブラコンです。真綾は本当に皆に愛されて育った娘です。だから、他の人にはない優しさを持っている。愛されるからこそ、人は本当に優しくなれるのかも。弟大好きなんで、全てを捧げちゃうって感じは書いていても微笑ましかったですね。響は他人に興味なんてない冷めた人間でした。それを真綾との出会いが変えていく。そんな感じなので、真綾を好きになるのも当たり前で。後半になればまさにシスコン属性が加わっていました。恋すると男は変わる?