第13話:私の弟の秘密
【SIDE:久谷真綾】
何かが私の中でくすぶっている。
焦燥感っていうのかな。
理由もないのに不安なんだ。
それは恋からくるものなのか、それとも……。
私の幼馴染の双葉と響ちゃん。
ふたりが仲良く(?)喧嘩している姿を見ると、モヤモヤしたりする。
この気持ちは……嫉妬?
ううん、彼らが恋してないのを知ってるから嫉妬とは違う。
それじゃ、この溢れていく気持ちは何なの?
私にはそれが分からない……。
この胸を巡るのは不安……言いようのない不安。
響ちゃんが私のモノにならないのかなって思ってしまうんだ。
この気持ち、偽りもなくて本物なのに。
姉弟なんて普段は気にもしないで甘えてるくせに。
……それなのに、恋人という壁の前では不安で臆病でいる私。
響ちゃんの気持ちを、誰が好きなのかを……知りたいよ。
「ねぇ、真綾……?」
「ん?何?」
双葉が私の家に遊びに来ていて、私は彼女と今後の旅行計画を話していた。
彼女と一緒に海に行く事になったんだけど、その話の最中に私はボーっとしてしまった。
「……どうしたのよ、真綾。海は嫌いだっけ?」
「違う。そういうんじゃなくて、海は好きだけど、ふたりっきりは何だか……」
「え、それは私とふたりっきりで旅行するのは嫌だっていう事なの?」
「……あ、あの、そういう意味じゃなくて」
シュンっとうな垂れる双葉に私は言葉をかける。
「分かってるわよ、どうせ響と一緒がいいっていうんでしょう?」
「双葉は響ちゃんのことは嫌い?昔から仲悪いよね?」
「嫌いっていうか、むしろ敵?てういか、いつか本気で戦わなきゃいけない相手」
そんな身も蓋もない事を言い放つ双葉。
「うぅ……」
「そんな膨れた顔されても嫌いなのはしょうがないでしょ」
「……どこが嫌いなの?響ちゃんはいい子だよ」
「真綾にいい顔しても、私に対して生意気すぎる。どう考えても、好きになれるわけがないじゃない……ムカつくし、ムカつくし、ムカつくもの」
「私は双葉に響ちゃんと仲良くして欲しいなぁ。ダメ?」
私が「お願いっ」て言うと大抵は「いいわよ」と返事してくれる。
それでもこの問題に関して、双葉の判断は……?
「真綾の頼みでもそれは無理」
「ふぇ?何で?」
「……私とアイツが仲良くする意味がないもの。私は真綾とラブラブできればいい。別に響と楽しくする必要はないわ」
はっきりとそう言われると私は言葉が出ない。
それでその話はお終い。
私達はいつ旅行に行くかの話を続ける。
具体的には1週間後、ちょうど目的地で花火大会があるからその日に決めた。
双葉が楽しそうにするから、私も響ちゃんの話もできず。
そんな時、私の部屋に顔を覗かせたのは響ちゃんだった。
「真綾お姉ちゃん、ちょっといいかな……?」
「私の真綾に何か用事でもあるの、響」
「……何でお前がここにいるんだよ。双葉に用はないし、お姉ちゃんはお前のモノでもない。真綾お姉ちゃんに用事があるんだよ」
「響ちゃん、私に何か用なの?」
私はバチバチとする前に二人の間に入るように会話する。
「あのさ……今度の日曜日、花火大会に行かないか?遠出になるんだけどさ」
「それって、もしかしてこの大会じゃない?」
私は先ほど話していた花火大会のパンフレットを彼に見せる。
「あぁ、それだよ、それ。……もしかして、コイツと行く約束でもした?」
「あははっ、残念だったわね。響よりも先に真綾は私と行くって決めたの。しかも、お泊りの旅行よ。どうだ、羨ましいでしょう?アンタなんかに真綾は渡さないわっ!」
胸を張り、自慢げに語る双葉に響ちゃんは冷たい視線を向ける。
怒ってるのかな……。
響ちゃんがせっかく誘ってくれたのに、断る事になるなんて。
そうだ、響ちゃんと一緒にいけないか双葉に相談してみよう。
「その旅行っていうのはふたりっきりで?」
「もちろんよ。悔しい?……って、な、何よ?脅かしたって……」
「双葉、話があるからちょっと来い」
いきなり双葉の手を引っ張って、彼は部屋の外へと出て行ってしまう。
ふわぁ、何が起きるんだろう。
暴力とかする子じゃないけど、連れて行くときの目が怖くてビクッとする。
「だ、大丈夫かな?」
ちょっと心配……でも、ふたりを私は待つ事にする。
数分経っても、彼らは帰ってこない。
私は心配になって廊下に出ると、響ちゃんの部屋から話し声が聞こえる。
「……お前さ、いい加減しておけよ」
「アンタこそ、私の邪魔しないでよね」
ドア越しなのでよく聞こえないけど、何やら言い争いをしてるみたい。
「まぁ、いいわ。……響、アンタもここで終わりにしてあげる」
「何を企んでいやがる……?」
「さぁて、何をでしょうか?」
……何を話してるんだろう?
こういう雰囲気は苦手で、私はどうすればいいのか分からなくなる。
「助けて、真綾ーっ!!」
突如、双葉の叫び声が聞こえてきたので私は急いでドアを開けた。
「だ、ダメなのっ。ふたりとも……喧嘩はダメなの!!」
私が部屋の扉を勢いよく開けると、言い争うふたりが私の方を見た。
「え……?」
私の目の前では衝撃的な光景が……。
「真綾、助けてぇ……ぅっ……」
「ちょ、ちょっと待て。双葉、お前……なんてことを」
響ちゃんが双葉をベッドに押し倒すようにしている。
覆いかぶさるようにしている彼と視線が交差した。
どうして?
双葉が響ちゃんに襲われているようにも見えるその光景。
私はぎゅっと胸が締め付けられる想いがした。
「ひどいのよ。響がいきなり私を押し倒したの……」
「どいて、響ちゃん。……早くどきなさい」
弟が双葉にこんな事をするなんて……。
もしかしたら、実はふたりは好きあっていたとか?
私に隠れて秘密の関係を築いていたりして。
「ま、真綾お姉ちゃん、これは誤解だ、誤解なんだ!」
「黙って動きなさい。そのままじゃ双葉が可哀想だわ。……大丈夫、双葉?」
私は響ちゃんを彼女から引き離す。
双葉はすがるような表情で私に言うんだ。
「ありがとう、真綾。ひどいの、私……襲われそうになったのよ。響がこんな事をするなんて思ってなかった。ねぇ、真綾、これでもまだ弟を信じるの?」
「……私は響ちゃんをこんな真似をする子に育てた覚えはないのに。あのね、響ちゃんはホントに双葉の事が好きなの?」
「ち、違うよ。双葉が僕を罠にはめようとしたんだ。悪いのはそいつの方だ」
「うぅ、違うのよ。私が真綾を騙すはずがないじゃない」
必死にとりつくろう双葉を響ちゃんが追い討ちをかけるように、
「嘘つけ。こいつの悪行が分かっただろう、真綾お姉ちゃん」
「くっ、アンタって奴は……もうっ、ホントに可愛くないわね」
まだ言い争いを続けるふたりに私は一喝する。
「――ふたりともいい加減にしなさい!」
「「す、すみません」」
私はもの凄く傷ついてしまったんだ。
弟がこんなひどい事を双葉にしようとした事が……辛くてしょうがない。
どうしてなのよ、響ちゃん……どうして、どうして……。
「どうして……どうして、響ちゃんは“私”を襲わないのっ!」
わずかな沈黙が場を支配する。
「……え?あ、あの、お姉ちゃん?」
「そんなにムラムラっとするなら幼馴染じゃなくて、お姉ちゃんで我慢してよ!」
「ちょ、え?えーっ!?」
犯罪を未然で食い止められなかった後悔。
私は響ちゃんに向かって近くあった枕を投げつけた。
「響ちゃんのバカーっ。ぐすっ……もう嫌ぁ……」
「か、勘違いだ、ホントに!僕は……ぐぁ!?ま、真綾お姉ちゃん!」
「ふぇーん。響ちゃんのケダモノ。双葉に手を出すなんて最低だよぅ」
私はその部屋から逃げるように自室に戻る。
胸が苦しいよ、あんな風に他の女の子に接近して欲しくない。
これは独占欲、そう……ただの気持ちじゃないの。
私はベッドにうつぶせなって寝転がる。
「響ちゃんの裏切り者。でも、好きだぁ……」
響ちゃんを好きになりすぎて、おかしくなりそう。
冷静になれない、自分が正常でいられない。
私のこの感情は既に姉弟のものじゃない事に気づいている。
姉という立場、それじゃダメなの……女として彼が好きだからこの想いを抑えきれない。
「私……私は響ちゃんが好きだよ。大好きなの……」
姉弟以上の関係になりたいとはっきりと思う。
私はこの関係を変えたいんだ。