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「自分の意思で契りを結ぶ。
それなら受け入れてくれるのですね?」
朱音はきっぱりと言った。
「昨夜できなかった返事をします。
私は、あなたに伴侶として扱ってもらいたいです。
心から望んでいます」
「……お前、意味がわかって言っているのか?」
「当たり前です。
私を何だと思つてらっしゃるんですか」
「言っておくが、伴侶の誓いだぞ?
前の時のようにお子様で何もわからないという言い訳は通用しないぞ?
俺と夫婦になるということだぞ?」
「わかってると言っているじゃないですか。
龍仁様こそいつまでも私を子ども扱いしてはぐらかさないでください!」
半ば怒りながら言ったら、龍仁が真剣な顔になった。
朱音の顔をのぞきこむ。
「いいんだな?
言った以上、お前が泣こうが喚こうが俺はもう逃がさんぞ?」
今さらだ。
自分はとっくにあなたに捕まっている。
そう言い返そうとした朱音を、龍仁がいきなりひきよせた。
噛みつくように唇をふさぐ。
突然のことに、思わず膝が崩れた朱音を抱きとめて、龍仁がにやりと笑う。
「おい、この程度で驚いてどうする。
伴侶になったらもっとすごいぞ。
逃げるなら今の内だ」
「ベ、別に口づけに驚いたんじやありませんっ。
膝が崩れたのは……、そ、そう、この期に及んでまだそんな意地悪を言うあなたにあきれたからですっ」
朱音は龍仁をきっとにらみつけた。
そして今度は自分から身をよせた。
胸の動悸をなだめて、彼に口づける。
さっきの嵐のような口づけではなく、自分から自覚しておこなったふれあいは、とろけそうに甘く、体中がうずくほどに恥ずかしかった。
彼の思った以上に温かくて優しい唇が、硬くなった朱音をほぐすように、先をうながすように動くのを感じながら、朱音は胸の奥にある玉に語りかけた。
(お願い、出てきて。
私の魂を、彼に預けたいの)
朱音の体がほのかな光をはなち、染めていた髪がもとの白銀の色に戻る。
遠く、皆が驚きの声をあげるのが聞こえた。
だが後悔はない。
互いに重ね合わせた手と手。
朱音の胸がぽうと光をはなち、小さな玉を出現させる。
玉はふわりと舞いあがると、向かいにある龍仁の掌へと吸い込まれていった。
伴侶の誓いだ。
自分は選んだ。
この人に寄り添い、共に歩むと。
唇を離すと、朱音は倒れこんでしまいそうになる龍仁の胸を手で押しやった。
炎がでそうなくらい恥ずかしい顔を彼からそらして、頭の中を切り替える。
今はやらなくてはならないことがある。
「龍仁様、もっと黎己様か皇太后様の近くまで私をつれていってください。
仙界への道は南から開きますから、その線上にあのお二人を」
「わかった、ついてこい、朱音!」
憎らしいくらいにすぐ皇帝の顔になった龍仁が、朱音を片腕で抱く。
抜き放った剣で陽光を反射させて糸を退けながら、広間の中央へ走る。
朱音と龍仁の意図に気づいたのか、黎己が悲鳴のような声をあげた。
「おやめ、私に従えばお前と龍仁との仲を認めてあげるわ。
妃候補たちだって始末してあげる。
お前をさんざんいたぶった女たちよ、憎いでしょう?」
「私、そんな人におぜん立てされた関係なんていりません。
それに妃候補の皆さんにも、私は死んでほしいなんて願ってませんっ」
黎己に叫び返して、朱音は腕をのばした。
人界とは遠くて近い仙界を思い、祈る。
花仙としての本能に従って、生まれて初めて仙界への道を開く。
「開いて、仙界への道よ、私は花仙、我が愛する夫と共に仙界へ渡りたいの!」
空間が四角く切り取られて、屋内に光が満ちた。
春の光だ、芳しい香りがする。
開いた仙界への扉が、朱音と龍仁を迎えるように、まっすぐに道をのばす。
そして、どっと陽の気が流れ込んできた。
圧倒的な気の奔流だ。
光の線上にいた皇太后と黎己に仙界の大気が降り注ぐ。
皇太后の姿をした陰の気の仙が身もだえ、器から離れていく。
同時に、源との繫がりを断たれた陰の気の糸が、皆の首から離れ、跡形もなく溶けていく。
それらを確かめて、朱音は床に崩れた。
はじめて開いた仙界への道の負荷に、体がきしみをあげている。
だが、朱音は苦痛の中、顔をしっかりとあげて見届けた。
龍仁が黎己に当て身をくらわせて、動きを封じるのを。
そして彼の手が、黎己から黒く光を跳ね返す小さな玉を奪いとるのを。
陰の気から生まれた仙の、伴侶の玉だ。
ああ、これで大丈夫。
皆救われる。
朱音はほっと安堵の息をつくと、瞼を閉じた。




