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皆こちらを見ていた。
途中からぽんと入った新入りを受け入れてくれた仲間たち。
噓はつきたくない。
朱音は語った。
自分が花仙だということを。
皇太后の手を逃れるために後宮にはいっていたことを。
黄黄もいるし、さっき朱音が花に宿るところを見たばかりだ。
驚きながらも皆、信じてくれた。
「じ、じゃあ、白白ってお嬢様……?」
「お嬢様ってわけではないけど、ごめんなさい、皆を騙して」
よくも騙したと罵声を浴びる覚悟だったのに、皆、怒らなかった。
それどころか最初の驚きが去った後は、朱音を受け入れて心配してくれる。
「馬鹿ね、そんな事情ならどうして戻ってきたのよ!
危ないじゃない!」
「というか陛下はご存じなの?
密偵がいるなら白白のことを聞いて助けにきてくださる?」
「無理よ、陛下は気づいておられないと思うわ。
私が朝餉を取りにいく時に会った子、門衛とつきあってて逢い引きから帰ったとこだったけど、あちらは何もなかったって言ってたもの」
「今って外へ通じる門はすべてしまって衛士が、うようよいるわよ。
密偵だって報告にいけないわ。
それに昨夜から陛下の病状が悪化なさったって噂が飛びかってるもの、無理よ」
皆が口々に教えてくれる。
(噂を流されたのは、皇太后様ね)
きっと龍仁を譲位させるために動きだしたのだ。
毒で倒れたのを幸い、険の気をつかって、もう政務には戻れぬ体にする気か。
後で都合の良い犯人をでっちあげれば終わりだ。
なら時間がない。
昨夜は無事だったとしても、今夜にも陰の気がうごめきだす。
いくしかない。
今なら朱音の捜索に兵がかりだされて、かえって瑞鳳宮は手薄になっている。
朱音の決意に気づいたのか、杏佳が朱音の前に立ちふさがった。
「水臭いわよ白白、手伝うわ。
こ、怖いけど、前に白白だって私のことかばってくれたし」
他の端女たちも朱音を取り囲む。
「私たちを誰だと思ってるの?
ここは後宮、私たちの縄張りよ。
誰よりも詳しいわ」
「大丈夫、ちょっと手伝うだけですぐ逃げるから。
私たちはまだここで働かないといけないし。
そのかわり、成功したら陛下に褒章をくださるよう一言お願いね」
「白白、あなた、今みたいに花に姿を隠すことができるのよね?
だったらその鉢を私たちが運ぶってのはどう?
衛士に見とがめられたら、割ってしまった花鉢の代わりを運んでいるのだと説明すればいいのよ。
だって陛下が下賜された鉢は後宮中にあるんですもの」
「そうよ、鉢を割ってしまった妃候補が、他の人に見つからないように代わりを求めてるってことなら、私たちがこそこそしてても説得力あるわ」
相談がまとまった。
まだ彼女たちを巻きこむことをためらっている朱音を、端女たちが強引に鉢の花に宿らせる。
黄黄は危ないのでお留守番だ。
小さな彼ならまた兵士たちが来ても行李の隅にでも隠れていられる。
黄黄に手をふって出発する。
目指すは瑞鳳宮だ。
端女の宿房から瑞鳳宮までは中門を五つ通り越さなくてはいけない。
だが朱音の逃亡や密貞の通過を警戒して閉ざされているのは外へ通じる門だけ。
そうでない門の警備は通常警備だ。
早朝は端女の清掃時間。
木桶や雑巾を手にした端女たちを衛士たちは身体検査だけで通してくれる。
皇太后の兵がさがしているのはあくまでも緑の眼をした白白で、他の端女には誰も注目目しない。
いよいよ瑞鳳宮に通じる最後の門だ。
瑞鳳宮は皇太后直属で固められていて、一般女官はもちろん端女も立ち入れない。
杏佳が合図をして、朱音は花から離れて近くの茂みに潜む。
端女たちはそのまま鉢を運んで、門の前を通った。
その瞬間、端女の一人が、手を滑らせたように鉢を落とした。
鉢が砕けて、土が飛び散る。
「きゃ、ごめんなさい」
「すぐ掃除しますわ」
衛士たちの眼が騒ぐ端女たちに向かったその隙に、朱音は花仙の身軽さを生かして、皆の背後を駆けぬけた。
花仙には何の力もない。
ずっとそう悲観してきた。
でも工夫次第ではないかと思う。
杏佳が箸をつかって石畳のくぼみを磨いて見せたように、何の力もない端女たちが衛士の眼をあざむいてくれたように。
自分から行動をおこして今までいいことがあっただろうか。
妃候補の令嬢に歩廊の床を濡らしたのは自分だと名乗りでたら、眼の色がばれていじめられた。
でもおかげで同僚たちとの間の壁がとれた。
動いた結果がどうころぶかなんて誰にもわからない。
やらなければよかったと後悔するかもしれない。
でもずっと悩んで息をつめているなんて我慢できない。
生きたまま死にたくない。
だから動く。
少なくとも動いている間は前を見ていられる。
まっすぐに顔をあげて生きていられる。
そして自由になった心で龍仁のことを考える。
彼は教えてくれたのかもしれない。
自由とは何か、強く生きるということは何か。
自分の意思を持ち、自分で考えること。
あきらめないこと。
彼の方こそ皇太后の監視下にある皇帝という檻の中にいたのに、懸命に自分にできることをさがしていた。
自由になることをあきらめなかった。
今も戦っている。
だから今の朱音も、けじめをつけたいと思っている。
命じられたから嫌々仕事をしているのではない。
自分の矜持で仕事をしているのだと知らせたい。
自分は甘やかされた子どもだ。
自分のことしか考えていない。
だからこそ自分の好きな人のためにこうして走る。
彼がこれ以上苦しまなくてすむように、彼の敵に矛をむいて嚙みついてやる。
犬のように主の命令を待つ気はない。
自分は、自由な花仙として、龍仁への義理を果たしにいくのだ。




