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邸にいた男たちが防戦している。
重い剣戟の音と怒声がだんだん近づいてくる。
押されている、逃げないと。
ここで朱音が捕まれば、盾にされて皆が刃向かうことも逃げることもできなくなる。
もう扉から外へ出るのは無理だ。
朱音は窓を開けた。
飛び降りる。
「いたぞ、あっちだ!」
声がして、こちらに駆けてくる男たちの気配がした。
駄目、逃げ切れない。
周囲を見回した朱音は、とっさに苑にある牡丹にやどった。
さいわい葉の落ちかけた牡丹の苑は、人が隠れられるような濃い茂みはない。
一目で誰も潜んでいないとわかる。
賊は朱音が花仙であると知らされていないのだろう、松明で照らしただけで、踏み込んではこなかった。
だが執拗に朱音をさがしている。
邸内にいないと見切りをつけると、引きあげるのではなく、新たな指示をだした。
「女の足だ、まだ近くにいるかもしれない、外をさがせ。
今度こそ逃がすな!」
(今度こそ?
もしかして彼らの狙いは龍仁様ではなく私なの?)
朱音は牡丹に宿ったまま、どきどきする胸をなだめる。
でもどうしてそこまでして自分を狙うのだろう。
龍仁への盾にするにしても、こんな大がかりな襲撃を何度もおこなってまで手に入れたい駒だろうか。
他に理由があるのかと考えて、朱音はあの窪地で見た皇太后の笑みを思いだした。
(もしかして、あのせい?
陰の気をあやつっていることを知られたから?)
だが力の源を知られたからといって、ここまで必死になるだろうか。
陰の気は普通の人間には見えない。
皇太后を裁きの場に引きだして、朱音が証言したとしても、否定されたら終わりだ。
かえって誹謗中傷をされたと反撃される。
落ちついて、落ちついて考えるの、と、朱音は自分のはやる心をなだめる。
人が誰かを捕えようとする理由は、利用価値がある時か、動きや口を封じるため。
龍仁への人質という利用価値以外の理由なら、皇太后には何か陰の気以外にも知られたくないことがあるのだ。
手がかりはあの過去の光景だ。
思いだせ。
朱音は懸命に記憶をさぐる。
あの記憶の舞台は後宮だった。
つまり皇太后が先々帝の後宮に入って以後の出来事だ。
皇后位を得るために陰の気に頼ったのだろうか。
いや違う。
先帝と出会ってからの皇太后は寵愛を独占していた。
陰の気などに頼らなくても皇后位は手に入った。
ではいつ?
彼女が怪しげな廟にすがらなくてはならないほどに追いつめられたのは、人生のどの場面だった?
(も、しかして、先々帝が崩御なさった後のこと……?)
あの時、先帝に見初められるという奇跡がおこらなければ、彼女はどこかの廟に入るか、実家に戻っていたはずで。
(でもちょっと待って。
あの時の女の人は二人とも身ごもっていて……)
そのことに気づいた時、朱音はざっと青ざめた。
そして思いだす。
あの記憶の中で髪を振り乱した女が必死に叫んでいた言葉を。
「月のものが少し遅れているだけだ。
だがそれだけのことなのに、自分たちは見捨てられ、〈女〉としての命を絶たれようとしている』
(あれが示す意味は、まさか、龍仁様の父君は……)
すべての糸がつながった気がした。
だから彼女は絶望したのだ。
皇帝の手がついていなければ別の人生も残されていただろう。
だが子がいれば無理だ。
生涯〈先帝の妃〉として扱われ、自由はなくなる。
腹の子の栄達にかけようにも、皇帝位が別の男にうつればよほどのことがないかぎりまわってこない。
それどころか公子としてしかるべき地位をと願っても、すでに父のない子では多くは望めない。
現皇帝の子でなくては意味がないのだ。
栄達を望むには。
熾烈な競争を勝ち抜いて皇帝の子を身ごもっても、子が生まれる前に道は閉ざされる。
一族の期待には応えられない。
生きたま葬られる。
空気となって生涯飼い殺しだ。
(じゃあ、龍仁様が皇太后様にはっきりした手をお打ちになれなかったのって)
このことを彼は知っていたのだ。
公にされれば帝位継承に疑問の声があがるとわかっていたから、あんな中途半端な手しか打てなかった。
そしてこの秘密が追いつめられた皇太后の口からもれた場合のことを考えて、龍仁は朱音を遠ざけようとしたのではないか。
その後の政争に巻きこまないために。
朱音の瞳に、反抗の強い光が宿った。
(私を、なめないで)
こんなことくらいで尻尾を巻いて逃げる情けない女と思われているのか。
なら、屈辱だ。
朱音は賊が立ち去ったのを確かめてから、花との同化をといた。
邸の様子をうかがう。
あの女の人は無事だったらしい。
駆けまわって朱音をさがしつつ、邸の復旧に努めている。
邸の皆の手当を手伝いたい。
だが佑鷹が皇太后側についたのなら、今、朱音が姿を見せるのは危険だ。
誰が通じているかわからない。
またあの賊を呼び戻されたらさらに迷惑がかかる。
朱音は心の中で謝って、借り物の衣の袖を裂いた。
泥で〈無事です、ありがとう〉とだけ書いて、牡丹の根元に目立つようにおく。
そして黄黄を呼ぶ。
「お願い、朝になったら少しつきあってくれない?
行く先の路に皇太后様の手の者がいないか、空から見張ってほしいの。
皇城に近づいたら絶対うようよいると思うから」
『って、朱音、お前新しい隠れ家にいくんじゃないのか!?
いったいどこいくんだよ!』
「借りを、返しにいくの」




