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花の精霊はいじわる皇帝に溺愛される  作者: アルケミスト


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 皇城へ引っ越す時は蒼夫人と牛車に乗っていた。


 だから街路を二本の足で歩くのは初めてだ。


 だが迷わない。


 かすかに覚えている感覚に従って、南を目指す。


 我知らず駆けるような足取りになっていた朱音の横に、ふわりと小さな少年花仙が現れた。


『やめとけよ、朱音。

 危ないぜ』


「黄黄!

 人目があるから、一緒に来てくれるなら袖の中に隠れて」


 黄黄を袖に隠しつつ、朱音は雑踏の中に飛び込んだ。


 だいたいの位置はわかっても、入り組んだ路ののびる先がわからない。


 道行く人や商店の売り子などに聞きながら、懐かしい家を目指す。


 晴れていた空が曇ってきた。


 雨が降りだす前に家につきたい。


 角を曲がるとやっと見覚えのある区画にでた。


 嶺家の奥深くで暮らしていた朱音だが、祭事に父がつれだしてくれたこともあった。


 母と一緒に参った聖廟や、帰りによった小さな酒家がある。


 なつかしい。


 そして長い塀の先に見慣れた門が見えてきた。


 出仕した父の帰りを待って何度も外の通りをのぞいた、四本柱の門だ。


 朱音は駆けよった。


 閉ざされていた木の扉を押し開く。


『朱音』


 母の声がきこえた気がした。


 よく帰ったねと嬉しそうに腕を広げた父の幻も見えた気がした。


 歓声をあげて迎えてくれる乳母や他の使用人たちの姿も。


 だがそこにあったのは無人の邸第だった。


 しんと静まりかえった、人の気配がまったくしない空虚な空間が広がっていた。


 人がいなくなってかなり時間がたっているのか、院子は丈の長い草だらけで、屋根の瓦も落ちかけている。


 空がかなり曇ってきたのもあって、全体からすさんだ感じがした。


(空き家? どうして!)


 一瞬息をのんで、それから朱音は叫んだ。


「母様、父様、私よ、帰ってきたのよ、誰もいないの!?」


 歩廊にあがって、扉を開けようとする。


 だが板を打ちつけてあって開かない。


 花窓の格子の隙間から中をのぞいてみる。


 調度も何もない、がらんとした室内が見えた。


 誰もいない。


 いくら声をかけても応えてくれる人はでてこない。


(どうして?

 私、夢でも見てるの!?)


 邸中を見てまわって、外へ飛びだす。


 誰か知っている人がいないか周りを見まわす。


「あ、あのっ、ここに暮らしておられた嶺家の皆さんはどちらへ行かれたのです!?」


 ちょうど隣家の使いらしき男が通ったので聞いてみる。


「ああ、ここの家か。

 出世なさったよなあ。

 娘さんを皇太子殿下、あ、今はも、皇帝陛下だったな。

 とにかく見初められて、父親もとんとん拍子に階位があがってさ。

 しがない文官がなんと燐国へ使節として赴任しちまったってんだからすごいよなあ。

 もう四年になるよ」


 うちの旦那もうらやましがってるぜ、という男の言葉はもう朱音の耳には入らない。


(四年?

 じゃあ、私が龍仁様の邸につれていかれてすぐ……?)


 噓。


 彼は何も言っていなかった。


 隠していたの?


 何のために、これも意地悪?


 また突き放されたの??


 朱音は頭を手で抱えた。


 門の内によろめく足で戻ると、ずるずると座りこむ。


 龍仁が手をまわしたとしか思えない。


 風流を愛する父に出世欲などなかったし、そんな大役を賜るつてもなかったから。


 龍仁に命じられて父は受けたのだろうか、娘を一人国において、何も言わずに他国へ行くことを。


 詩人だった父は、文化は燐国にありと、かの国にあこがれていた。


 燐国は東西の交流路で胡人も多いから、母もここより肩身の狭い想いをしなくてすむ。


 いいことずくめだ。


 だけど。


(お礼を言うべきだっていうの?

 父様を出世させてくださってありがとうって!?)


 この行為の底に優しさがあるのだとしても、わきあがる、突き放されたという気持ちをとめきれない。


 玉を取り戻してこの家に帰る、それが朱音の目標であり生きがいだった。


 龍仁だって知っていたはずだ。


 なのにひどい。


 彼の優しさに気づいて、彼のために頑張りたい、そう思ったのに。


 朱音は呆然と荒れはてた自分の邸を見た。


 いつの間にか隣家の男は立ち去って、黄黄がなぐさめるように傍を飛んでいた。


 黄黄の顔に驚いた表情はなかった。


 ただ、朱音を気づかう色だけがある。


(黄黄、どうしてそんな顔をしているの?)


 父も母もここにはいない。


 なら、朱音がだした文を黄黄はどこへ運んでいたのか。


 誰から返事をもらっていた。


 小さな蒲公英の仙である黄黄は、隣国なんて遠くまではいけない。


「どういうこと、黄黄」


 朱音はかすれた声でたずねた。


『ごめん、朱音』


 黄黄が視線をそらせながら言った。


『あれ、代筆なんだ。

 知ってる人間に書いてもらってた。

 その、朱音、家族に会えないって落ちこんでたろ。

 そのまま消えちまいそうだったから、元気ださせようと思って』


 朱音はきゅっと唇をかんだ。


 だから父母の近況や花仙の力のこと、龍仁から逃れる方法など朱音が聞いたことへの答えがなかったのか。


 黄黄が親切でしてくれたとわかってる。


 代筆ということは自分の正体をばらす危険を冒してまで、他の人間に協力を求めてくれたということ。


 それもわかってる、だけど。


「ごめんなさい。

 一人にして」


 朱音は言った。


 黄黄から顔を背けて。

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