第16話:弟との花火の思い出
【SIDE:久谷真綾】
その思い出は体験するたびに大きさを増していく。
響ちゃんと過ごした夏の思い出。
1年、また1年と夏が来るたびに……。
私の中の思い出はこれからも、彼への思いと共に膨らんでいくんだろう。
けれど……いつまで、続けられるのか分からない。
姉離れされる辛さを知った、自分に耐えられないのも理解した。
それなのに、私は彼に告白する勇気もない。
姉じゃ我慢できないのに、それでも……響ちゃんに想いを伝えてしまうとダメじゃないかと思ったり、嫌われたりしないかが不安になる。
私達の世界が変わってしまうことが怖いんだ。
……変わる事を怖れて、私は前を踏み出せない。
私は弱いから、何かきっかけが欲しい。
弱気な自分を変えられたらいいのに。
そうすれば……大事な弟に、響ちゃんに好きだって言えるのに。
双葉の都合が悪くて、私と響ちゃんのふたりだけの旅行になった。
昼間は海で遊んで満喫していたんだけど……宿泊するホテルについて私達はある事態に直面していた。
花火大会が始まるまではふたりともくつろいでいた。
「まさか同じ部屋で、ベッドもひとつしかないなんて……」
「ごめんなさい。私も言うのをすっかり忘れたの」
忘れてたけど、本当は双葉と泊まるつもりだったから部屋もそれに合わせていたんだ。
「でも、この間も一緒に寝たし、問題はないよね?」
「ははは……真綾お姉ちゃんらしいや」
苦笑気味にそう応える響ちゃんはベッドに腰を下ろした。
この間、一緒に子供のようにふたりで寝たとき、私はすごく安心できた。
「そうだね。この間も一緒に寝たから、問題ないよ。……はぁ」
そう言って響ちゃんが溜息をついた。
ふにゃ……お疲れ気味なのかな?
花火が始まる時間帯になって、私達は浜辺を歩いていた。
暗い浜辺をライトが照らしていて、綺麗な光景が広がっている。
「真綾お姉ちゃん、浴衣持ってきていたんだ?」
響ちゃんが私の浴衣をジッと眺めていた。
花火大会と言えば浴衣だから用意していた。
響ちゃんは私服で私の横を歩いている。
「今年買ったばかりの浴衣、似合うかな?」
淡い青色に水玉の柄の入った浴衣。
本当なら双葉とお揃いの浴衣で歩くはずだったの。
「似合うけど……真綾お姉ちゃん、もう少し大人っぽくならない?」
「うぅっ、私が子供っぽいってこと?」
「あ、いや、そういう意味ではなくて……」
私が拗ねると彼は慌てて否定する。
私だって、大人の女性を目指しているのに。
親しい人以外の前では意識して、大人っぽく振る舞うのはその理由もある。
「お姉ちゃんが子供という意味じゃない。心配しなくても、身体は大人だし」
「響ちゃん、私の胸を見て言ったよね?」
「……さぁて、何か食べようか?」
彼はわざとらしくそう言って誤魔化してしまう。
弟が最近、何だかいやらしく成長した気がする。
お姉ちゃん、弟の育て方を間違えたかも。
「ほら、行くよ。真綾お姉ちゃん」
「あっ……待ってよ、響ちゃん」
響ちゃんの後を追いかけながら、私達は出店を見て回る。
人々の行きかう中で、迷子にならないように気をつけながら、
「一応、夕食は食べてきたけど、何か食べる?」
「うん。何にしようかな……」
花火の前にお祭りの雰囲気を楽しむ。
うーん、食べ物のいい匂いがする。
たこ焼き、綿あめ、リンゴ飴……食べたいモノがいっぱいある。
私がどれにしようか迷っていたら、響ちゃんがクスッと笑った。
「ふふっ、真綾お姉ちゃんって相変わらず優柔不断だよね」
「むぅ、響ちゃんの意地悪ぅ……」
「ははっ。ごめん、何だかお姉ちゃんが可愛くて、つい」
「ふにゃぁ……」
私は彼に耳元で囁かれて顔がにやけてしまう。
それってまるで好きな子をいじめてしまう男の子みたいじゃない。
私は浮かれた気分でいると、また彼に笑われてしまった……はぅ。
結局、たこ焼きとわた飴を買って食べる事にした。
響ちゃんと一緒に座ろうとすると、彼がハンカチを敷いてくれる。
「新しい浴衣を汚すのも悪いだろ」
そう言う、さり気ない優しさが心にグッと来る、響ちゃん大好き~。
海風が嫌な湿気を飛ばしてくれるので過ごしやすい。
「……いただきます」
ふたりでたこ焼きを食べてみる事にする。
こういう場所のたこ焼きは高いけど、お祭りの雰囲気を買ってるモノなんだって。
響ちゃんはそう言っていた、私もそう思うな。
「何でたこ焼きと綿あめの組み合わせ?」
「え?おかしいかな?」
「おかしくはないけど。お姉ちゃんって綿あめ好きだった?」
「リンゴ飴も好きだけど、綿あめも好き……あ、今、子供だなって思ったでしょ」
私の言葉に彼は首を横に振りながら、
「違うよ。そんな事は思ってない……。むしろ、真綾お姉ちゃんらしいなって」
「私らしい……?」
「今時珍しいくらいに純粋だから。その純粋さ、大切にして欲しい」
私、褒められているのかな……。
純粋ってそんなつもりはないんだけど、皆によく言われるんだよね。
やがて、時間が来て花火が打ちあがる。
「あ、花火だ。見てみて、響ちゃん」
「分かってるって。近くで見られるのはいいもんだな」
色鮮やかな光、私たちを照らす輝きに見入る。
「綺麗……。花火って全然飽きないよね」
「あぁ。子供の頃、打ちあがった花火がこっちに落ちてくるとか思っていた。綺麗だけど、怖いってイメージもあったから」
何か意外だった。
幼い響ちゃんはいつも冷静で、怖れるものなんて何もない風に見えたのに。
私、自分で思ってるよりも響ちゃんの事を分かっていなかったのかもしれない。
「真綾お姉ちゃん。僕はお姉ちゃんに感謝しているから……」
「……え?」
「今、僕の事を気にしているように見えたからさ。僕は昔から自分に素直になる事ができなかった。それを教えてくれたのはお姉ちゃんだよ」
花火を見上げながら私はそっと彼の腕を掴んだ。
そのまま私は彼によりそう形で身体を預ける。
拒まれるかなって一瞬、不安になるけど響ちゃんはそのまま受け入れてくれた。
「真綾お姉ちゃんの髪って綺麗だ。触ってもいい?」
「うぁっ……そんなに褒められると照れる。少しだけだよ」
私の髪を撫でられてくすぐったいのを我慢する。
「いい匂い……今日は香水変えた?いつものとは違う」
「……分かる?いつもと違って柑橘系のをつけているの」
「そうなんだ。とてもいい香りだね」
私の傍にいるのは義理だけど弟……。
だけど、私が幼い頃からずっと好きな男の子。
つい身体が火照り、緊張してしまう。
だって、私をこんなに間近で見つめられるんだもん。
「……あっ、大きな花火」
それまでと違い、青い大きな花火が打ちあがった。
大きな花火はそれだけ音も大きく反響する。
次は赤、黄、紫……次々と違う色の花が夜空に咲いていく。
花火って名前通り、色とりどりの花みたいで美しい。
海に反射して、花火がとても幻想的に見える。
一瞬の輝き、花火の壮大さに圧倒されていると、響ちゃんは私に囁いた。
「今日の夜、ホテルに帰ったら話があるんだ」
「私にお話?改まって、何なの?」
「大事な話があるんだよ、聞いてくれる?」
「もちろん。響ちゃんがそう言うならどんな話でも聞きたい」
うーん、お話って何だろう?
その時は特に深く考えずに私は頷く。
「ありがとう。あ、今度の花火は連発で来るぞ」
「きゃーっ。すっごく綺麗……」
私達はずっと花火を見続けて楽しんでいた。
姉弟ではなく、気持ち的には男女として。
だから、その“お話”が私達の関係を変える話になるなんて思いもしなかったんだ――。