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花の精霊はいじわる皇帝に溺愛される  作者: アルケミスト


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 龍仁はまだ着替えていなかった。


 外套は外して顔や手は洗ったようだが、衣には血の染みがついたままだ。


 髪も簡単にふいただけのようで、結いなおさずに背に長く流していた。


 彼のくだけた服装に妙な色気を感じて、朱音は扉の前から動けなくなった。


 彼に近づくのをためらいながらもじもじと手を動かす。


 房には血の臭いが濃く漂っている。


 もしかして自力で着替える元気がないのだろうか。


 そういえば彼はまだ毒の抜けきっていない体だ。


 そう思うと、足がすくんで動かないくせに朱音はつい声をだしていた。


「あの、お着替えお手伝いしましょうか?

 濡れたままではお体にさわりますから」


「いや、いい。

 一人で着替えられる。

 もう少ししてからで。

 まだ火がおこりきっていない」


 見ると火鉢が用意されていた。


 房を温めてから着替えるつもりなのだろうか。


 早く濡れた衣だけでも脱いだほうがいいと思うのだけど、龍仁は一度言いだしたら人の言うことを間かない。


 強引に脱がせようにも腕力ではかなわない。


 はらはらしながらも朱音は黙る。


 ぱちぱちと火のはぜる音だけが聞こえる。


 気まずい。


 胸が破裂しそうなくらいに高鳴っている。


 彼に伝えたいことがたくさんある。


 ずっと言いたかった感謝と謝罪、他にもいろいろ伝えなくてはならないことが。


 今を逃すとまた言えなくなる。


 思いきって朱音は口を開いた。


「あの、龍仁様、私もあなたのお手伝いをしたいんです」


 なけなしの勇気が消えないうちに、朱音は扉の前に立ったまま、急いで陰の気のことを話す。


 皇太后が陰の気を仙として生みだして、伴侶の玉をにぎっているのではないかということを。


 証拠もなく話しだしたことなのに、龍仁は真面目に聞いてくれた。


 怒ったりしなかった。


 垣間見た過去の光景のくだりになると、龍仁が眉をひそめた。


 その表情に少し引っかかる。


 問いかけようとしたら、彼はすぐ顔を元に戻してしまった。


「なるほどな。

 その力を使って脅しをかけたのだとすれば、今の皇太后の勢力も納得が行く。

 それがわかっただけでもかなりの前進だ。

 対応策を練れる。

 よくやったな、朱音」


 はじめて褒められた。


 それに信じてもらえた。


 龍仁の母を中傷するも同然のことだったのに。


 朱音の、心に高揚感が駆け抜ける。


 同時にすまなくなる。


「その、龍仁様のお母君のことなのに、もうしわけありません」


「かまわん。

 今さらだ。

 それより朱音、よく相手が皇太后とわかったな。

 公の場で顔を見たことがあるのか?」


「いえ。

 端女では皇太后様のお姿など見られませんし、瑞鳳宮の宴の時も距離がありましたから」


 過去の記憶と窪地で見た皇太后の顔の特徴をできるだけ詳しく話せと言われて、朱音は思いだしつつ答える。


 龍仁が深い息をはいて、乱れた濡れ髪をかきあげた。


「……まいったな。

 俺は考え違いをしていたようだ」


「龍仁様?」


「院子の牡丹は見たか?」


「え? あ、はい」


「この邸の窓や扉はすべて院子に繫がるようになっている。

 牡丹であれば、いざとなれば花が咲いていなくても宿って身を隠せるな?」


 念のためだ、と言いおいて、龍仁が院子から外へこっそり出られる抜け道のことや、徒歩で移動できる距離にある別の隠れ家のこと、そこへの入り方を指示する。


「あの、少しお待ちください、龍仁様、いったいそれは……」


「お前はもう十分仕事ははたした。

 これ以上関わるな。

 後宮には戻らずここにいろ。

 誰か見知った者が迎えにきても、俺自身が来るまでは決してついていくな。

 佑鷹でもだ」


「え?

 で、でも」


 彼から離れて待機?


 戦力になれたかもと思ったのに。


 また一人で空回っていたのだろうか。


 眼の奥が痛くなってきた。


 胸がしくしくする。


 さっきまで嬉しくてどきどきしていたのに、また彼を正視できなくなる。


 少し顔をうつむけたら、龍仁が苦笑した。


「馬鹿。

 そんな置いてきぼりを喰らった子どものような顔をするな。

 こちらがたまらん。

 別にお前を邪魔扱いしているわけではない。

 ……まったく。

 落ちついたから話そうと思ったのに、しょうがない奴だな」


 ため息を一つついて、龍仁が歩みよる。


 そして朱音の背後の扉にそっと手をおいた。


 前に馬場で彼の腕に閉じ込められたのと同じだ。


 だけどあの時の千倍優しい。


 彼の両腕に囲まれて、朱音は思わず顔をあげる。


 息がかかるほど近くに彼の瞳があった。


 前にこうされた時は不機嫌で怖かった瞳なのに、今はとろけそうに甘い。


「さっきの続きだ。

 聞かせろ、お前は俺にどう扱ってほしい」


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