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そこへ別の組の端女たちが、すごい知らせよ、と頬を上気させて駆けこんできた。
「ちょっと聞いてよ、すごいのよ、私たち今日、これからお休みをもらえるのですって!」
「お休み? 噓、本当に!?」
「しかも外へ出ていいの、というか出なさいだって。
皇太后様のご命令らしいわ。
陛下があんなことになられて、後宮によくない空気が立ちこめてるから、運気を変えるために人の気の流れを動かしたほうがいいって道士たちが進言したのですって、その一環!」
変だ。
朱音は顔をこわばらせた。
皇帝暗殺未遂などという大事件がおこって、表向きはまだ犯人も捕まっていない。
こんな状態で人を外にだすなんてありえない。
しかも命じたのが皇太后だ。
絶対何かがある。
龍仁はこのことを知っているのだろうか。
彼は後宮にも密偵を放っている。
だが皇太后は陰の気をあやつることができる。
龍仁は陰の気のことを知らない。
対処法など考えていないだろう。
そこをついて皇太后が密偵の動きを封じていたら。
後宮は閉鎖的な場所だ。
要所をおさえれば簡単に陸の孤島になってしまう。
そうなれば皇太后の独壇場だ。
怖い。
もう後宮から離れたい。
でも逆に外へ出るのも怖い。
外は皇太后の手が届きにくいかわりに、龍仁の手も届きにくい。
何かあっても龍仁に助けを求められない。
悩む朱音の周りでは、他の端女たちがはしゃぎながら噂話をしている。
「でね、まだ陛下の杯に入れられた毒が見つからないでしょ。
噂じゃ、お休みを口実に、邪魔な私たちを身体検査して外へだして、後宮中をさがすってことらしいの」
「えー。
やだ、怖い。
私たちみたいな下っ端まで疑われてるの?
瑞鳳宮に入れないのに?」
「調べられても変なもの持ってないけど、どうしよう、私みられたくないものもある。
今さら燃やしたり捨てたりしたら眼をひいちゃうわよね……」
「私たち下っ端はまだましよ。
妃候補や上位の女官たちなんか、瑞鳳宮に集められるのですって。
きっとそちらは念入りに調べるのでしょうね」
さわさわと端女たちが話している。
ああ、皇太后はそういう理由をつけているのか。
なら変に後宮に残って衛士たちの眼をひくのはまずい。
素直に外へでたほうがいい。
(でも、ということは行李の中も調べられるのよね。
母様からの文は念のためにすぐ焼き捨ててあるから大丈夫だけど、佑鷹様からもらった衣があるのよね……)
端女には豪華すぎる衣だ。
そもそもあの衣は皇太后にも武官にも見られている。
(しょうがない、こっそりあの衣は木立の中かどこかに隠しておこう)
他に目立つ衣を持ってこなくてよかった。
難しい顔で考えていると杏佳がのぞきこんできた。
「ねえ、白白はどこへいくの?
家に帰る?
それとも市とかひやかしにいく?」
「え?」
問われて、はじめて気がついた。
(そうか、今の私って父様たちのところへ帰れるんだ……)
会いたいと願いつつ、もう無理かとあきらめかけていたのに。
急に里心がついてくる。
優しく朱音を守り育ててくれた父母、懐かしい邸第。
あそこへ帰ればもう大丈夫、そんなふうに心がゆるむ。
いっそそのまま留まりたい。
(……でも、それは駄目。
龍仁様と離れ離れになってしまうもの)
佑鷹は大丈夫とうけあってくれたけど、龍仁の体が気になる。
今は玉のことがなくても離れたくない。
それに今姿を消せば怪しいのは私ですと言っているようなものだ。
だが家に戻るのはいいかもしれない。
(だって母様なら陰の気を防ぐ方法を何か知っているかもしれないもの)
うまくいけば皇太后に対抗できる。
それに父は官吏だ。
つてをたどれば龍仁は無理でも、佑鷹か蒼夫人あたりに文を届けてもらえるかもしれない。
佑鷹は皇太后が朱音を狙っていると言った。
だが嶺家に朱音がいないことは皇太后もとっくに調べ済みだろう。
短時間、立ち寄るくらいなら大丈夫だ。
玉をもつ龍仁から遠く離れることになるけど、数刻だけだ。
皇太子時代だって龍仁が皇城へあがっている間は邸第で待っていた。
(そういえば龍仁様って、毎日ちゃんと帰ってきてくださってたのよね)
皇太子なのだから遠方への視察要請もあっただろうし、宴で酒を飲んだら泊まっていきたい時だってあっただろう。
なのに彼はきちんと毎日帰ってきてくれた。
そして出迎えた朱音の頭を小突いて、ちょっとした菓子をくれたりみやげ話をしてくれて……。
(やだ、涙でてきた……)
駄目だ。
補給がつきてきたのだろうか。
この仕事を終えたら絶対、龍仁に責任をとってもらおう。
たっぷり彼の無事な姿を見せてもらうんだ。
朱音は他の端女たちと一緒に身体検査をうけると、分厚い城壁を抜けて外へでた。
陽光がまぶしかった。
実家へ戻る前に市へよるという同僚たちと別れて、懐かしい邸第があるほうを見る。
はじめて一人で歩く外の世界だ。
怖い。
だが行きたい場所がある。
母にこの胸の内を聞いてほしい。
だから朱音はまっすぐにのびた路へと足を踏みだした。




