番外編1:姉弟のいとしき歳月《前編》
【SIDE:久谷響】
僕と真綾さん、いや、真綾お姉ちゃんが恋人になって数ヶ月が過ぎた。
当初、僕としては姉弟としてではないという事で、けじめの意味もあったんだけど、本人が「お姉ちゃんって呼んでくれないと嫌だ」とまた呼び名を戻す事になった。
本人が呼ばれたい名前で呼んであげるのが僕の希望でもある。
まぁ、そんな事はありつつも僕と彼女の関係はすこぶる順調だった。
「響ちゃん、年末の予定ってある?」
12月後半、僕達が再び学園の寮から実家に戻ってきたその日の夜。
僕の部屋を訪れた真綾お姉ちゃんにそう尋ねられた。
「予定?ないけど、どこかに遊びにでも行こうか?」
「……えっとね、ないなら私と一緒に旅行に出かけない?」
「旅行って、僕と一緒でいいの?」
「うん。当たり前じゃない、私は響ちゃんと一緒に行きたいの。ほら、夏休みはいろいろとあって花火大会以外でおでかけもできなかったし」
僕と真綾お姉ちゃんを結びつけたあの花火大会。
すっかり、親にも認められて僕らは幸せな日々を送っている。
「そう言うことなら出かけようよ。どこに行くとか予定は立てているの?」
「任せておいて。響ちゃんは1泊2日の旅行準備だけしてくれればいいの。予定日は大晦日から新年にかけてね。楽しみにしてるから」
後になって思えば、気にすべき点は何箇所かあったのだ。
僕は何も考えずに旅行の準備だけをして、これから待つあの出来事を知らなかった。
12月31日、大晦日。
今年も終わりだ、いい年だったな、来年はどうしようか。
そんな風に考えるのが毎年な僕だが、今日はそれ所ではなかった。
肌を貫くような寒さ、そして、一面銀世界と呼べる白い雪に包まれた光景。
真下に見える光景に僕はのんびりと綺麗だなんて言える状況ではない。
「ちょっと待て、これは冗談抜きにマズイ」
「ふふっ、私に逆らうなんてバカな真似をしなければこんな目にあわずにすんだのに」
地上からはるか上空に離れた空を飛ぶヘリコプター。
僕はそのはるか上空の彼方から我が天敵、双葉に突き落とされようとしていた。
さすがにスカイダイビングはしたくねぇ。
「……私に一言、ごめんなさいと頭を下げたら許してあげるわ」
「だ、誰が言うモノか……お前にだけは……うぉおっ!?」
「そう、それじゃバイバイ。ここから森の中に落ちたら間違いなく野生動物のエサよ」
「その前に普通に死ぬわっ」
情け容赦ない声に僕は屈する事はできずに抵抗する。
ヘリコプターのプロペラのうるさい音だけが耳に残る、やめてくれ。
くっ、真下に広がる高所からの眺めに足がすくむのがカッコ悪い。
「ダメ~っ。響ちゃんをいじめないでよ、双葉!」
「だって、このバカ弟が私と真綾のラブリー旅行を邪魔するんだもの」
「うぅ、またそういう事言って……。響ちゃん、大丈夫?」
真綾お姉ちゃんに救われて僕は命の危機を脱した。
どうして僕らがヘリコプターなどに乗ってるかというと、今回の旅行の提案者が双葉だったからに他ならない。
僕はお姉ちゃんとのんびりとした旅行を期待していたのに、なぜにコイツに邪魔されなければいけない。
というか、2人っきりの旅行だと思っていたのが間違いだった。
「……いい、響?アンタは私と真綾の旅行におまけとして連れてきただけよ。その辺、この私に感謝して欲しいわね。今回の旅行は私の別荘よ。文句ひとつでも言えば外に放り出してあげるから」
「こいつ、ホントに嫌な奴だ……」
僕は嘆きつつ、今回の旅行について整理することにした。
目的地は双葉の家が所有する別荘地。
雪に覆われたその場所で新年を過ごす事になりそうだ。
真綾お姉ちゃんに確認しなかった僕も悪いけど、当然、二人だと期待してたわけで。
その事を双葉に言ったら僕はヘリコプターから強制的に降ろされそうになったのだ。
こいつなら本気でしかねないのでそれ以上は大人しくする事にした。
無事に双葉の別荘にたどり着いた僕らはその大きな洋風の屋敷に驚く。
彼女の実家はそれなりに金持ちだと知ってはいたが、これほどの別荘を持ってるなんて。
「中にはいりましょう。すでに準備はしてくれているはずだから」
「準備って、他に誰もいないのか?」
「食事は私と真綾で作るし、問題なし。細かい備品も買ってきてくれているはずよ」
下準備はすでにさせてあるという事らしいが、これだけ大きな屋敷に3人だけというのも、なんだか不安だ。
「何かあったらどうするつもりだ?ここって結構、街から離れているんだろう」
「細かい事は気にしない。少なくとも1週間は暮らせる設備と準備はしているもの」
ここは双葉を信頼するしかあるまい。
外見だけでなく中も洋風な綺麗な内装をしている。
「……何でお前と真綾お姉ちゃんがふたりでひとつの部屋に?」
「当たり前じゃん。オオカミさんがそこにいるもの。ホントなら犬小屋でもいいわよ」
僕に与えられた部屋は2人の部屋から離れた場所にある。
ホントのオオカミはお前だろう、と声を大にして言いたかった。
ちなみに今、真綾お姉ちゃんは自室で着替え中だ。
「なぁ、双葉。お姉ちゃんがいないから言うけど、何でここに僕までつれてきた?今までのお前なら平気でふたりで行くはずだろう?」
「それが真綾の希望だからよ。初めからアンタ込みで今回の予定は立てていたの。さすがにこの別荘でか弱い女の子ふたりっきりだとぶっそうだし」
「……か弱いのは真綾お姉ちゃんだけだと思うぞ」
少なくても暴漢相手に屈する双葉ではない。
「何よ、文句あるの?せっかく、私がアンタも誘ってあげたのに」
「そこは感謝するが……」
「響と真綾が恋人になったこと、私なりに認めてあげている。今回もそうよ。思い出作りのための旅行。……いつまでも一緒にいられるわけじゃないのだから」
意味深に真顔で言う双葉。
あまりにもしんみりというものだから、僕は反応するのが遅れる。
「おい、待て。どういう意味だ、それは?誰があと少しだけだって?」
「あら?私と真綾が結ばれるのは決められた運命なの。所詮、アンタは私と真綾にとっての通過点に過ぎないのよ」
「……ずっと一緒にいるのは僕だ!ったく、ホントに油断できないな」
今でも真綾お姉ちゃんの事を彼女は諦めていないようだ。
それは友人としてなのか、それ以上の気持ちも込みなのか分からなくなってきた。
「お待たせ~。ねぇ、ふたりとも外に行って遊ばない?」
防寒着を身にまとった真綾お姉ちゃん、フード付きのコート姿は可愛らしい。
外に積もった雪を楽しそうに見つめていた。
「分かったわ、真綾。ほら、アンタもさっさと準備しなさい」
「了解。少しだけ待っていてくれ」
服を厚着して、待ち合わせの玄関に向かうとふたりはすでに外で遊んでいた。
「雪がこんなに積もってる場所に来るの初めてなんだ」
真綾お姉ちゃんと双葉は仲よさそうに雪遊び、僕はそれを見つめる。
昔から姉妹のようなふたりだった、ああいう関係を羨ましく思える。
と、そんな僕の頭に雪の塊が直撃した。
「……冷たいな、おいっ!?」
思わず怒鳴ると僕に雪だまを投げてきたのは真綾お姉ちゃんだった。
僕は冷たい雪を振り払いながら彼女達のほうへと歩く。
「あははっ。響ちゃんも遊ぼうよ。そんな風にじっとしてもつまんないよ?」
「こういう時は童心に返るなりして、楽しみなさい。あっ、でも、子供の頃の響ってホントにクールすぎてつまらなかったわよね。ああいう態度の悪い子供って絶対に友達いなかったはずよ」
「うっさいぞ、双葉。お前も似たようなものだろう」
屋敷の周囲の森に降り積もる雪、僕達は子供に戻ったように雪と戯れる事にする。
真綾お姉ちゃんが雪だるまを作り出す。
子供の頃、僕はこういう子供らしい遊びをしてこなかった。
昔の僕は本当に冷めた人間だったんだ。
真綾お姉ちゃんがそんな僕をいい方向へと変えてくれたんだ。
「いい、真綾。雪だるまっていうのはこういう風に雪を大きくしていくのよ」
「へぇ。小さいのから大きくしていくんだ」
真綾お姉ちゃんが雪だるまを作る姿を見守る。
可愛らしく笑う彼女、子供の頃を思い出してしまう。
『響ちゃん~っ、雪だよ、雪っ!』
都会で珍しく積もる程度の雪が降ったことがあった。
家の庭に積もった雪で小さな雪だるまを作る姉を僕はただ見つめるだけ。
『ねぇ、一緒につくろうよ?ダメ?』
『僕はいいよ。お姉ちゃんを見てるだけでいい』
『何で?一緒に楽しんだらもっと楽しいじゃない』
そうだ、あの頃の僕はそれでも嫌がって何もしなかった。
少しでも手伝ったりすれば想い出になったはずなのに。
「……どうしたの、響ちゃん?」
「僕も手伝ってもいいかな?」
「もちろん。それじゃ頭の部分をお願いしてもいい?胴体は私と双葉が作るから」
白く冷たい雪をまとめていく、そんな単純作業も新鮮に思える。
「いやだぁ、冷たいじゃない。もうっ、双葉」
「だって、寒くなったから人肌恋しくなったんだもん」
見てるこちらが恥ずかしくなるくらいに真綾姉ちゃんが双葉に抱きしめられる。
「やぁ~ん、真綾。今日も可愛いわ。私の真綾~っ」
「双葉ぁ、そういうの恥ずかしいよぅ」
「やっぱり、抱き心地のよさは真綾が1番ねぇ」
美少女2人の抱擁、いけない意味での甘い雰囲気。
ぶち壊したいが、ここで双葉の機嫌を損ねて別荘を追い出されるのも嫌だ。
仕方なく僕はその百合色の世界を傍観しながら、雪だるまを作っていた。
何とか完成した雪だるまを別荘の玄関前に設置し終えた頃、辺りはすっかりと夕暮れに近づく時間帯だった。
真綾お姉ちゃんと双葉が食事作りを始めている間に僕は風呂の掃除を頼まれていた。
ゴシゴシと床をモップで擦りながら疑問を口にする。
「……なぜ、洋風屋敷なのにお風呂は和風の露天風呂なんだろう」
まさに和の温もりを感じる露天風呂。
だが、和と洋のミスマッチさに疑問を感じながら風呂を準備する。
しかも、お湯には本物の温泉を引いてきているらしい。
金持ちって金の使い方がすごいんだな。
別荘と言うより本当にホテルみたいなものだし、これで年に数回しか使わないのはもったいない。
綺麗な星と雪、夜景を見上げながら入る温泉は格別に違いない。
「さっさと掃除を終えるとしよう」
あとの温泉が楽しみだ。
できれば、真綾お姉ちゃんとの混浴を熱望したい。
……ダメだと思うな、双葉がいるからさ。
お風呂場を綺麗に掃除し終えた俺がふと空を見上げたら、雪が降り始めていた。
「さぁて、そろそろ戻るとしますか」
一通りの準備を終えた僕は戻ろうとしていた。
だが、ふと、キラッと光るものに気づいてしまった。
ん、何だろう、何か光ったのか?
「まぁ、いいや。さっさと戻るとしよう」
その時の僕はそれを詳しく確認せずに戻ってしまう。
それが後に僕を苦しめるものになるとは思いもしなかったのだ。