第14話:姉よ、これは誤解だ!?
【SIDE:久谷響】
昔から僕と双葉は意見も合わず、口喧嘩することが多かった。
それを止めるのはいつも真綾お姉ちゃん。
だけど、真綾お姉ちゃんは気づいていないんだろうな。
僕らが口喧嘩するのは大概、お姉ちゃん絡みの事だということに。
双葉は真綾お姉ちゃんに対して恋、訂正、親愛の気持ちを抱いてるらしい。
僕も彼女には子供の頃から思慕していた。
どちらも譲れぬ想いがあって、意見が衝突し、相手を嫌いになるのは当たり前。
ただ、この嫌いな気持ちは、同じ相手を好きだという事で険悪ではない。
何度も、何度も繰り返されてきた日常の一部……それでも、今回の場合は別だった。
僕は真綾お姉ちゃんに対して明確な好きという気持ちに気づいてる。
双葉もそれを感じ取ったようで、今年の夏は特にお姉ちゃんと距離を縮めていた。
それが何だか悔しいような、複雑な感情さえも抱く。
「真綾お姉ちゃんと花火大会に行くのは最初から僕が決めていたことだ」
「でも、最初に誘ったのは私だし。あれでしょう、誘うのに勇気が必要だったとか?アンタ、高校になってから変わったわよね。昔は何でもかんでも『真綾お姉ちゃん~』って甘えていたのに……」
「大人になっただけだ。僕はいつまでも甘えてばかりいる子供じゃない」
そう、僕も彼女を支えられる人間になりたい。
ずっとこれまで僕は真綾お姉ちゃんだけを頼りに生きてきた。
両親に甘えることもなく、全ての愛は彼女のために捧げてきた。
「はっ、何をえらそうに。今も子供でしょう?それとも……姉に甘える弟以上の感情で真綾を見てるのに気づいたのかしら。分かってる?そのラインを踏んじゃいけない立場なのに。アンタは真綾の義弟なの。どうしても変えられない運命」
「運命……それがどうした。僕は変えて見せるさ。僕が弟である以上、彼女を幸せに出来ない?それは違う。僕はちゃんと現実に向き合い、全ての結末に責任を持つ……真綾お姉ちゃんを悲しませたりしない」
僕の瞳を双葉は真顔で見つめてくる。
「……だから、アンタはバカなのよ。あの子は響を守るためなら何でもするの。そのアンタの言う責任ですら自分から望んで受け入れるつもりに決まってる」
静かに、それでも、重みのある言葉で告げた。
僕は何も言い返せなかった。
……それはきっと現実になるだろうから。
「まぁ、いいわ。……響、アンタもここで終わりにしてあげる」
「何を企んでいやがる……?」
「さぁて、何をでしょうか?」
悪巧みが得意な双葉の事だ、油断すれば本当に終わる。
双葉と言い争いをしていると、彼女はあろう事か僕に抱きつくようにして叫んだ。
冷たい彼女の手が僕の頬にピタッと触れる。
「助けて、真綾ーっ!!」
やられた、そう察した時には既に時遅し。
「だ、ダメっ!?ふたりとも……喧嘩はダメなの!!」
慌てた様子で真綾お姉ちゃんが僕の部屋へと入ってくる。
彼女の前で僕は双葉を押し倒してる光景を見せつけてしまったのだ。
そして、僕らの姿に真綾お姉ちゃんは怒りを見せて、部屋に帰ってしまう。
……それが今から数時間ほど前の出来事だ。
双葉の狙い通り、僕に悪い印象を与えたことには成功した。
だが、彼女の思惑はある意味で外れていた。
それは……真綾お姉ちゃんが予想外のパニックを起こしたことだった。
「……はぁ、真綾。私の真綾~、どうして貴方は真綾なの」
僕の部屋でベッドの上で溜息をつく双葉。
「おい。双葉、説得はどうだっだ?効果はあったか……?」
「ありません。ダメよ、こうなるとはさすがの私も予想できないわ」
うな垂れるように僕らは視線を床に俯かせる。
部屋に引きこもってしまった真綾お姉ちゃん。
初めは僕らの事を誤解してるんだと思い、説得を試みた。
だが、その内に彼女はとんでもない勘違いをしてるのに気づく。
「響が私を押し倒したのが許せないって展開になり、私が傷心の真綾を癒してラブラブな方向へ話を持っていくつもりだったのに……。何で、真綾は自分が押し倒されなかったことにショックを受けてるわけ?」
「僕に聞くなよ。冷静になってくれればその間違いにも気づくはずだ」
僕らが事情を説明しても聞く耳を持ってくれない。
はぁ、ホントにどうすればいいんだろうか。
「挙句に『私が響ちゃんのお嫁さんになるの~』なんて言い出すありさまよ。あの真綾でも、パニックになると弱いのね。こんなはずじゃなかったのに……」
僕も双葉もお手上げ状態だ、説得すればするほど、真綾お姉ちゃんは暴走していく。
「あの子、妄想とか激しい方じゃなかったはずなのに」
「そう言う問題じゃないだろ。とにかく、今は様子をみていくしかない」
僕らは彼女の説得に時間をあけることとした。
仕方ないので、こうして双葉とこれからの対策を考えてるわけだ。
「……双葉、お前ってどこまで本気なんだ?」
「真綾に対する気持ち?それは全てが本気に決まってるじゃない」
「普通に考えて、男に恋愛する気はないのか?」
「恋愛ね。……ほら、私の場合は恋愛結婚できないから既に諦めてるの。どうせ親同士が決めたお見合いとか、パートナーになっていける相手としか結婚できない。関係の発展は望めなくても、好きになる相手くらい自分で選びたいじゃない」
双葉はそう言うと、僕に携帯電話を見せる。
そこには前の真綾お姉ちゃんとのデートの時に、双葉のためにとお土産として買ったペンギンのストラップがついていた。
「真綾は私にとって大切な存在よ。友達であり、幼馴染であり、好きになれた初めての相手でもある。私と響は似てると思う。真綾に惹かれたその理由もね」
「そうだろうな。僕は昔から人に対して興味がなくて消極的な性格だった。別に友達なんて欲しくなかったし、それが寂しいとも思わなかった。そんな僕を変えてくれたのは真綾お姉ちゃんだ」
「私の場合、お金持ちのお嬢様ってだけで距離置かれたりして、友達が欲しくてもできなかったの。でも、真綾は私にも何も壁を隔てることなく友達になってくれた。笑顔で『私と友達になろうよ』って言われたとき、本当に嬉しかったなぁ」
僕達の共通は真綾お姉ちゃんを接点に自分の世界が広がったことだ。
彼女のおかげで、他人の大切さを知り、他人に触れる温かさを教えてくれた。
だから、僕たちは彼女が好きなんだ。
「……響、私は真綾が幸せになってくれるなら、本音で言えばアンタでもいいのよ。傍にいて、守ってくれるならね。でも、私にはそれが正しい選択肢だと思えない。アンタを選ぶことで真綾は多分、これからもっと大変で傷ついていくわ」
「だから、僕には真綾お姉ちゃんを任せられない?」
「そう言うこと。アンタも口ばっかりじゃなくて、大人にさっさとなりなさい。そうすれば……響にも運命っていうのを変えられる力が手に入るかもね」
双葉が僕をそう言う風に言うのは初めてで、僕は何を言えばいいのか迷いながら、
「双葉……姉に恋する弟は変だと思うか?」
「その質問、逆に返しても良い?女友達に恋する女は変だと思う?答えは両方、変よ」
そう言って彼女は口元に手を当てて微笑んだ。
僕も釣られて笑ってしまう、本当に僕たちは似ている。
「私は真綾に悩みなんて抱え込まずに笑っていて欲しいだけなの。人を幸せにさせてくれる、あの優しい笑顔が見たいのよ」
珍しく僕らはしばらくの間、真綾お姉ちゃんの話で盛り上がっていた。
同じ相手を好きなら、相手を理解できるはずだから……。
ただし、お互いがライバルである事は変わらないんだけどな。
その夜、結局、真綾お姉ちゃんは部屋から出てこずに、双葉も家に帰った。
僕は彼女の部屋の前に夕食を置いて、自室のベッドで天井を見上げて寝転んでいた。
そろそろ姉も怒りも静まり、冷静になり始めている頃だろう。
僕は再び、説得しようと思って身体を起こした矢先。
「……ん?」
コンコンと控えめにノックする音が聞こえた。
「あっ、真綾お姉ちゃん?」
「こんばんは、響ちゃん。……あの、少しお話してもいいかな?」
僕は真綾お姉ちゃんを部屋に招き入れる。
彼女は僕の横に座ると、照れた表情で言う。
「今日はごめんなさい。あんな風に私も取り乱すなんて思ってなくて。双葉から電話で全部聞いたから。ふたりが何でもないって事も。……私、どうかしてたの。考えればすぐに分かったのに……」
「真綾お姉ちゃんを誤解させた僕らが悪いんだ。気にしないで」
「ありがとう。優しいね、ふたりとも。双葉も同じ事を言ってた。そういう所だけ、仲がいいの。これからはもう少し、普段から仲良くして欲しい。話はそれだけ、もう時間も遅いからこれくらいにするね」
真綾お姉ちゃんが部屋から出て行こうとする。
僕は自分の気持ちに素直になって、それを止めた。
「……待って、真綾お姉ちゃん」
「ん、何かまだ用でもあるの?」
「真綾お姉ちゃん……今日は帰さないから。この意味、分かる?」
勇気を込めて、僕はその言葉を放つ。
真綾お姉ちゃんは顔を赤くして、小さく「うん」と頷いてくれた。
僕らの夜が始まる、それは何かの始まりになるのか。
電気を消して、僕らは数年ぶりくらいに同じベッドに寝る。
子供の頃、僕はよく彼女と一緒に寝ていた。
僕が……ではなく、真綾お姉ちゃんが一緒じゃなきゃ嫌と駄々をこねたんだけど。
成長と共にその日常は消えていったのだが、別の意味でこんな日が来るとは。
「……ふふっ、やっぱり少しだけ狭いね。昔は大きく感じたこのベッドも今の私たちじゃ狭く思えたり。ふたりとも成長したんだね」
狭い分だけ体の密着度も増すわけで、さらにこちらを向いてくるからそのふくよか過ぎる胸の感触がまさにダイレクトアタックなわけで……。
僕は興奮する気持ちを抑え込み、彼女に囁いた。
「一緒に寝るのは何年ぶりかな……本当に懐かしい」
「響ちゃん。……私、嬉しいんだよ。響ちゃんがまた私と一緒に寝たいって言ってくれて。そう思ってるの、私だけだと思っていたから」
「そんなことないよ。僕だって……真綾お姉ちゃんを大切に思うから」
僕が彼女の頭を撫でて、その髪に触れる。
お姉ちゃんのシャンプーの香り……僕をどこへ誘うつもりだ、ちくしょう。
「えへへ、ありがとう。それじゃ、おやすみなさい、今日は良い夢が見られそう」
「おやすみ……って、え?」
そう言って呆気なく、真綾お姉ちゃんは目を閉じてしまった。
おーい、ちょいと待ってくれ。
この流れでそれはどういう意味なんだ?
お姉ちゃん、僕らがこれからする事を理解してたのでは……?
「……すぅ」
しかも、寝るの早ッ!?
あっさりと期待を裏切られた僕は……その寝顔に問いかける。
「お、お姉ちゃん、もしかして素で僕の言葉を受け取ったのか?」
一緒に寝よう=禁断関係、という図式はピュアなお姉ちゃんの頭になかったらしい。
……これは僕の作戦ミスだ、というか言葉通りに受け取られるとは思ってなかった。
心地よさそうに寝息を立てる真綾お姉ちゃん、幸せそうに眠っている。
「怒るに怒れん。可愛い寝顔して……。はぁ、僕のこの悶々とした想いはどこへ行けばいいのやら。でも、それが真綾お姉ちゃんらしいか」
僕はクスッと笑うと、彼女の華奢な身体を抱きしめた。
無防備な女の子を襲う勇気は残念ながら僕にない。
だから、何もしない……めっちゃしたいのは我慢する、男は我慢だ。
こういう場合……キスくらいはしてもOK?
いけない誘惑に駆られて、僕は身動きできないベッドの上で時間だけが流れていく。
「……真綾お姉ちゃん。僕の気持ちに気づいてるのかな」
僕は彼女の柔らかな頬をぷにっと指でつつく。
「……んんっ。……らめぇ……だよ……」
寝言で色っぽい声なんて出されても、マジで生殺しなだけです、はい。
僕は自分をこれ以上、苦しめないように眠る事にした。
「おやすみなさい、真綾お姉ちゃん」
その頬に軽くキスをして、僕も瞳を瞑る。
彼女の匂い、触れる身体越しに伝わる体温、心臓の鼓動……ドキドキッ……。
うわぁー、眠れるわけがないだろーっ!!
結局、僕はその夜、興奮状態のまま寸止めという眠れぬ夜を過ごす事になる。
やはり、うちのお姉ちゃんは一筋縄ではいかない……ある意味、最強だ。