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朱音としては真面目に女嬬の職務を遂行しているつもりなのに、普段噛みついてばかりのつんけんした態度だから逆が目立つのか、ちょっと龍仁を気づかうそぶりをすると、皆誤解して騒ぐのだ。
(そうなのよね。
給仕の時、粥が熱そうだったから、息を吹きかけて冷ましてから龍仁様にさしあげたら、新婚か、って笑われたし)
悪いのは朱音だけではない。
(龍仁様だってそうよ。
おいしそうだなってみてたら、いきなり手ずから私の口に杏の実を放りこんだりとか、ごくごくたまに優しいことなさるから)
子どもの頃からずっとこうだから、昔から仕えている者たちには、二人はほほえましい幼馴染か兄妹みたいにみられている。
皇太子となればしきたりで、独立した宮殿に住まわなくてはならない。
だから龍仁は皇太子した四歳の時から一人でこの邸で暮らしている。
年輩の侍女たちからすれば寂しい境遇に見えて、龍仁が喧嘩相手をつくったのがうれしいのだろう。
龍仁もそこらをわかっていて、わざときわどいしぐさをやっている気がする。
「違うもの、私は一方的にあそばれてるだけだものっ」
つい声に出して主張してみたけど、皆にこにこ笑いながら出ていってしまって、房には二人だけになる。
朱音がむかむかする胸をなだめていると、龍仁が長榻の隣に腰かけてきた。
少し距離をおいている。
彼は強引にみえて、こういう時はいつも距離をおく。
朱音を抱きあげたりするのも強制連行でどこかへ運ぶ時だけだし、それも衣ごしで肌に直接ふれたりしない。
ここもよくわからない。
侍女たちが誤解しているような方向に龍仁が朱音のことを気に入っているなら、こんなふうに距離はとらないはずだ。
蒼夫人や侍女たちの噂話を聞いたかぎりでは、男の人というものは気になる相手にはことあるごとにふれたくなるものらしい。
だが龍仁がそんなそぶりを見せたことは一度もない。
(やっぱり勘違いじゃない?
龍仁様が私に手を出してくるのって、意地悪する時だけだし)
だからこんなふうに一つの長榻に二人で座っても怖く思ったり、身構えたりする必要はない。
なのにどうしてこんなに隣の存在が気になるのだろう。
そこで朱音は、はたと思考をとめた。
我知らず赤くなった顔を左右にふる。
(や、やだっ、何考えてるのよ、いくら玉を奪われてたって私、心まで奪われたりしないからっ。
死にたくないものっ)
実は崔国にはもう一つ花仙の伝承がある。
しかも悲恋だ。
伝承の花仙は美しい梅花の精だった。
劇的な出会いと、人の男と伴侶の契りを交わしたところまでは牡丹の精と同じ。
違うところは、相手の男が心変わりしてしまったことだ。
ある日、男は玉をもったまま花仙のもとから去っていった。
武人だった男は栄達を求めて都に旅だったのだ。
そして禁軍に任官をはたしたのち、上官の娘を娶ったという。
一人残された花仙は、二人が出会った梅林で男を待ち続けた。
だが仙は玉から長く離れてはいられない。
花仙はやがて体が薄れ、大気に溶けて消えてしまった。
戻らない男への想いを梅花に託して。
だから梅は遠くせつなく香るのだという。
花の姿が見えない遠くにまで、私はここで待っていますという想いを届けるために。
仙は万物に宿る精霊だ。
霞のように漂う気が、他者の想いをうけて姿を得る。
花に想いをかければ花仙が、蜘蛛に想いをかければ蜘蛛の仙が生まれる。
朱音もそうだ。
父と母の想いをうけて生まれた。
仙が伴侶を得ると玉を与えあうのは、儚い自分という存在を相手の想いでつなぎとめるためなのだ。
哀しい花仙の最期を想って、朱音は身震いする。
(私、絶対にそんなふうにはならないから。
こんな人に恋なんかしないもの!)
人としてこちらから歩みよる努力はした。
これ以上ふりまわされる必要はないと思う。
決意を新たにしながら、朱音はそっと隣の様子をうかがう。
朱音は正面を向いているから彼の姿は見えない。
だけど彼の呼吸の間がわかる。
かすかな身じろぎの音や薫る彼の香の流れ、胸が鼓動とともに上下して黒い衣を規則正しくもちあげている様までが。
近い。
ふりまわされる必要はない。
そう思うのに、さっきのさっきだから彼を直視できない。
気になる。
龍仁は侍女たちの反応をどう思っているのだろう。
こうして一緒に座っている朱音のことを何と思っている?
気まずい沈黙に耐えられなくなった時、龍仁が問いかけてきた。
「おい、用意は進んでいるか?」
「え? よ、用意、ですか?」
いきなりだったから声が裏返った。
恥ずかしい。
身をすくめたら、龍仁が不機嫌になった。
「何故口ごもる。
主と差し向かいでいる時くらい、しっかり注意を俺に向けていろ。
また俺から逃げだす方策でも考えていたのか?」
答えられない。




