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花の精霊はいじわる皇帝に溺愛される  作者: アルケミスト


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「お前は生涯、離宮に幽閉する。

 皇太后ともどもだ」


 すべてが終わって、龍仁が言った。


 彼の前には、陰の気を相殺されて、再び動かなくなった主を抱く黎己の姿があった。


 戦いに敗れた女の姿は哀れだった。


 龍仁が皇帝の顔で裁きを言いわたす。


「いくら操られていたとはいえ、多くの者を殺そうとした罪は重い。

 とはいえ、〈後宮に巣くっていた妖怪〉に憑かれた皇太后を単独で救おうとした功績は認める。

 皇太后が命をつなげるだけの陰の気は使えるようにしてやろう。

 離宮に医官も差し向ける。

 幽閉したからといって不自由な暮らしはさせない。

 それがお前の忠義への礼だ」


 龍仁の言葉に、佑鷹が泣きそうに顔をゆがめるのが見えた。


 本来なら極刑に値する罪を、龍仁が〈後宮に巣くった妖怪のせい〉にして、黎己の罪を減じたことに気づいたからだ。


(黎己様の命を奪われなかった……)


 朱音もほっとした。


 いくら龍仁を殺そうとした人でも、彼を母代わりに育ててくれた人だ。


 それに佑鷹の母なのだ、処刑されるのは見たくない。


 放心したままの黎己と皇太后が連れていかれて、龍仁が肩をゆらして深い息を吐いた。


 彼は掌に新たに手に入れた玉を転がしながら、朱音に小さな声で言った。


「ま、そういうことだ。

 俺がお前以外の仙の玉をもっことは大目に見ろよ」


「龍仁様?」


「あの陰の気は生かしておいた方が得だ。

 代々の皇帝、後宮の妃たち、それに女官や宦官たちの秘め事を見聞きしてきた貴重な記憶の塊だからな。

 配下に置けばいつか使える。

 佑鷹もそうだ。

 母もろとも命を助けてやった。

 これからはさらなる滅私奉公をしてくれるだろう」


「しょうがありませんね。

 では、私は我慢してさしあげます」


 龍仁の言い分に、朱音はくすりと笑った。


 素直に温情をかけたのだと言えばいいのに。


 黎己はあの時、皇太后の腹の子を殺して先帝の後宮に入れることもできた。


 だがそうしなかった。


 それは腹の子の命を愛おしみ、子のためにも未来を開こうとしてくれたのではないかと思う。


 それも愛だ。


 そして逆に、失望を子に味わわせないように腹の子ごと命を断とうとした皇太后の想いもまた母の愛だ。


 そのことを龍仁は理解している。


 だからこそ、今、二人の母の命を助けようとしているのだと思う。


 龍仁が黒い玉を懐にしまうと、ふうと息を吐いた。


「しかし一気にすべてが終わったな。

 妖怪のような女だとは思っていたが、まさか本当に陰の気などという妖怪もどきにとり憑かれていたとは」


「気づかれなかったのですか」


「当たり前だろう、俺は普通の人間だ。

 陰の気など見えない」


 それはそうか。


 納得した朱音に、龍仁が言った。


「だからこれからはお前が俺の傍にいて、俺の眼になれ」


「はい……?」


「このひと月で後宮の仕組みや流れは覚えたな?

 補佐に必要と思う者の名をあげろ。

 お前の側近として残そう。

 後宮はこのありさまだ、まだ残っている陰の気とやらを恐れて退出する者も多く出るだろうが、お前なら居残って平気だな」


 いきなり言われて朱音は面食らう。


 龍仁を見あげると、彼は真面目な顔をしていた。


「お前が、まとめろ」


「え?」


「立派にここをまとめて再生させろ。

 それとも自信がないか?」


 煽るように龍仁が意地悪な笑みを浮かべる。


 朱音の性格を知りつくした、憎たらしいくらいに魅力的な笑みだ。


 この四年の間にいったい何度この笑みに怒りを触発されてもてあそばれてきたか。


 でも今回はさすがに、見てらっしゃいと怒るには、かかっているものが大きすぎる。


「ま、待ってください、それは私に後宮の女官長になれということですか?

 どうしてそんな大役を私に。

 さすがに無理です、私はただの女嬬あがりの端女で。

 いくら私が陰の気が見える花仙といっても他に適任の方がおられるはずで、だから……」


「あのな、お前はこの期に及んでもまだそんなことを言っているのか。

 さっさと気づけ、俺が名を呼ぶことを許しているのはお前だけだろう!

 父上や皇太后、黎己は口にするが、それ以外は佑鷹にすら名を呼ぶことを許していない!」


 言われてみれば、皆、殿下、陛下、と呼んでいたような。


 朱音は最初の日に、〈龍仁様と呼ベ〉と言われて、自分から様付けで呼ばせるなんて何様なのと、怒りながら従っていたけど。


 なんだか胸がどきどきしてくる。


 特別扱いをされているようで。


 でも龍仁のあきれたような口調が悔しくて、素直に喜べなくて、朱音が言い返そうとした時、横から別の声が割り込んできた。


「痴話暄嘩は二人になった時になさってくださいな。

 それよりここの始末が先でしょう?」


 香凜だ。


 柳眉を逆立てた彼女が、腰に手をあてて立っていた。


「私の侍女たちの代わりをよこしてくださいな。

 いつまでもまかせられては、私がここから動けませんわ」


 言われて周囲を見ると、香凜の侍女たちが、倒れている女官や衛士たちの介抱をしながら、増援を呼んでいる。


 本来、龍仁の手足として動くべき佑鷹は、まだ衝撃から立ち直れないのか動きが鈍い。


 そんな中、侍女たちの働きは群を抜いていた。


 すごい、と朱音が思わずつぶやくと、龍仁が舌打ちをもらした。


「佑鷹の奴、後で活を入れてやる。

 しょうがない、香凜、しばらく侍女どもを貸せ。

 衛士たちを補佐につける」


「しょうがありませんわね、貸し一つですわよ」


 龍仁と香凜の会話が親しげで、朱音が少し寂しくなると龍仁が説明してくれた。


「佑鷹が後れをとるのも無理はないんだ。

 香凜の侍女たちは韓家の特訓を受けた精鋭だ。

 そこらの密偵など顔負けの腕を持っている。

 気づかなかったか?

 お前の護衛も頼んでいた」


「え?

 ではまさか、前に皇太后の武官に襲われた時、助けてくれた礫は……」


 香凜がふわりとうなずいて肯定する。


「ついでに言いますとあのいじめは偽装ですわ。

 ああ言えば他の者は遠慮しますし、私たちがあなたの傍にいて不自然ではないでしょう?

 あ、でも侍女たちがあなたの耐える顔にぞくぞくして、手加減するのに苦労したと申してましたわ。

 あなた人の嗜虐心をそそりますのね。

 私も先ほどの仙界への道を開いたあなたにはぞくりとしましたわ。

 認めてあげてもいいかも」


 そこで香凜がにっと笑う。


「お義姉様、と呼んであげてよろしくてよ」


 怖い。


 だが義姉とはどういう意味だろう。


 朱音の隣では、龍仁が口をへの字に曲げて不機嫌な顔をしている。


「では私はこれで。

 皇帝陛下がへそを曲げておられますから失礼しますわ。

 母君のことで衝撃を受けておられる雅叡様をおなぐさめする大役がありますし。

 明日には婚約発表の内示ができると思いますから、楽しみにしていてくださいな」


 淑やかな笑顔とはうらはらに、香凜が意気揚々と去っていく。


 だが婚約とはいったい何だろう。

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