エピローグ:姉弟の果たされた約束
【SIDE:久谷真綾】
ついに私と響ちゃんは恋人になりました、えへっ。
恋人だよ、こ・い・び・と(はぁと)。
想像するだけでしかなかった恋人と言う関係。
姉弟だったのは過去、今はもう私は“お姉ちゃん”だけじゃない。
ひとりの女の子として響ちゃんに見てもらえるんだ。
手にした喜びは私の心を満たしてくれる。
「……幸せそうな顔をしてるわね、真綾」
「そう?そーんな顔してないけど」
「溶けたアイスのような顔をしてるくせに」
私は双葉を前にしてにやけてしまう。
今日は彼女に私と響ちゃんの交際した事を伝えたんだ。
「……私は真綾が幸せならそれでいい。確かにそう言ったけれど、何か悔しい」
嫌そうな顔をしても、私たちを祝福してくれた。
やっぱり、誰かに認められるって嬉しいよ。
自分達だけじゃない、他人に認められて初めて恋人って感じになれた気がするから。
「双葉にはいろいろと心配してもらったよね、ありがとう」
「それよりも、問題はこれからでしょう?どうするの?両親には言うつもり?」
「……うん、そうじゃないとこれから先も私達は前に進んで行けないから。両親には隠さない、ちゃんと話すつもりなんだ」
大事な人に認められないとどうにもならない。
私は響ちゃんと本当に幸せになりたい。
その前にはとても大きな壁がそびえたっている。
「傷つかないで……私は真綾のそんな所はみたくないから」
「大丈夫。響ちゃんも覚悟を決めてくれているし、私も両親を信じているから」
今の私に出来るのは大切な人を信じて、祈るだけ。
双葉が心配そうな表情を見せ、私の手を握り締めた。
そして、彼女は私に優しい声で言ったんだ。
「もしも……響がダメだったら、私が真綾を幸せにするからね。安心してよ」
「うぅ、そっちの心配はして欲しくないよぅ」
幼馴染にも愛されてるみたい、私は笑いながら答えたんだ。
この試練を乗り越えて初めて私達は幸せになる権利を得られる。
そして、私は手にいれてみせるの……理想としていた家族の形を。
数時間後、リビングには私の両親と響ちゃんが真面目な顔をして対面していた。
『真綾お姉ちゃんは何も言わないで欲しいんだ。僕がふたりに説明して認めてもらう』
事前に私にそう告げていたので私は何も言わずに黙っていることにした。
響ちゃんの男としての覚悟を邪魔しちゃいけない。
「……それで話っていうのは何かしら?」
ママが興味なさげに響ちゃんに言葉をかける。
両親と響ちゃんは昔から仲がよくないからとても心配だ。
それでも彼はふたりにはっきりとした声で語る。
「僕には好きな人ができたんだ。とても大切な人で、これからもずっと守りたいと思う存在だ。……その人と将来的には結婚したいとも思っている」
「結婚だと?響、お前は自分が何を言ってるのか理解しているんだろうな?」
「将来的にだよ、父さん。今はまだ学生だし、お互いに普通に付き合っていきたい」
「……それで、私たちに何の報告をしてるの?別に貴方が誰と結婚しようが私達にとっては何でもないの。それとも、報告しなくちゃいけない相手というの?」
今までにないほどの真剣な雰囲気、ママの視線が私に向けられる。
「あぁ。僕が好きなのは真綾さんだ。僕らは今、恋人として付き合っている」
その言葉を告げた瞬間にママとパパは顔色を変えて、
「ふざけているのかしら?貴方が真綾を幸せにできると言うつもり?」
「……お前たちは姉弟だ、そう言う関係になれない」
「だけど、僕らは義理の姉弟。結婚だってすることができるはずだよ」
両親のキツイ言葉にも負けない響ちゃんは言い返す。
「僕は本気なんだ。ふたりにはそれを認めて欲しい」
「大事な真綾を響になんて任せるわけにはいかないわ」
「母さん。僕はこれまでずっと、他人なんてどうでもいいと思っていた。そんな僕を変えてくれたのは真綾さんだ。それまで知らずにいた事を、大切なものだと教えてくれた。僕にとっても彼女は姉以上に大事な存在なんだよ」
響ちゃんの言葉はママには届かないのかな。
ずっといがみ合っているふたりが、仲良くできる日を望んでいるのに。
「響。お前がどれだけ本気だろうと現実を見てみろ。これから先、どうすれば彼女を幸せにする事が出来ると思うんだ!響にはできやしない!」
テーブルをドンっと強くパパは腕を叩きつけて響ちゃんを威圧する。
……皆が考えてくれているのは私の幸せ。
私は皆から愛されているから、ずっと幸せな日々を過ごせてきた。
皆が私を守って、支えて、愛してくれるから今の私はここにいる。
「……できやしない、なんて勝手に決め付けないでくれよ。未来なんて誰にも分からない。だから、僕にもチャンスが欲しい。チャンスもなくて、ただ諦めるなんてできるものか」
「人生はゲームじゃない。チャンスを与えて、真綾が不幸になった場合の責任をお前はとれるのか?……他人の痛みを感じ取れない、理解しようとしないお前に」
パパは響ちゃんを諭すように語り始める。
「お前の育て方を間違えていた反省はしている。真綾にばかり期待と愛情を込めて育ててきたから。だが、親としての責任は果たす。子供が間違えた方向に進むような事をみすみす、放ってなどおけない」
パパ達なりに響ちゃんを見てきたという事かもしれない。
ママもパパも、響ちゃんが嫌いというわけじゃなくて……。
それは掛け違えてしまったボタンに似ているんだ。
気づいたら直せばいいのに、間違えていたねって苦笑いして。
人間はそれを簡単にできない生き物なのかもしれない。
「今までの僕とは違う。僕は真綾さんのためなら自分すら変えて見せる。彼女の望みを、幸福を与えるために。口だけじゃ信じてもらえないだろうけど、僕はこれからの態度でそれを示していきたい。僕にだってあるんだよ、誰にも譲れない想いって奴がっ!」
響ちゃんが本音を両親に言うのはこれまでなかった事だった。
子供の時から感情を表に出さない子だったから余計にそう感じるのかもしれない。
しばらくの間、誰も会話をせずに重苦しい雰囲気だけが流れていく。
「……真綾はどう思っているの?本当に響を愛しているというのかしら?」
私をママは不安そうに見つめていた。
大好きな人たちには笑っていて、この幸せを共感して欲しいのに。
「大好きだよ、子供の頃から響ちゃんだけを見てきたの……。私にとって初めて、意識した男の子だもん。結婚っていうのは私が望んだことなの。ママやパパには不安や心配をたくさんかけると思う。それでも、私の望みは皆で仲良く笑顔で暮らしていきたい事なんだよっ」
大変だよ、子供達がそう言う関係なんだって告げられたらどんな親でも困惑する。
それを受け止めるには時間だってかかるのは普通なの。
だけど、私はあえて結果を求めたの、大事な家族の絆を信じたいから。
「だからね、私たちの関係を認めて欲しい。今すぐじゃなくてもいいから。時間をかけて話し合っていきたいな。私はパパもママも響ちゃんも大好きなの。家族が好きだから。好きな人達と幸せに生きていきたいって思うよ」
私の言葉を聞いた両親は真剣な表情を和らげていく。
両親に私の想いは通じるのか、そして彼らは1つの答えを出す。
「真綾……キミはなんていい娘なんだ。僕たちをこんなにも思ってくれているとは……」
「ホントに自慢の愛娘よね。こんなにもいい子に育ってくれてママも嬉しいわ!」
それまでのシリアスな雰囲気が一瞬で消えてしまうように、明るい声が響き渡る。
ふたりとも笑顔だった……つまり、それってっ!?
「……パパ、ママ。私と響ちゃんはお付き合いしてもいいの?」
「いいに決まっているだろう。子供がこんなにも親の事を考えて、それでも貫こうとする意思を誰が壊すものか。親というのは子供が本当に幸せになれる道を応援してやるもんだろう。真綾の気持ちは僕らに伝わったぞ」
「真綾ったらいつのまにか大人になって、娘の成長にママも感動しちゃった。……真綾の花嫁姿を見る日も近いわね。真綾がお嫁にいくのが寂しいと思っていたけれど、響と結婚するならずっとこの家にいるってことだもの。こんなに嬉しい事はないわよ」
ママたちが認めてくれてことが、私は嬉しくてふたりに抱きついてしまう。
「……ありがとう、ふたりとも大好きっ!」
ぎゅって抱き返してくれる両親の愛情をたっぷりと感じる。
「私も大好きよ、真綾。あぁ、早く貴方たちの子供が見たいわね」
「もうっ、ママったらぁ。まだ子供は早いよぅ。えへへっ。でも、いつかは……」
嬉しすぎて思わず涙がこぼれそうになる。
やっぱり家族っていいよね……私は本当に愛されているなぁ。
「……おかしい、何かがおかしいぞ、この家族。ていうか、僕の苦労はどこに……はぁ」
ただ、響ちゃんだけがぶつぶつと壁に向かって寂しそうに何かを囁いていた。
……ふにゃ?
夜になって、私の部屋で響ちゃんとふたりっきりでベッドに寝ている。
両親の喜びの顔を思い出す、あの後もどんな付き合いをしているのかとか色々と聞かれたけれど、特に反対はせずに私達の関係を見守ってくれるみたいだった。
「これで、本当に私と響ちゃんは恋人になれたんだね」
「そうですねー。……結局、真綾さんが全てを解決した感じだ。男として残念すぎる」
先ほどの事をまだ引きずっているのか、響ちゃんは拗ねている。
そういう所はまだ子供っぽいけど、拗ねてる顔も可愛いなぁ。
「それは違うよ。ふたりとも、響ちゃんの覚悟を知ったから認めてくれたの。そうじゃなければ、いくら私の頼みだからって許してはくれなかったと思う」
「……はじめから真綾さんが先に両親に付き合いたいって言ってれば、それで解決したと思うよ。ふたりとも真綾さんには甘いというか、昔から本当に娘を溺愛してるからさ」
「そ、そんなことないって……多分。とりあえず、両親の許可はもらえたんだから、ね?」
私には分かるよ、あの人たちの顔を見ていれば心の底から祝福してくれているんだって。
それはきっと成長した響ちゃんの事が影響しているのは間違いない。
私は響ちゃんに寄り添って、その腕の中に包まれていた。
「……ねぇ、響ちゃん。私がどうして結婚したいって言ったのか分かる?」
「もしかして……両親を含めた僕らを本物の家族にしたかったから?」
「うんっ。心のどこかで皆は壁を持ってるの。私はそれを取り払いたかったの」
義理なんて言葉はもういらない、私達は本当の家族になれる。
大好きな人達に愛されて、私の人生がこれからも続いていくために。
「ははっ、本当に敵わないよ。さすが僕の好きになった女の人だ」
彼は約束を守ってくれている、ずっと私の幸せを願ってくれていたから。
「私だって愛する響ちゃんを信じているよ。やる時はやる男の子だって」
そのまま「んーっ」と私は響ちゃんの唇を奪いながら微笑みを浮かべる。
私の弟とは世界で一番大切な存在なの。
お姉ちゃんを恋人にしてくれて、愛してくれる男の子、他にいないもんっ。
「……これからも私の幸せを願ってね。私も響ちゃんの幸せを願い続けるから」
これにて、本編は終了です。後日談の番外編が3話あります。