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花の精霊はいじわる皇帝に溺愛される  作者: アルケミスト


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 龍仁が背を向けて、羽織っていた衣をずらしてみせる。


 内衣の上に裂いた外套が包帯がわりに巻かれていて、血がにじんでいた。


 傷の位置は肩から背にかけて、手が届きにくいところだ。


 一筋の刀傷。


 これはさっき朱音をかばってついたものだ。


 襲撃の間、眼は閉じていたが気配で感じた。


 龍仁が覆いかぶさるように朱音をひきよせて、その直後に濃く血の臭いがしたことがあった。


 朱音の顔が泣きそうにゆがむ。


「わ、私のせいで、お体が弱っておられるときで……」


「それ以上言うな。

 体が本調子でなかったとはいえ、あの程度で不覚をとった自分の慢心をあてこすられた気分になる。

 それより手当てを頼む。

 心苦しく思っているならそれで帳消しだ」


「あ、あの、でもさっきの女の方や、もっと他に手慣れた方のほうが。

 私だともし手がふるえてよけいに痛みをお与えしてしまったら」


「背を預けることになる。

 なまじな相手にさせたくない。

 お前は俺の伴侶で俺の一部だ。

 それを使って新たな傷を負ったなら、それは俺がやったのと同じ、悔いもない」


 どういう理屈?


 でも今は信頼されていると思えた。


 龍仁がからかうように言う。


「感動したか?」


「だ、誰がですかっ」


 いつもの軽口につい反応して、うまくのせられて元気づけられたのだと気がついた。


 この人はどこをつけば朱音が奮起するか知りつくしている。


 掌で踊らされてばかりだ。


 悔しかったので、朱音はそのまま傷の手当てに入った。


 龍仁をち長榻に座らせて、背後に回る。


 少し乱暴に衣を引き下ろすと、龍仁が顏をしかめた。


 あわてて手をゆるめる。


「……おい、いくら憎い相手でももう少し怪我人を労わる気持ちはないのか」


「こ、こんな元気な怪我人、労わる必要はないと思います」


 口では強がりを言えたけど、手はふるえている。


 気づかれないように、いそいで布で受けとめながら傷口を酒で洗う。


 生々しい傷跡に一瞬ひるむ。


 でも唇を噛みしめて、中に異物が入っていないか確かめる。


 なんだか不思議な感じだ。


 布越しではなく、直接彼の肌にふれている。


 ずっと彼の傍にいたのに素肌を見たのはこれがはじめてだ。


 なめした皮のようにしなやかで硬い彼の背、鍛え抜かれた腕や肩の線に見とれる。


 血を流している様さえが手負いの獣のようで美しい。


 こんな姿を後宮の妃候補たちが見たら別の意味で大騒ぎだっただろう。


 看護に立候補する者が殺到して新たな争いが勃発、負傷者続出、収拾がつかなくなった気がする。


「……見ているのが私一人で助かったかも」


「なんだ、それは」


「な、なんでもないです。

 龍仁様の無様な姿を他に見られなくてよかったって、それだけで」


「そういうことにしておいてやろう」


 訳知り顔が憎らしい。


 その表情に心を鼓舞して、朱音は熱せられた匕首をとった。


 ちりちり熱を放つ刃を見ると、彼におしつけるのにためらう。


 龍仁が酒壺をかかげてみせた。


「刃を人につける勇気がないなら、一口飲むか?」


 酒は鬼門だ。


 幼い頃、酔って囚われたあの時から。


「いりません」


 これくらい、酒の力を借りなくてもやってみせる。


 だって信頼してもらえたのだから。


 朱音は唇を嚙みしめると、龍仁の肌に焼けた刃を近づけた。


 彼は一言も声をあげなかった。


 朱音も歯を食いしばる。


 肉の、焦げる臭いがした。


 包帯を巻き終わって、龍仁が乾いた衣に着替えるのを手伝って、朱音はそっと言った。


「……あ、あの、さきほどは本当にもうしわけありませんでした、勝手に城外に出て」


「朱音?」


「それとありがとうございます、助けてくださって。

 あと、その、栗をくださってありがとうございました。

 他にもお菓子とか、豪華な衣とか、あ、拳法のけいこもつけていただいて……」


「……お前が俺にそんな素直になるなど、明日は嵐か?」


 どういう言い草だ。


 せっかく人が勇気をだして言ったのに。


 でももう突き放されたとは思わなかった。


 心地よく彼の声が耳をなでていくのを感じる。


 人と人の会話なんてそれぞれだと思う。


 優しい言葉をかけてほしくて悩んだりしたけど、こんな言葉だって嬉しい。


 彼の声を聞けるだけで満足だ。


 彼を失うよりは。


 着替え終わった龍仁が、長榻に座った。


 一人分、隣が開いている。


「つかれただろう、座れ。

 食い意地のはったお前のために甘いものも用意してあるぞ」


「だ、誰が食い意地がはってるですか。

 龍仁様はいつも一言多いんです!」


 文句を言いつつも朱音は自発的に長榻に座った。


 龍仁がぽんと大きな手で朱音の頭をたたく。


 緊張がとけたせいか、いつものように噛みつく元気もなくて、朱音は龍仁の手の感触を眼をとじて追う。


 少し眠くなってきた。


 最近よく眠れなかったし、今日はいろいろあったから。


 外はまだ激しい雨だ。


 だけどここは温かい。


 朱音はのどを鳴らす猫のようにまるくなった。


 はじめて彼の前で警戒をといた気がした。


 龍仁も朱音を撥ねつけなかった。


 手を背において、なでてくれている。


 その感触もこの時間も、とても優しくて気持ちよかった。


 ずっとこの時が続けばいい、そう思えるほどに……。


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